不許可02
女が一人、座っている。そこはショッピングモールの休憩所。広い吹き抜けの空間に、テーブルが十台前後ならび、それぞれに椅子が備え付けてある。
女はそのテーブルの一つに荷物を置き、椅子を引いて腰掛けた。そうしてハンドバッグから文庫本を取り出すと、買ってきたホットコーヒーを口に少しだけ含み、テーブルに起きつつ、文庫本を広げた。
叙情的な文章が連なる文庫本を読みつつ、しかし女は背後に気配を感じた。
女の後ろにあたる位置にもテーブルがあった。四方に椅子を備えたテーブルには、主婦らしい三十代か、四十代の女が四人、腰掛けて談笑していた。
「おとなりの木村さんもアレねー、駄目ねー」
「そうねー、たいへんらしいわねー」
女は文庫本に目を落としながら、しかしその会話が必然的に耳に入ってくる状況に、どこか困惑していた。距離は離れていないものの、喧噪のあるショッピングモールである。ここまで鮮明に会話が聞こえるというのは、どういうことだろうか。
「小林さんかしらねー、次は」
「そうねー、小林さんも限界よねー」
目の前の叙情的な文章は、もはやほとんど頭には入ってこなくなっていた。しかし目だけは文庫本に向けていないと、むしろ振り返ってしまったら、向こうにも会話を聞いていることが分かってしまうように思えた。
「でも太田さんは大変だったわねー」
「そうねー、太田さん、騒いで」
女はこの近所に住んでいる。太田という苗字には、どこか覚えがあった。しかし、思い出せないもどかしさを同時に感じていた。
「これで六人よねー、小林さんで七人?」
「そうねー、ここまでようやく来たわよねー」
六人、七人と聞くにつれ、女は手に持つ文庫本が震えはじめることに気付いた。
「私たちも大胆になってきたわよねー」
「そうねー、太田さんなんて昼間の公園だったわよねー」
昼間の公園、で女はようやく思い出す。しかし、その思い出した事案と現状どう行動するべきかが、結びつかない。
「三上さん、聞いてるわよねー」
「そうねー、先に三上さんかしらねー」
女は額から鼻に、そして落ちる雫を感じた。三上は、私だ。
「じゃあ、やりましょうか」
「そうねー、やりましょう」
背後で席が動く音がする。立ち上がる雰囲気、荷物をまとめる音。そして、こちらへ向かってくる、四人分、いや、七人、八人、九人……。
女は金縛りにあったように動けなかった。動きたかった。しかし、最後の最後まで、自分のことではない、関係ない、ただの会話との偶然だと、信じたく思っていたし、それは、ついに叶わなかった。
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