似て非なるもの
「リリィ!」
自分の叫び声で目が覚めた。
ハッとして辺りを見回したが、リリィはいなかった。声が、聞こえた気がしたのに。
ふらつきながらも立ち上がった。オレンジ色に染まっていた廊下はどこにもなく、真っ暗な闇だけがそこに存在していた。
どこかに光源はないかときょろきょろするが、何もない。見えないということは危ないということだ。視覚に頼り切っているから見えなくなると何もできない。
不用意に歩いてガラスを踏んでしまう可能性もあるし、下手をすればそこら辺の段差で躓いてしまう可能性もあった。再びその場に座り込む。
たぶん、夜になったはずなのだけど、月明かりすら漏れてこない。窓がある辺りから光は感じられなかった。何か明かりがほしいと思ったけれど、マッチを持ち歩いているわけじゃないので、手持ちのものでどうにかすることはできない。朝を待つしかないのだ。
「いや……ぜったいまてないわ」
その前に発狂してしまいそうだから。
もう一度立って壁をつたいながら歩く。一歩一歩を踏み出すのが怖いけれど、たぶんこれだけなければガラス片の心配はないだろう。するすると滑る頼りない壁を頼りに歩く。
「リリィ!いないの!わたしのリリィ!」
力の限り叫んでみるが、静かな部屋に情けないくらいに震えたわたしの声が響くだけだ。
カチリ。手に壁とは違う感触が伝わる。これは、と思う前にまぶしい光が一気に目に入った。
「うわっ」
思わず目をつむり、手で目を覆い隠す。それでも目がくらんでしまって、めがいたい。いたい。
「!」
人間ほんとうに驚いた時は声も出ないらしい。現在進行形でわたしが証明している。頭の中ではくるくると言葉が飛び交うのに、実際に声は出せない。体もそれに伴って動かせないでいる。それは目の前に立っているもののせいだ。
それでも声を絞り出さなければならない、何のために歩き回ったのかわからないじゃないか。
「………リリィ」
わたしの声に反応することもなく、わたしを見ることもなくリリィは歩き出した。
この砂糖少女はほんとうにわたしのリリィなのか?もしかしたら違うのかも知れない。でもなぜこんなところに砂糖少女がいる?疑問がパッとあふれ出したが、足早に進んでしまう彼女において行かれたらだめだ!
手がかりならば掴んでおかなければいけない。はやく家に帰りたい。
痛む足を引きずりながら、彼女の後を追いかけた。
階段を上る彼女の後ろ姿が見えたので、必死に駆け上がる。
追いかけてみれば、止まっている。明るい廊下にぽつんと立っていた。息を切らしながら、近くまで行くと再び動き出す。まるでプログラムでもされているかのような。余計な思考を振り払うように彼女を追いかける。
五階の突き当たりの部屋で、彼女は止まった。
ぼうっと突っ立っている。ドアの前に立って、部屋に入るそぶりも見せていないが、ただそこにいるので開けないのだろうか。
「リリィ?開けないの?」
近づいて彼女に問うてみる。言葉は何も返ってこない、彼女はリリィではないのかもしれない。こんな薄暗い仄暗い瞳はしていなかったはずだ。たまたまリリィに似たように作られていただけかも。それでも、砂糖少女はこんなに無愛想なのがいるんだろうか?わたしが知っている砂糖少女は―――。
こつん、と手に鍵束があたる。そうだ。鍵、鍵だ。
先程までの思考を放り投げて、つま先立ちになりドアノブに手を伸ばす。ゆっくりと回してみるが開かない。今度は鍵束のひとつ、5F206と書いてある鍵を差し込んだ。かちり、かちゃん。軽い音を立てて、鍵が回る。もう一度、ドアノブを回し押すと、今度はすんなりと開いた。
き、きき、と控えめな音を出して、扉が開く。
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