きっとしらない。


「ねえ、リリィ。あなた怖くはないの?」

「なにが怖いの?」

「それ、崩れるの」


 急な雨に降られて、崩れてしまった彼女の部分を指さして言う。彼女、リリィはちょっと困った顔で笑いながら、「こわくないよ」と言った。

 たぶん怖いのだろう。わたしに言いたくないだけで。リリィの崩れた箇所を掬い取る、その行為だけで、リリィは身をこわばらせる。恐怖という感情があふれ出しそうになっているのを見て、なんとも言えない感情を得た。これがなんなのかはわからないし、知らない、知らなくてもいいものだろう。

 掬い取ったその一部をなめてみる。いつものざらざらとした感触が舌に伝わり、同時に控えめな甘さも伝わってきた。ざり、ざり、となめて、リリィの一部を取り込んだ。これで彼女がリセットされても大丈夫。今のリリィはちゃんと覚えたのだから。


「なんで食べるの………?」

「あなたをずっと覚えておくためよ」


 にこりと笑ったはずだったが、うまく笑えていただろうか。リリィは眉を寄せて、わたしから顔を逸らした。早く補修した方がいいかもしれない。

 濡れていないビニールを取り出して、リリィにふわりとかぶせる。これ以上壊れてこぼれ落ちないように。

 いつものように抱きかかえれば、リリィはバランスをとりやすいようにわたしにしがみつく。わたしよりもずいぶんとちいさいからだは軽い。家につくまで、リリィはわたしと目を合わせようとはしなかった。




×××




 地下の研究所へとリリィを運ぶ。

 そこには、大量の砂糖と水が置かれている。それらを使い、リリィの補修をするのだ。最初のうちこそ、父にやってもらっていたが、補修の頻度が高いので途中からはわたしひとりでやっている。

 父は真面目にわたしが管理をしていると思っているだろう。きっとこの邪なことが父に露見すればわたしは終わりだ。リリィを取り上げられて、くらいくらいところに閉じ込められてしまうだろう。それでも、わたしはこの行為をやめることはできないのだ。

 だって、すきだから。



 しっかりと鍵がかかっているのを確認して、扉横にあるタンスをずらす。向こうから開けようとすればこのタンスが引っかかって、この部屋に入ることはできない。よし。

 さ、補修をしよう。


「リリィ、目を開けて。」


 言われたとおりにリリィは目を開ける。きらきらと光る青いあめ玉と目が合う。ああ、なんてきれいなんだ。口の中に入れたら蕩けるように甘いのだろう。おいしそうで、きれいなあめ玉。ひとつだけなら。いいんじゃない?


「………いっ」


 ちいさな悲鳴が響く。あめ玉を取り出した周りはぐずぐずと崩れだしている。そこから透明な水が流れ出して、さらに自身を崩していく。

 きれいなあめ玉を自分の口の中へと放り込む。やっぱり思った通りに蕩けるように甘い。時間をかけてなめていたいくらい。


「どうして………」


 おおきな涙がぼろりとこぼれた。苦痛からかわたしの行動が理解できないせいか、それとも両方なのか。リリィは苦しそうにわたしに問う。どうしてこんなことをするのかと。わたしはそれに答えることはできない。それについて考えようと思ったことがないからだ。強いて言うならば、ただただこの行動がしたい、それだけ。そこにリリィの感情なんてないし、考えていない。どうせ忘れてしまうのだ。考えるだけ無駄なこと。


「さあ、補修リセットしましょうね」


 泣きわめくリリィを押さえつけて、新しいあめ玉をねじ込んだ。




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