第8話 タマと智香のお買い物
智香は郊外の大型ショッピングモールに車を走らせた。学園の近くにも少し小さなショッピングモールはあるのだが、学園生の目に付かない様にあえてそっちを選んだのだ。なにしろ見た目は美少女だが中身はネコのタマを連れているのだ。何か変なコトをしでかす危険がある上、男子学生に会ってしまったら面倒なことになりかねない。ショッピングモールでタマは初めて見る景色に声を上げた。
「あっ、あのお店かわいいにゃ」
タマが目ざとく見つけたのは、ひらひらしたフリルやきれいなレースが付いた色とりどりの下着が飾られた店だった。
「じゃあ下着から見ていきましょうか」
智香がショップに入り、店員を呼ぶ。
「……はい、わかりました。じゃあさっそくサイズ測ってみましょうか」
店員がポケットからメジャーを取り出すと、智香が一声かけた。
「あ、この子、急に胸が大きくなっちゃってサイズが合わないブラしてるんですよ」
タマがサイズの合ってないブラを着けている事に対して前振りをしておいたのだった。
「わかりました。じゃ、こっちで測りましょうか」
タマと店員が試着室に入る。セーターを脱いで現れたタマの無残にもブラに詰め込まれ押し潰された胸を見て店員は唖然とした。
「あなたねー、若いからってこんな無茶苦茶なブラの付け方したらダメでしょ。」
「だってー、せっかく智香さんが着けてくれたんだもん……」
「せっかくの胸が台無しになっちゃうわよ。さあ、早くソレ外しちゃって」
「はぁい……」
店員に諭されて、タマはブラのホックを外そうとするがなかなか上手くいかない。なんせ2サイズは小さなカップに大きな胸を無理矢理詰め込んでいるのだ。
「あ~ん、上手く取れにゃいよ~」
「ちょっと後ろ向いてくれますか」
手を貸そうとタマに背中を向けさせた店員は、その惨状に更に驚いた。
「うわっ食い込んじゃってますね~」
カップだけでなく、アンダーもキツいみたいで苦戦している。いや、智香が太っていると言うわけでも智香が胸が特別小さいというわけでも無い。タマがスリムで、その割りに立派な胸を持っていると言う事だ。
「ちょっと我慢してくださいね~」
店員が強引にホックを外すとタマの胸がキツいブラの呪縛から解放され、プルンっと本来の形を取り戻した。
「は~、苦しかったにゃ」
「よくこんなの着けてましたね。じゃ、測りますよ。アンダーは……」
呆れ顔で言う店員はタマの脇の下に手を入れた。
「うにゃ、くすぐったいにゃ」
「トップは……」
「うにゃ、そこだめにゃあ」
店員は真面目にバストサイズを測っているのだが、タマにとっては何かイタズラをされているとしか感じられない様だ。タマの採寸が終わると「私も一応測ってもらおうかな」と智香が言い出した。
「牛乳もしっかり飲んでるし、バストアップの運動もやってる。大丈夫、育ってる筈……」
智香の願いも虚しく、サイズは以前と全く変わってなかった。
「やっぱり誰かに揉んでもらわないとダメなのかな……」
悲しそうな目でタマの胸を見ながら呟く智香だったが、気を取り直して「さあ、タマちゃん、どんなデザインが良い?」と、タマの下着選びに入る。
「う~ん、かわいいのが良いにゃ」
「私も探してあげるから、タマちゃんも自分で選んでみて」
「は~い」
タマはノーブラにもかかわらず、キョロキョロしながら店内をうろうろし、手に取っては一人で感想を口に出して言っている。
「あっコレかわいいにゃ」
「これは……イマイチだにゃ」
「コレ、強そうで格好良いにゃ!」
智香は智香で店内を散策し、タマの下着を吟味している。
「あっコレ良いな」
「コレもなかなか」
「うわ~こんなの……私も着れるかな? ……やめとこ」
かなりセクシーな下着もこの店には置いてある様だ。しばらくするとタマが智香のところに数点の下着を持ってやってきた。
「私、コレが良いにゃ」
タマが手にしている下着を見て智香は愕然とした。
「タマちゃん……あなた肉食系女子?」
タマが持っていたのは虎縞に豹柄。元々ネコだっただけにネコ科の柄が気に入ったのだろうが、それはもうこの上なくセクシーな下着のオンパレードだった。
「却下。こういうのの方がかわいくて似合うわよ」
リボンの付いた淡いパステルカラーの下着を差し出す智香。可愛らしい下着を受け取ったタマは、智香が手に一揃いの下着を残しているのに気付いた。
「あれ、智香さん、そっちのは?」
「こ、コレは私も買っとこうかなって……」
自分用に紫地に黒のレースをあしらったちょっと色っぽい下着もこっそり持っていた智香だった。
支払いを済ませると
「じゃあタマちゃん、早速このブラ、着けてみようか」
「うん!」
智香の声に笑顔でタマはいきなりその場で服を脱ぎだそうとした。
「わ~~~! 何やってるの、試着室行ってきなさい!!」
「え~~~、めんどくさいにゃあ」
「いいからこっち! すみませ~ん、試着室借りま~す」
タマを引きずって試着室に向かう智香。人語を解し、色々な知識は有る様だが所詮は元ネコのタマ。色々と教育が必要な様だ。
「次はお洋服ね」
ショッピングモールには結構な数の服屋が入っている。キョロキョロしながら歩いていると後ろでタマの声がした。
「あ、コレが良いにゃ」
智香は嫌な予感がした。振り返った智香の目に映ったのは、その予感通り虎の顔がプリントされたカットソーを持った嬉しそうなタマの姿だった。
「……却下」
「え~~~、智香さん、ネコ嫌いなの?」
「それはネコじゃなくってトラ。そんなの着てたら大阪のおばちゃんって言われるわよ」
「う~~~~かわいいのに~~~~~」
どうやらタマは本能でネコ科の動物の柄を選んでしまうみたいだ。
「せっかくかわいい女の子になったんだから、もっとかわいい服着ないともったいないわよ」
ことごとくネコ科のアニマル柄を本能的に選んでしまうタマ。智香はタマの意見は一切聞かないことにして服を選び始めた。
「は~~~疲れたにゃ」
女の子の買い物は時間がかかる。下着からシャツ、パンツにアウター、そして靴……荷物はショップの紙袋が四つにもなってしまった。
「ちょっとお茶でもしていきましょうか」
買い物慣れしている智香だが、さすがにタマの選ぶ服のセンスと傍若無人な試着っぷりには疲れた様で二人は小洒落た喫茶店に入った。
「私はケーキセット。レアチーズとホットコーヒーで。タマちゃんは?」
「あったかいミルクが良いにゃ」
タマ(猫時代)はあったかいミルクが好きだったっけ……やっぱりこの子はタマなんだなと目を細めて智香はメニューをタマに差し出した。
「そう、お腹は空いてない?」
「うーん、お魚が食べたいにゃ」
メニューが読めたのか読めなかったのかは定かで無いが、タマは単に魚が食べたいと言う。智香はメニューを繰って魚料理を探したが、ここは喫茶店だ。
「お魚……ツナサンドぐらいしかないわね。それで良い?」
「うん、智香さんも一緒に食べよーね」
「あら、可愛いこと言ってくれるわね」
なんとも微笑ましい、まるで美人姉妹の様な二人。しばらくして、注文の品がテーブルに並べられた。
「じゃあタマちゃん、手を合わせて」
「うにゃ?」
「ご飯食べる前は手を合わせてこう言うのよ。私と同じ事言ってね」
不思議そうな顔をするタマに智香は子供に教える様に言い聞かせ、タマが智香を真似て手を合わせると厳かに言った。
「いただきます」
「いたにゃきます」
「はい、よくできました。さあ、いただきましょうか」
「は~い」
元気よく言うとタマはホットミルクの入ったマグカップに顔を近付け、臭いを嗅いだ後、舌を出してぺろぺろ舐め始めた。
「う~ん、ちょっと飲みにくいにゃ」
ステレオタイプの猫の仕草に智香は危うくコーヒーを吹き出すところだった。
「た、タマちゃん!何やってんの!?」
「えっ、にゃにが?」
キョトンとするタマ。やれやれといった顔の智香。智香は大きな溜息を吐くと、子供に言い聞かせる様に言った。
「いい、タマちゃん。あなた、学園生活を送りたいんでしょ? だったら人間らしく行動しないとダメ。わかるわよね」
「うん……頭ではわかってるんにゃけど、つい身体が動いちゃうんにゃな」
人間の姿になっても身に染み付いたネコの習性は抜けない様だ。しかし、それを何とかしないと学園生活など送れるわけが無い。智香は敢えて厳しい言葉を口にした。
「でもそんな風じゃ人間の学園生活なんて送れないわよ」
「うにゃぁ……」
智香の厳しい言葉にしょんぼりしてしまうタマ。今、彼女の頭にネコ耳が顔を出していれば間違い無く垂れてしまっていることだろう。すると智香は今度は優しく言った。
「そうしょげないで。頭ではわかってるんでしょ? なら後は実践あるのみ。私がしっかり仕込んであげるから。人間の、いえ、レディとしての美しい振る舞いってやつをね」
「うん! 智香さん、頼りにしてるにゃ~」
嬉しそうに答えるタマだが、ゴロゴロしながらポテチ食べるのが日常と化している智香にレディの教官が務まるのだろうか? 実に不安なところではある。しかしそんな事は智香の頭には毛ほども無いのだろう。
「ところで、頭ではわかってるって言ったわよね。それってどういうことなの?」
智香はさっきのタマの言葉で気になった点について尋ねた。
「ん~とね、自分で見て覚えてるのもあるし、見たことないことでも頭の中にイメージが湧くっていうか……なんとなくこうするんだにゃって思うことがあるんにゃ。これも猫又ってやつの力にゃのかな」
つまり要するに猫又の妖力で日常生活はなんとかなりそうだということだ。後は人間の常識や習慣に慣れ、猫の習性を押さえるだけといったところだろう……結構大変だとは思うが。
「そう……わかった様なよくわからない様な感じだけど、まあとにかく楽しい学園生活の為に頑張るのよ」
「は~い!」
と、良い返事をしながらも、ツナサンドを貪る様に食べるタマの姿に一抹の不安を覚える智香だった。
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