幕を閉じよう
仄暗い光が部屋に満ちていた。その中に、リリィがいる。机に転がした何かから心臓をえぐり出している。
「リリィ………?」
思わず声を出してしまった。
音に反応してか部屋の中のリリィは、ハッとこちらを向く。その顔に感情はない。その顔に見つめられて、なんだか泣きそうになってしまう。それを誤魔化すように、おなかの辺りの服をぎゅうっと握りしめた。手はカタカタと震えている。
「入って、×××」
「はい、マスター」
リリィによく似た砂糖少女は部屋の中へと入る。
わたしを置き去りにして、リリィは砂糖少女と口づけを交わす。なんで?わたしだけじゃなかったの。
ぽろり、と涙がこぼれ落ちるのと同時に―――目の前の砂糖少女は物言わぬものに成り果てた。
「サラ。こっちへおいで」
口元を乱暴に拭いながら、リリィが言った。
促されるままに足を引きずっていく。近くまでいくとリリィの変化に気づいた。なんだかわたしよりも大きくなっているのだ。わたしと同じくらいだったのに、数十センチくらいは差ができてしまっている。どうして?
考えている間に、ひょいと持ち上げられて、机に座らせられる。つめたい机の感触と、転がされている少女が近くにあって、なんともいえない気持ちに包まれた。それに、わたしはいろいろとリリィに謝らなければいけない。
でも、言おうとすると言葉がつっかえる。うまく音にできずにいる。
「ずいぶん汚れてしまったのね。かわいそうなサラ。足も怪我してる、治療が先ねえ」
リリィはそう言うと、さらに奥の部屋に引っ込んでしまった。
わたしの横には生きているのかわからない砂糖少女がひとつ、足下にはもう動けないしゃべることもできなくなってしまった砂糖少女が転がっている。何が起こっているのかを考えようとしても、わからない。情報が明らかに欠如しているのだ。
しろい箱を開けて、あじさいを見る。きれいな透き通った砂糖菓子。たぶん口に含んだら溶けてしまう。そんな繊細なあまさをしているんだろう。四つほど入ったひとつのうちなら食べても。
「あら、浮気?」
ぴしり。艶めかしい声に思わず手を止める。
「とはいえ、それも私ではあるけど。食べてもいいよ、私が好きだもんね?」
「……っ」
「染みる?ほら口開けて、はい、あーん」
口の中に幸せが広がる。今まで食べたことがないような味がした。足下の痛みなんて軽く吹っ飛ばしてしまうほどの。あまいあまいあじ。しふくのあじ。
脳髄から蕩けだすような味がしている。
「これ一個だけね。………はい、おしまい」
「えっ」
一粒でこれだけの幸せを感じられたのだ、二粒食べたらもっとよくなるはずだったのに。あっさりと白い小さな箱は回収されてしまった。ポケットへと仕舞われるその箱を見つめ、ため息をついた。
「これねえ、私の記憶媒体なのよ」
唐突にリリィは机に転がされた砂糖少女の頭を乱暴に掴んで、しゃべり出す。意図がつかめない。
「これを取り込んで、記憶を、寿命を延ばすの」
いつも通りに笑いながら、その掴んだ頭から食べ始める。あっという間にリリィの中へと取り込まれていった。本当に一瞬の出来事だった。
あはは、と笑いながらもうひとつの動かなくなった砂糖少女も取り込む。狂っていた。わたしももしかして食べられてしまうの?
「サラ、あなたを食べるわけないじゃない」
心の中を読まれているかと思った。リリィは笑いながら続ける。
「ここはね、私の記憶と寿命を延ばすためだけに作られた研究施設よ。サラのお父様が作られた。ところどころきれいだったでしょ?表向きは廃墟だから。研究中だから記憶に関してはあまり維持はできないんだけど、ね。寿命に関してはかんぺきよ、完璧。通常なら砂糖少女が生きられるのは二年間だけだから。私ももう五年は生きているけど、まだちゃんと甘いでしょう。ツギハギだらけでも。ツギハギしなければ、さっき食べた砂糖菓子みたいに甘いの、すごいでしょう」
ぺらぺらと語りながら、白いシーツを取り出す。それでわたしをくるんで、持ち上げる。繊細な手つきはさきほどの残虐行為をしたものとは思えないくらい。それがいっそ不気味であった。
リリィの瞳は、深い深い海の底のような色をしている。
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