第6話 学園長を丸め込め!
学園長の部屋の前、緊張する晴人と健一に対してニコニコ顔の智香。タマはもちろん何も考えていない顔だ。ドアをノックすると「どうぞ」と中から学園長らしき声が聞こえた。
「失礼しまーす」
智香に続いて学園長室に入る晴人と健一そしてタマ。
「おお、智香君か。生徒を引き連れてどうしたんだね?」
気さくな笑顔で学園長が三人を迎えてくれた。この人が『えろげー』で……と思うと何やら複雑な思いだが、今はそんな事を言ってる場合では無い。智香に促された晴人が事情を説明し終ると、黙って聞いていた学園長は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「私は霊とか信じる方なんだが、あまりにも突拍子な話だな……まず、この娘が猫又だっていうことを証明してもらおうか」
そりゃそうだ。まずはタマが本物の人外だということを証明しないことには始まらない。
「これでどうかにゃ?」
タマは二股になった尻尾をくねくね動かす。
「作り物にゃらこんにゃ動かないでしょ」
「ふーん、この尻尾……本物みたいだな」
「ほら、ネコ耳も見てやってくださいよ」
晴人が畳み掛ける様にタマの頭を学園長の目の前に突き出すが
「うーん、こりゃモノホンだな……だが、尻尾とネコ耳だけで判断するのもな……」
と学園長はまだ腑に落ちない顔をしている。ネコ耳と尻尾が本物なだけでも十分驚くべき事実なのだが、それだけではタマだとは認められない。タマでは無く、通りすがりの妖怪だったらどうするんだと学園長は考えたのだった。
「タマ、学園長の秘密は何か見てないのか?」
晴人がタマに尋ねた。本人以外は猫のタマぐらいしか知らない様な秘密を言えば学園長も納得するだろう。タマは首を捻って考えた結果、何か思い出した様だ。
「うーん、学園長はテレビでアニメ見にゃがら泣いてることが何度もあったかにゃ」
「な、何を言ってるのかね。そんな事、よくある事じゃないか」
タマの言葉に少し狼狽する学園長。「アニメ見て無く大人なんか、あんまり居ないと思うぞ」と晴人と健一は顔を見合わせた。タマは更に学園長の秘密を喋り続ける。
「学園長の膝の上で見たことだってあるのににゃ~。車椅子の女の子のお話とか、演劇部の女の子のお話とか……」
「それって、あのアニメだよな……」
晴人が健一に耳打ちすると、健一も晴人に耳打ちを返した。
「ああ。あと、あのアニメだな。実は俺もアレ見て泣いたぜ」
晴人達も見ていたアニメだったみたいだ。そして、タマの一言が決定打となった。
「あ、私の足に手紙くくりつけようとしたこともあったにゃあ」
「ううっ、そんな事まで……お前本当にタマなんだな」
タマの肩に両手を置いてタマの顔をしげしげと見つめる学園長。
「わかってくれたかにゃ」
にっこり笑うタマ。
「そんな事で納得すんのかよ!」
健一が学園長に思いっきり突っ込んでしまった。だが幸いな事に学園長の耳には届かなかった様で、妙にテンションの高い声で「よし任せとけ。俺がうまいことやってやる!」なんて言い出した。
「この学園、大丈夫なのか……」
あまりにもあっけない結末に拍子抜けする晴人。
「ねっ、楽しい学園長でしょ」
智香が今日一番の笑顔で笑った。
「さて、晴人君」
学園長のテンションが落ち着き、顔が学園長らしい威厳のあるものに戻った。
「タマを君のクラスに紛れ込ませるのは私がなんとかしよう」
「ありがとうございます!」
「ただ、条件がある」
来た。大人が他人に何かしてあげる時に好んで口にする言葉、それが『条件』だ。学園長は晴人達に何を要求するのだろうか? 学園長の次の言葉を待つ晴人に緊張が走る。そして、学園長が口を開いた。
「タマを猫又とバレない様にすることだ」
晴人に出された条件とは、タマを猫又では無く、人間の女の子として扱うこと。そして、彼女が猫又であ
るという秘密を厳守するということだった。
「タマが猫又だと知れれば生徒達が混乱に陥るのはわかるだろう。第一……」
学園長は難しい顔で、その理由を話し出し、途中でタメを作った。
「第一?」
晴人が学園長の言葉を反覆した。『第一』と言うからには、生徒に混乱をきたす以上の問題があるのだろう。智香と建一も固唾を飲んで学園長の口元に注目している。
「そんなことになったらタマが普通の学園生活を送れないではないか!」
「そこっすか!」
建一がまた突っ込んでしまった。しかし学園長はそんな事には動じず、完全に中二病患者の顔になって楽しそうな声で言った。
「もし、タマの正体がバレれば、タマも君も退学処分とするからそのつもりでね」
「え~~~っ、退学ですか!?」
厳しいペナルティに晴人は声を上げた。それにしても退学とは、この学園長の考え方からすれば随分と厳しい処分だ。智香は晴人を擁護するかの様にその理由を尋ねた。
「学園長、何故そこまで厳しい処分を? やはり教育委員会とかの問題ですか?」
「戸籍も無い人外の者を学園に入れるということが明るみに出ればどういうことになるのか正直私にもわからん。ヘタしたらタマは非人道的な人体改造を施された不法入国者と考えられる危険もある」
「……無ぇよ、そんな危険」
学園長の現実離れした見解に、またもや突っ込んでしまった健一だったが、晴人と学園長は華麗にスルーして会話を続けた。
「もしバレた場合、みんなのタマに関する記憶を消すという手も考えられるが、そんなコトできるヤツ居ねーから」
「魔法少女モノのお約束は使えないって訳ですね」
投げやりな口調の学園長に晴人が真面目な顔で応えると学園長は大きく頷いた。
「うむ。それに、もっと大きな理由がある」
「もっと大きな理由?」
投げやりな口調から打って変わって真面目な口調に戻った学園長。タマの正体を隠す『もっと大きな理由』とは? 騒ぎになる事以上の理由って何だ? 晴人の顔に緊張が走り、眉間に皺が寄る。
「学園モノのお約束は守らんといかんからな」
「はあ、そこっすか?」
真面目な口調に戻ったかと思うと今度はまたふざけた口調に変わった学園長。その変貌ぶりに完全に突っ込み要員と化してしまった建一。本来、どちらかと言うと建一がボケで晴人が突っ込みというのが二人のスタイルなのだが、建一以上にボケをかましてくる学園長の出現によって建一が突っ込みに回らざるを得なくなった。もっとも学園長としてはボケているつもりは全く無いらしい。
「これって凄い大事な事じゃね?」
「いや、何と言いますか……」
「ぶっちゃけタマが人外だってバレたって、『妖怪に化かされてた』とかなんとか言っときゃなんとかなるんじゃね?」
「今度は妖怪モノのお約束ですか……って、学園長、何か喋り方がコロコロ変わってません?」
晴人が学園長のキャラがコロコロ変わる事を突っ込むと、学園長はしれっと言った。
「いや、メリハリって大事だろ、上げる時と落とす時の。まあ、タマの存在自体がファンタジーなんだから、こっちの考え方もファンタジックにいかんとな」
さすがはえろげーに触発され、借金までして学園を創ってしまった学園長。声優を意識しているのだろう、意識して喋り方を変えているらしい。もっともこういうのアニメやゲームでは面白いのだが、リアルでされると結構イラっとするから人間と言うのは難しい生き物だ。
「晴人君は二年生だね? あと三学期と一年間しかない学園生活だがタマを楽しませてあげてくれ。おっと、バッドエンドは勘弁してくれよな」
学園長は楽しそうな顔で晴人の顔を見て言った。しかしバッドエンドは晴人としても勘弁願いたいが、トゥルーエンドは想像も出来ない。苦笑いするしか無い晴人の肩を叩いて健一が言った。
「そっかー、バレたら退学かー。ま、俺も出来るだけの協力はすっからよ。お前のいない学園生活なんざ面白くねぇもんな」
すると学園長の口からとんでもない言葉が出た。
「何を他人事みたいに言ってるんだね? もちろん君も一緒だよ。あ、智香君もね」
「え~~~~~っ、俺もっすかぁ!?」
「わ、わたしもクビなんですかぁ!?」
「はっはっはっ、お約束は守らんとな」
えらい事に巻き込まれてしまった建一と智香は絶望的な声を上げるが、学園長はこの上なく面白そうに笑っている。とりあえず話は付いたと考えて良いのだろう。
「まあ、ともかくありがとうございます。退学にならない様頑張ります」
晴人が頭を下げると学園長は満足そうに頷き、智香に指示を出した。
「うむ。では智香君、とりあえずタマは君に預ける。転入の手続きが出来るまで一緒に暮らしてやってくれ」
「はい、わかりました。いきなり学園生と同室というのは不安ですからね」
「よし、じゃあそんな感じで。話が決まり次第連絡するから」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
四人は礼を述べ、学園長の部屋を出た。
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