境界線上の——

乃井 星穏(のい しおん)

境界線上の——

「しかし驚いたよ、まさか君が人狼の正体だったとはね」


変身が解け瓦礫の山に身体を預けるしかできない俺を見下ろす人影——


「紅月セン……パイ?」

「大丈夫、取って食ったりしないさ。というか私にもそんな余力は残っていないしな。停戦協定といこうじゃあないか」


そう微笑むとセンパイは数メートル離れた瓦礫の山にもたれ掛けた。月に照らされるその姿は女神のようにも見え——校内で流れる噂も決して大げさなんかじゃあないな、と感心した。


「……えーっと、そもそも俺とセンパイとは敵対関係にあるんすか?」

「ふむ、君にそのつもりがないのなら仲良くしたいところだが」


そういうとセンパイは細長い指で自らの口を引っ張り上げた。月明かりにセンパイの唾液が照らされて扇情的——という思考を遮ったのは鋭く伸びた牙の存在だった。


「この通り、私は吸血鬼の力を持つのでね。人狼の君とは甚く相性が悪いのではないかと懸念したわけさ」

「確かに吸血鬼と狼男はライバルや敵対している漫画なんかもあったりしますけど……」

「そんなことが関係あるのか? と言いたげな顔だな。あると私は思っているよ。君が【宵闇の坂】に遭遇したのは2回目。そしてそのどちらもが満月の夜だった。違うかな?」

「【宵闇の坂】ってのは……えっと、バケモノみたいなのが現れる、現象? ですか?」

「そうだな。君がいままで巻き込まれなかっただけでこういう空間が、事象が、時間が、稀に発生するんだよ。日付の境目、意味のある日付、蓄積した負の感情が場に溢れている時、魔力の満ちた満月の夜——なんかには特に。放っておくと悪さをするので、私はこうしてヒーローごっこしているってわけさ」

「いつもこんな危ないことを?」

「いつもは余裕なんだぞ、今日のは特段強かった。正直、君が助けてくれて助かった——」


センパイはそこで少し顔を歪めて深く息をした。手を当てている腹部からは血がボタボタとこぼれ落ちている。


「——話を戻そうか。君は満月の夜にしか【宵闇の坂】には巻き込まれていないだろう」

「そうですね」

「だが狼男が満月を見ると変身するという『設定』は比較的歴史の浅いものだ。映画の中で作られたような。私たちの力はそういうものなんだよ」

「世間一般の印象を再現させたような……ってことですか」

「そういうことだ——と、時間だな。見ろ【宵闇の坂】が解けていくぞ」


宙に浮く満月を中心にボロボロと空がこぼれ落ちていく、瓦礫もパラパラと消えていき、残ったのは元どおりの住宅街だった。


「月の位置が変わってない……」

「日付と日付の境界線を印に発生した空間だったからな。23時55分から24時にかけての長い5分間だったというわけさ」


戦闘の傷跡も消え去った、生徒会長・紅月アカネがそこに立っていた。


「ようこそ、夜の世界へ。歓迎するよ、月野ミツルくん——」

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境界線上の—— 乃井 星穏(のい しおん) @noision

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