第三話
「……ん、ぁ、あー……あ?」
目覚めると、そこは相変わらずの異世界と呼ぶにはあまりにも詐欺じみた、白の大地と灰風が吹きすさぶ世界――
「…………あれ」
――ではなく、普通に、見慣れた部屋の天井だった。
「え、ちょ、マジ?」
がばりと上体を起こし、自分の身体をぺたぺたと触る。いや、自分の身体をいくら触ろうとも意味は無いのだが……
「まさか……ん?」
すわ、夢オチか、と危惧したとき、僕は枕元に置かれた一枚のメモに気が付いた。
そこには、筆のものらしき文字で、
『――これからは異世界へ呼ぶのは夜限定とする。安心しろ、昨晩の時も、現実世界ではお前が消えた事は周囲にばれてはいない。このメモを枕の下に入れて眠れば、またこちらに来れる――』
「…………、」
つまり、夢ではなかったという訳だが。
しかし、僕が昨晩いなくなったという事が周囲に気づかれてない、というのはどういう理由だろうか。
魂だけでも抜き出したのだろうか。
「にしても、えらい達筆だな……」
僕は再びベッドに倒れこみ、天上にメモをかざして見る。
「このメモを枕の下に入れればもう一回異世界に行ける……?」
少しだけ、出所不明の違和感を感じてしまう。……少しだけ、弱気というか。僕は脳裏に、あの紺色の制服を纏った尊大な彼女を思い浮かべる。何故かこの文章は彼女のイメージにそぐわない気がした。
「……何だこれ」
よく、分からない。
「まあ、いいか」
くあ、と欠伸をする。
夜に活動するならば、今のうちに眠っておこう。
どうせ、昼は暇なのだから。
◇
「つーことで、部屋にいくつか資料を置いておいたぞ。異世界ものの小説とか、あと図鑑とか」
「…………」
その夜。
メモを枕の下に入れて床に就いた僕は眠りに落ちた瞬間、異世界にいた。横たわった状態から身を起こし首を回すと、白い大地の少し離れた場所に体育座りで座っている制服姿の少女がいた。
彼女は膝に顔を半分うずめたまま、こちらに視線を送っていた。
ので、声をかけたのだが、
「あー、咲耶姫? おーい」
「…………」
「えーと、姫? 如何なさいましたか?」
「…………」
「姫、わたくしが何かご無礼を働きましたでしょうか」
「…………」
いくら言葉を重ねても反応が無い。いつもは立場が逆なのだが。彼女は拗ねたようにずっとこちらを睨んだままだ。一体、どうしたというのか。
「……おい、何か反応しろ」
「………………………………なんの躊躇いも無く来おったな、馬鹿が」
「は?」
「なんでもない」
すました表情で言ってすっと立ち上がる咲耶姫。顔を上げた時には、彼女はいつもの傲岸な顔つきに戻っていた。
「――さて、中也? 昨日は初日だったからあれで帰したが、今日はそうはいかん。異世界を作り、体験してもらうぞ。はっはー」
「……あの、昨日の段階から思ってたんだけど、僕の仕事って、アイデア出し以外にもその世界を体験することも含まれてるのか……?」
恐る恐る問うと、彼女は実にいい笑顔で歯を輝かせ、
「勿論だ。ああ、当然私は安全圏で見守らせてもらうぜ」
「理不尽だ!? お前が体験すればいいだろうが!!」
神様のあまりに横暴な物言いに物申すと、彼女は呆れた顔で左手を腰に当て、右手でこちらを指さしてくる。
「あのな、私は神だぞ? 困難が来ても対処できてしまうではないか」
「いいじゃん、それで!! 炎喰らっても死なないだろお前」
「これから作るのは神が住まう地ではなく人が住むことを前提とした異世界だぞ? 人が体験しなくてどうする。あと私、耐久力は人並みだから普通に死ぬぞ」
「ゔ……」
それを言われてしまうと返す言葉も無い。
「わーったよ。……じゃあ、さっきも言ったけど、僕の部屋に資料を置いておいたから。召喚できるんだろ、持ってきてくれ」
「……さっき言い忘れてたけど、お前、やけに協力的だよな」
「まあな。好きに世界作れるっていうし。それに……」
……その先、何と言おうとしたのか。
忘れた僕は、いつもの定型句で返した。
「――暇だし、な」
「…………」
咲耶姫はそれに対し、ふっ、と馬鹿にしたように苦笑した。
「さてじゃあ、精々良いアイデアを出してくれよ?」
「……了解ですよ」
◇
異世界を作るにあたり、一番大きかった障害はやはり突然変異で現れる未知の物質や細菌、ウイルスといった類らしい。
大気調節にも時間を費やしたらしいが、彼女曰くこっちの設定の方が難しいらしいとか。
では『人類に対して不利益な生物が発生しないように』と設定すればいい、と言ったのだが、それも無理らしい。
「――私の神様としての力は、意外と弱いんだよ」
『本』を持て遊びながら、彼女は言う。
「――確かに、世界設定を作った『瞬間』はそれも可能。でも、その後に生まれるものをどうこうはできない。私の権能の及ぶ範囲は、実は土台部分だけなんだ」
だとか。
つまり土壌はデザインできても、そこに育つ草花の葉を一枚一枚コントロールするのは無理という話だ。
なので、こういった惨劇が発生する。
◇
「咲耶姫ッ!! これ、この、超巨大な機械蜘蛛みたいなの、どうにかしろッ!!」
『だーかーらー私にはどうしようもねえんだって。レーザーガンとかあったろ? その辺に落ちてない?』
「僕の視界に見えるのは赤く錆びた黒い空と鉄屑と砂漠と宇宙船の残骸だけだああああああああああッ」
『んあー、仕方ない。あと七分半、頑張ってねー』
「え、嘘でしょ。え、まじで七分? 長くね?」
『…………』
「…………え、ごめん、なんか言って下さいお願いします後生の頼みですから!!」
◇
「……なあ、これ異世界じゃなくて、まんま現実じゃね? よく見れば違うけどパッと見大して変わらねえよ? こんなの異世界って主張したらマジで詐欺になるぞ、ホントに」
『えぇ……この本、近未来設定じゃなかったの……』
「冒頭だと現代だろ。なんかインストールの段階でミスった?」
『ふうん、ところでこの本の最初の方、地球全土でウイルスが蔓延して人口の九割が滅ぶ設定になってるんだけど。あと十分保つ?』
「……………………」
◇
「姫? 僭越ながら進言させていただきますが――お前、疲れてんだろ。なんだこのカクカクのブロック世界。人もなんか二頭身でえらく画素が低いというか」
『むう、なんだか九十年代のゲームみたいになったな。お前だけ異様に容量食ってるぞ、きっと』
「つーかこれ、ブロックの色合いとか空の感じからしてどう見てもマイン」
『それ以上は言うな』
◇
「ははははははははははは、見ろ咲耶姫! 何がファンタジー! 何が異種族共生だ! 大戦争が起こってるじゃあないか!! はーはっはっはっは!!」
『エルフとかドラゴンとかいる、いわゆる異世界ってやつ、実は奇跡的なバランスの上に成り立っていたんだなあ……。まず人間が上位種にいることがおかしいし』
「よく考えてみれば、怪力持ってたり魔術とか使いまくる連中がこんなに集まって戦争しないとか、逆に不自然だよな。あー、空が燃える燃える」
『お前、だんだん慣れてきたな』
とまあ。
どうして二百年もかかってできないのかを、僕は存分に思い知ったのだった。
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