異世界の夢
午前
プロローグ
「よっ、中也。ははは、何だ何だ、呆けた顔をして。私が来たことがそんなに嬉しいか? ん?」
紺色の制服に身を包んだ彼女は、僕を見るなり意地の悪い顔をしてつまらない事を言ってくる。
「…………、」
「なあに、言わずとも良い良い。ぼっち暦=十七年だった君は、最近出来た初めての友達が嬉しいんだな、分かるとも。それが、黒髪の美少女であればなおさらというものだ」
「…………、」
「ふふふ、そんな君にプレゼント! そら、適当な駅の適当なデパートで買ってきた適当な洋菓子だ! ふっははははー、喜び、歓喜し、むせび泣くがいい!!」
「…………、」
「……あ、あのー。えっと、私が悪かったからなんか喋ってくんない?」
わざとらしい大仰な口調と手振りで女優ばりの演技力を見せた制服黒髪少女は、観客の無反応に耐え切れず、遂に折れた。ちょっと涙目。
完全にすべった咲耶姫は勝手に机の椅子を引いて来て、ベッドの上であぐらをかいて適当に本を読んでいた僕に相対するように座る。
「……じゃあ訊くけどさ」
本を閉じ、とりあえず一言訊いておく。
「――どうやって入って来た訳? 親がいたと思うんだけどね」
「うん? 割とあっさり入れてくれたよ。ずっと友人がいなかった息子をよほど心配していたのかね。友達だと言ったら超嬉しそうな顔で入れてくれた」
はい、と紙袋を渡してくる。
デパートで買ってきた、というのは本当らしく、中身を覗くとCMでもたまに見るロゴマークが見えた。どうも、クッキーのようだ。
僕はそれを自分の脇に置いておき、咲耶姫の方に顔を向ける。すると、彼女は僕が何かを言う前に喋り始めた。
「――いや、しかし酷いな、中也。私の渾身の演技をあんなに非情に。結構頑張った方なんだよ、あれ。脳内でセリフ考えて幾度か反芻して」
「痛いな、おい!!」
道理であんなにぺらぺらと噛まずに言えたものだ。
「アカデミー賞ものの演技だったのに」
「甘いな。女優を気取るなら、例え観客が一人として反応しなくてもその演技を崩さないものだぞ?」
「そのたった一人で席は満席な上に、私はかぼちゃではなく、君に言葉を発した筈なんだけどね。まあ、いいや」
彼女は笑い、僕の隣に置いた、自分が持って来た洋菓子の紙袋を手に取る。そして、そのまま中身を取り出して包装をびりびりと破いてしまう。
「おい」
僕の為に買ってきたんじゃないのかよ、と半目で見ると、制服黒髪少女はきょとんとした顔で僕を見て、
「――別に、プレゼントとは言ったけど、君が食べていいなんて一言も言ってないよ?」
「全く理論として成立してねえ!」
実に純粋な笑顔と共に言った彼女に、僕は全力で突っ込む。
いくら何でも支離滅裂すぎる!
もはや詭弁にすらなっていない。
僕が思わずこめかみに手を当てている間に、がぽん、と四角い缶を開けた咲耶姫は、中身を見て嬉しそうに笑う。
「おおー、ほら、見ろ見ろ中也。美味しそうだな! 実は私、こういうの買うの初めてでさ。店員に『おまかせで』と言ってみたが、良い物を用意してくれたみたいだ!」
「ああ……店員さんの困惑が目に浮かぶようだよ」
きっと、何とも言えない微妙な表情をしていただろう。やけに偉そうな高校生と思しき少女が、ドヤ顔で『おまかせで』と言ってくる。
うむ、僕だったら間違いなく全力の笑顔で『お帰り下さい』と返しているな。
「君も食べる?」
「本当は僕が食べるものだろ!!」
◇
「――で? 何しに来たんだ、お前。いつもはあちらにしかいないだろうに」
「ん? 気になるか、やっぱ」
クッキーをあらかた食べつくした(主に咲耶姫が)ので、僕は彼女に本題を問うた。
彼女は背もたれに寄りかかり、うーん、と唸っていた。ちなみに僕はと言えば、本を読む方に意識を戻していた。
咲耶姫は天井を眺めながら言う。
「そうだね、来たのは、単純に暇だったからだよ。あとは、何だろ」
「自分で分かんないのかよ」
「いや、分かってはいる」
「じゃあなんだよ」
「うーん」
「気分か」
「だね」
肩をすくめて笑う咲耶姫。
僕はそれに対して、曖昧な表情を返した。
◇
とても信じがたい話だが、咲耶姫は神様だという。
本来は名前を特に決めていなかったが、呼び名が無いと不便と言う事で、神様っぽく浅間神社に祀られている神様から名前を取った。
とはいっても、完璧に名前をコピーした訳じゃなく、一部をもらったという形だ。
曰く、『私なんかが日本で千社以上もチェーン展開している神社の神の名前をそのままもらっちゃ罰当たりでしょ』とのこと。
神様というと、超常の存在のようにも思えるけれど、異世界の管理人としての色の方が強い。
だから、現実にはどこにも名前が載ってないし、知られてもいない。
マイナーどころの話ではない。信仰している人は一人もいないし、そもそも存在を知っている人間は、この世に一人しかいない。
誰にも知られない神様は、そうして、二百年ほど生きたらしい。
◇
「――さあて、そろそろ帰る時間かな?」
大体一時間半ほどか。
適当な馬鹿話をした後、咲耶姫はすっと立ち上がった。椅子を机に戻す彼女に、僕は声をかける。
「で? 本当の要件はなんだ? まさか、本当に僕と喋るために来たのか?」
「おりょ、何だ、気付いてたんだ。もー、人が悪い」
「気づかれてないと思ってたのかよ……」
お前、本当に何かを隠すことに向いてないよ。
彼女ははあ、と軽くため息をついて、ブレザーのポケットから一枚のメモを取り出し、僕に手渡す。
「――察しが良すぎるよ、君は。それに、そういうのは気づいても黙ってるもんだ。特にそれが女の子のものなら」
「生憎と、僕は彼女を作る気はない」
「寂しい男だねえ」
「ほっとけ」
「――もうすぐ、前に渡したのの効果が切れるから。それ使って」
「回数制限あったのか、あれ」
「まあね」
それじゃ、と手を振って、彼女はドアを開いて出ていった。
適当に返事を返してから、僕は手元の十センチ四方ほどの紙を軽くかざすように見る。そこにはえらく達筆な文字で『 回数・百回分だぜ 』と書いてある。
「……やっぱりな」
僕は閉じられたドアに目をやる。
上機嫌に廊下を歩いているであろう、彼女を透かして見るように。
……最初から、これを渡せばよかったというのに。
「まあ、いいか……」
どうせ、学校にも通っていない身だ。
日がな一日部屋に引き籠もり、暇をしている身としてはこういうのもたまには良いかもしれない。
ごろり、とベッドに横になる。
メモを光にかざして見る。
別段、書いてある内容が気になる訳ではない。書いてある内容は一文だけの、簡潔な業務連絡だし。僕が見ているのは、メモそのものだ。
これは、いわばチケットだ。
彼女のいる世界への、招待状。
「…………、」
咲耶姫は神様だった。
それも、本やアニメを見る者なら、一度は憧れる。
異世界の、神様だった。
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