再生

叶本 翔

最期の5分

 俺の大好きなこの曲の長さは4分と少し。

 そのことを何となく思いながら再生マークをタップする。流れてくるのは綺麗なピアノの音。この曲のおかげで俺は人生で初めての恋をした。

 忘れ物をして、音楽室まで走っていた。周りをよく確認していなかったせいで前から歩いてきた女子に思いっきり突進してしまった。彼女は転び、大事そうに持っていた楽譜を落とした。

 詫びながら楽譜を拾うとタイトルが目に入った。

「あの、この曲好きなの?」

「うん」

「もしかして弾ける?」

「弾けるけど」

「じゃあ、聴かせてよ!」

 急なお願いだったが、彼女は微笑むと

「いいよ」

 そう言ってくれた。

 この曲のおかげで俺たちは知り合えたわけで、俺は初めての恋をして、初めての彼女ができたわけで……。

 この曲にはいい思い出ばかりだ。だからこそ、今聴いている。

 にいい思い出を持って行けるように。

 あと少しで曲がおわる。

 この曲が終わったら……。

「やっぱ怖いよな」

 死のう。そう、思っている。

 彼女とは上手くいっているし、家族仲も良い。勉強だってそこそこできる。

 でも、友だち作りには失敗した。

 学校で話しかけてくるのは先生と、彼女だけ。

 それだけならまだいいが、物はなくなるし陰口は言われるし、俺に話しかけるやつも巻き込まれる。

 味方はいないわけじゃない。でも、

「もうムリなんだよな」

 そう呟き苦笑する。

 自分の弱さを笑って誤魔化そうとする。

 あと、数小節で曲が終わる。

 これが正しい選択だとは思っていない。悲しんでくれる人がいることも、知っている。

 でも、それでも、耐えられなかった。

 だからこそ、俺が見つからないようにこの方法を選んだのだ。

 スマホを橋の柵の側に置き、柵の上によじ登って、俺は……















 水の中に身を投げた。

















「……きっ!!」

 ……ん?瞼が動く。死んだはずなのに。

「み……きっ!!」

 試しに瞼を開けてみた。

「ねぇっ!!

 頑張ってよ!!」

 光が目を差す。目が眩み、ぎゅっと目を瞑る。

 もう一度、恐る恐る開けてみるとそこには身を投げる直前まで考えていた人の顔があった。

瑞希みずき!!」

 何が起きたかよく分からない。

「ナースコール押したから!!

 あと少しでお医者さん来るから!」

 あぁ……死ななかったんだ、俺。

 そのとき、窓際に飾ってある千羽鶴が見えた。少しいびつな千羽鶴……。

 きっと、不器用なコイツが作ったのだろう。全部、1人で。

 俺が死のうとしてから相当な時間がかかったことが分かる。

「良かった……。

 おかえり、瑞希。

 何も気付けなくてごめんね……」

 声がしたので見てみると、泣いていた。

 俺の意識はそろそろ曲を聴き始めてから5分経つ。俺の、最期の5分。俺にとってはたったの5分間。

 でもそれは、コイツにとって恐怖と戦い抜いた長い、長い時間だったのだと今気付いた。

 俺の最期の5分は終わった。泣くコイツの顔を見て、生きなければと強く思った。

 この5分は俺の再スタートのための5分にしようと、俺は決めた。

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再生 叶本 翔 @Hemurokku

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