第5話 学園長は中二病?

「え~~~、この娘、タマちゃんなの!?」


 晴人の話を聞いて単純に驚いてみせる智香。普通、ふざけんなと怒られてもおかしくないのだが……続けて晴人が


「ええ。俄には信じられないかとは思いますが、まごう事なくタマちゃんです。よしタマ、ネコ耳と尻尾出して良いぞ」


 と言うとタマがネコ耳と尻尾を出した。とは言っても尻尾はジャージの下でもぞもぞ動いているだけで見えないのだが。


「ちょっと良く見せてくれるかな」


 智香は良く見ようとしてタマの頭に手をやり、顔を近付けた。


「智香さ~ん、頭なでなでしてくれるの~」


 智香はよく猫のタマの頭を撫でていた。タマはまた頭を撫でてもらえるのかと喜び、甘えた声を出した。


「うーん、本当に生えてるわね……」


 律儀にも智香はタマの頭を撫でつつネコ耳の付け根をしげしげと見る。それは本当に頭から生えている様にしか思えなかった。そして智香が尻尾に手をやった途端、タマが妙な反応を示した。


「うにゃっ、いきにゃりお尻触るにゃんて……智香さんのえっち~」


「あっごめんなさい。尻尾もよく見せてもらって良いかな?」


「うん、良いよ~」


 タマがジャージの下を少し下げると形の良いお尻が半分程顔を出した。晴人と健一は目のやり場に困り、チラ見しては目を逸らし、チラ見しては目を逸らしの繰り返し。そんな二人に目もくれず、智香はタマのお尻を、いや、尻尾の根元をしげしげと観察する。


「あら、張りの良いお尻ね~羨ましい……」


 いくら智香が若くて美人だとは言っても豊臣学園を卒業して何年にもなる。タマのお尻は自分で『ピチピチの女の子』と言っていただけあって張りのある、引き締まったお尻だった。心底羨ましそうに言う智香だったが、彼女はタマが言った言葉を聞いて凍りついた。


「智香さんだって、努力してるもんね~、ほら、テレビ見ながら足上げたり……」


 この『タマだ』と言う少女は、まるで見ていたかの様に言う。


「そりゃあ女性ですもの、日々の努力は怠り無いわよ」


 智香は澄ました顔で言うが、タマは呆れた声で言い返した。


「その割にはよくゴロゴロしてポテチ食べてるにゃ」


 痛いところを突かれた智香は思わずタマの尻尾を引っ張ってしまった。


「ふにゃっ!!」


「あ、ごめんなさい。この尻尾も本当に本物みたいね」


 謝りながら智香は思った。ネコ耳も尻尾も本物。自分の日課である腹筋運動、そして密かな楽しみであるテレビを見ながらのポテチは他人に見られない様に細心の注意を払っていた。もし、見た者が居るとすればネコのタマぐらいなもの。と、いうことは……


「智香さん、ひどいにゃ……」


 タマは、いきなり引っ張られた尻尾をさすりながら涙目になっている。二人のやり取りを見ていた晴人がおもむろに口を開いた。


「わかってもらえましたか? コイツ、本当に猫のタマなんですよ。どうやら人間の学園生活をずっと見てきた結果、強い思念が働いてこんな姿になったみたいなんです」


「信じがたいけど、そうみたいね」


 遂に智香が信じてくれた。晴人はこのまま一気に話を詰めるべく、本題に入った。


「それで、俺、タマが学園生活を送れる様にしてやりたいと思ったんですけど、俺の力じゃどうしようもなくって」


「それで私のところに来たって訳ね」


 さすがは智香。学生の気持ちをしっかり理解している…って、誰でもわかるか。


「はい。学園生活は無理でも寮生としてだけでもなんとかならないかと。俺に出来る事があれば何でもしますんで」


 頭を下げる晴人。しかし彼は今年から三年生だ。寮母としての立場上、智香はおいそれと首を縦に振るわけにもいかない。


「晴人君、出来る事なら何でもするって、四月から三年生でしょ。勉強は大丈夫なの?」


 智香が問いかけると健一が割って入る。


「おっと、その件については俺がもう話してる。腹は決まってるみたいだぜ」


「そう……わかったわ」


 真剣な顔をして頷いた智香だったが、その真剣な顔が一瞬にして楽しそうな顔に変わった。


「それにしてもこれはまた面白いことになったものね」


「はあ、面白いことで済むもんなんですねー」


 呆れ果てる健一。無理も無い。晴人と智香の二人はこの異常事態を明らかに楽しんでいる。


「とりあえず、学園長に話してみましょうか」


「が、学園長にですか!?」


 智香の口から出た『学園長』という言葉にビビる晴人。まさか一介の寮母さんが学園長に直談判するなどとは夢にも思ってなかったのだ。ビビる晴人をなだめる様に智香は言った。


「ええ。学園生活を送りたいというのなら、学園のオーナーである学園長に話を持っていくのが筋ってものでしょ。」


「いや、でも、どう話するんですか? 『タマが猫又になりました。学園に入れてあげて下さい』なんておちょくってるとしか思われませんよ!」


確かに智香の言う事は筋が通ってるかもしれない。しかし学園長にそんな話をするなんて、普通の願い事ならまだしも晴人自信がなかなか信じられなかった話なのだ。すると智香は妙な事を言い出した。


「普通の学園長ならね」


「へっ?」


 智香の言葉に晴人は戸惑った。豊臣学園の学園長は普通では無いと言うのか? 戸惑う晴人に彼女は一つ、簡単な質問を投げかけた。


「うちの学園のこと、どう思う?」


「とても楽しい学園だと思いますけど」


 晴人の単純明快な回答。それに智香は尚も突っ込んで聞いてくる。


「何故楽しいのかしら?」


「何故って、生徒の自主性にまかせた自由な校風だから行事なんかもいろんなコト出来るし、かと言って変な不良はいないし、女の子は可愛いし、寮母さんだって若くて綺麗だし……」


 晴人は『寮母さんだって若くて綺麗』というところで智香の顔をまじまじと見た。もちろんこれはお世辞では無い。もっとも高校生の晴人にとっては年上ではあるが、世間的に見ればまだまだ若い女性で、寮母に限って言えばこんな若い寮母、なかなか居るものでは無い。そして美人である事は誰の目から見ても間違い無いだろう。


「そんな学園、ココ以外にあるかしら?」


「多分、無いんじゃないかな」


 晴人の答えを聞いた智香の目が怪しく光った。そして彼女は晴人をある答えに誘導するかの様に言った。


「そんなこと無いでしょ。三次元に囚われなければね。」


 晴人は少し考えた。もちろん答えはすぐに出たのだが、それを口に出して言うのに躊躇したのだ。しかしここまで来てうだうだやっても仕方が無い。晴人は思い切って答えた。


「ラノベとかアニメの世界とか、あとは……えろげー……ですかね?」


「ご名答」


 晴人が言いにくそうに言った言葉『えろげー』とはえっちなゲームの総称であり、またの名を『ぎゃるげー』あるいは『美少女ゲーム』とも言う。もちろん十八禁で、高校生の晴人が触れてはならないものであり、はっきり言って女性と話をする時に『えろげー』なんて言うと普通は引かれる。しかし智香は『えろげー』という言葉に何の抵抗も無いのか、明るい声で言うと、学園長についての話をし始めた。


「うちの学園長はね、遅れてきた中二病なの」


「えっ、学園長が?」


 晴人と健一は驚愕した。二人共、学園長とは入試の最終面接で話をした事があるまさかあの学園長がそんな人だったなんて……


「これは私が寮母さんになる時に聞いたんだけど、学園長は元々不動産業者だったらしいの」


 学園長は元不動産屋だった! これには晴人も健一も驚いた。晴人のイメージする不動産業者というと、駅前なんかで店を開いている町の不動産屋だ。いつもコーヒーを飲みながら新聞を読んで、仕事をしてるのかしてないのかわからない様なおじさん。しかし、智香の話によるとそうでは学園長はそういうのでは無かったらしい。


「バブル経済って知ってるでしょ。その頃に土地を買い集めては転売してかなり儲けたって」


「平成バブルってヤツですね」


「週に四日はお姉ちゃんのいるお店に行ってたって」


 智香は淡々と話す。彼女は『お姉ちゃんのいるお店』にも抵抗が無いのだろうか? だとしたら本当に素晴らしい女性だ。


「はーっ、羨ましいねぇ。でも、なんだってそんな人が学園経営なんか?」


 建一が呆れた様な口ぶりで尋ねると、智香はしみじみした声で言った。


「でも、ある時立ち寄った電気街で禁断の果実に触れてしまったの」


「禁断の果実?」


 晴人と健一が口を揃えて言った。バブリーな大人を一変させてしまった『禁断の果実』とはいったい? 生唾を飲み込んで話の続きを待つ二人は智香が話した答えにひっくり返った。


「パソゲー屋の店頭モニターに流れるえろげーのPVを見て心が震えたんですって」


「うわっ、そうきましたか」


 晴人が言うと智香はつらつらと、だが、神妙な顔で話し続ける。


「そして、切ない物語に涙したり、バカなストーリーに笑ったり。いつの間にか車で聞く音楽もユーロビートから電波ソングへ変わってしまったとか」


「家族が聞いたら泣きますね」


 智香によると、学園長は、えろげーから始まって、えろげー原作の深夜アニメを見出して、更にはライトノベルが原作のアニメを見る様になって、そこからライトノベルを読み出して……と、底無し沼に嵌まり込む様にズブズブとそういう世界にのめり込んでしまったらしい。


「で、バブルが弾けて買い集めた土地が暴落し、売れば大損になってしまうという時に『金、まだあるし、ここに自分の理想とする学園を作ったら面白いんじゃね?』って考えてこの学園を創ったんですって」


 学園長の奇異な運命、いや、ろくでもない遍歴に晴人は正直な気持ちを口に出して言った。


「はあ、お金持ちのすることはわかりませんねー」


「かなり銀行から借入も起こしたらしいけどね。まあ、そのおかげでみんなが楽しい学園生活を送れるんだから感謝しなくちゃね」


「人生、何があるかわからないものですね。学園を創るきっかけになるとは……えろげー、恐るべし!」


 健一がしみじみした口調で言うと智香は楽しそうに答えた。


「私なんかこの学園が気に入っちゃって、卒業してすぐ寮母さんにまでなったぐらいだからね。さあ、善は急げ。今から行くわよ」


 智香がえろげーに理解があるのは、彼女もそういう世界の住人だからなのだろうか? 人間とはわからないないものだ。



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