第一話



 それは、十一月の中頃の話だった。

 

 理由や経過は、まあ置いておいて。

 とりあえずの事実として、僕は異世界に跳んだ。

 とある場所でとある少女に出会い、勧誘を受けて小説やアニメの主人公よろしく、実にお手軽に、インスタント感覚で異世界転生を果たした。

 

 ここまでは良い。

 

 いや決して良くはないのだが、まあこの際詳しい事は置いておいて。

 要するに、異世界転生があったのだが、

 

「……、ない」

 

 虚ろな目をした僕の呟きに、傍らに立つ、紺色の制服に身を包んだ少女が腰に手を当てて応えた。

 

「無い? 何が。そりゃ、色々と無いかもしれないけど」

「こりゃねえだろ、って意味だよ」

「はあ」

 

 僕は一度深呼吸をして、少女の方を見ずに、視線を前に固定したまま口を開く。

 

「ひとつだけ訊くぞ。――ここは、異世界なんだな?」

「? うん」

「本当に、『異世界』だな?」

「二つ目な気がするけど。うん」

「…………」

「???」

                 

 首を傾げる少女。

 すると彼女は直後に何かを合点した様で、にこやかな笑顔と共に手をぽん、と叩いた。

 

「――ああ、分かった。さてはここに来る経緯に不満があるんだな? あまりに簡単に来れたせいでなんか、こう、釈然としない感じがあるんだな」

 

 うんうん、分かる分かる。と頷く少女。

 

「――ようし、分かった。リトライしよう。そうだな、交差点の赤信号でトラックに突貫しろ。引かれる直前でもう一度転移させるから。そうすれば、おめでとう。めでたく君も真っ当な異世界主人公だ」

「いや、あのな! ――って待て待てその言い方! 悪意ありすぎだろ!!」

「ええー何さ。……あ、分かったぞ。誰かを庇って死んで転生したいんだな? よし、トラックの前には赤いランドセルを背負ったか弱き幼女を」

「そういう事を言ってんじゃね――ッ!!」

 

 色々と突っ込みたい事は山ほどあったが、今はぐっとこらえてまず一番言いたい事を口にする。

 

「僕が言いたいのは、この世界の話だよッ!! ――何だよ、って!!!」

 

 白灰がひたすら延々と続く世界。最早どこを指さして良いかも分からず、ただ適当な地平線を指さして僕は叫んだ。

 

 そう。

 この異世界、来てはみたものの、見渡す限り何も無かったのだ。

 それは、別に異世界のそういう地域に出たとかそのような事情ではなく、本当に何もない世界らしかったのだ。

 

「異世界って言ったら、ほらアレだろ! 中世風のファンタジーとか!! ちょっと捻って近未来魔法ものとか!! なんかもっとこう……あるだろう!!」

「わーお……見事なまでのアニメ脳」

「うるせええええ!! いいから寄越せ、ドラゴンを! エルフを! 伝説の剣の一振りくらいあるだろ! いいやいっその事、職業系スキルでもいい。とにかく、とにかく何か異世界らしいものを一つでもいいから提供してくれ頼むお願いします後生の頼みだ!!」

「フ、いくら何でも夢見すぎではないかね、若人よ」

 

 フゥ、と馬鹿にしたように息を吐く紺色制服少女にやかましいわ! と叫ぶ。

 そりゃあな!? 別に過度な期待はしないよ!? そも、冗談や酔狂で付き合った異世界転生だ。出来なくても笑い飛ばせる。

 

「――だけど、いざ実際にできてみれば、『お、これはもしや』なんて思うだろ!? なのに、いざ来てみたらこれとか、……『上げて落とす』が一番イヤな嫌がらせだって知ってるか!?」

 

 ああ、そもそもこの少女は自分に何と言ったのだったか。

 無い頭を必死で絞り、五分前に起こった事を遡る。

 

「……ええと、僕の記憶が確かなら、お前、こう言ったよな。『異世界転生に興味があるなら叶えよう』と」

「まあ、大まかに言うなら、そうね」

 

 顎に片手を当てて、空白の地を眺める少女。

 対して僕はその地平を再び指さし、言う。

 文字通り、真っ平な世界を指して。

 

「――詐欺だろ」

「ふむ。では一つ問題。異世界という単語に補語と送り仮名を付けて言うと?」

「……現実と異なる世界」

 

 オチを察しつつも僕が渋々言うと、少女は意を得たりとばかりに、にやりと口端を上げる。

 

「そう。いいかね、少年。『現実と』『異なる』『世界』だ」

 

 つまり、

 

「――こんな世界、現実世界には無い。そう、ここが異世界だ!」

「それを詭弁というんだぜ、おい!!」

 

 言うと、少女は偉そうに腕組みをしてこちらを見る。身長はこちらの方が高いので、必然見上げられるような形になるのだが、その無駄に大仰な仕草から何故か威厳を感じる。

 これが神か。

 彼女は何やらニヒルな笑みを浮かべる。

 

「まあ、待て待て。私は決して嘘は言ってない。君が望むなら、そんな世界にしてやってもいいんだぜ?」

「は? 望むなら? ……どういう事だ」

 

 簡単な話だよ、と少女は世界を体全体で指し示すように両腕を広げた。

 

 

「異世界が無いなら――創ればいいじゃん?」

 

 

 ドヤ顔をキメる彼女に、僕は半目で告げる。

 

「……暴論って知ってる?」


 

 

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