不許可作品集01
賤駄木さんbot
不許可01
その日、俺は確かに疲れていたのだけれど、とても……不気味な体験をしたんだ。
俺はいつものように終電間際の電車に乗り込んだ。川崎の職場から東京の自宅に帰るには上り電車に乗るし、その時間の上りなんて空いているに決まっていて、その日も当然のことながら座れた。俺は車両の一番端の、優先席に座ったんだ。そのことについて俺を非難するなよ? 俺だって疲れてた。だからもたれかかりたかったし、仮に隣に人が座ったとしても、もう片方は壁だ。俺はとにかく楽したかったのさ。
その時乗客は、一車両にだいたい十人か、せいぜい十五人くらいが座ってたよ。くたびれたサラリーマンとか女とか、あとヤンキーっぽい家族がベビーカーを置いて、その中にもガキが座ってた。ガキは寝ていたし、乗客の三分の一くらいはやっぱり寝ていて、あとはケータイだったり本だったり読んでる感じだったのを覚えてる。
俺も例外ではなく、ケータイ取り出してぽちぽちやってたんだわ。だから非難の目を向けるなって、優先席っつったって俺と、あと一人くらいしか座ってなかったんだ。ペースメーカーのことなんて気にしてられねぇよ、疲れてたんだ。
で、電車は大崎駅について、乗客が何人か乗ってきた。その時だよ、一人の、五十代くらいかな、のリーマンが、俺と隣に座って来やがったんだ。分かるだろ? 三人掛けの優先席の端っこに座ってる俺がいるのに、その隣にわざわざ座って来やがったんだ。俺は不愉快にこそ思ったけれど、まぁ舌打ちの一つでもしたかな。とりあえず放っておいた。
で、イヤホンとな繋げて音楽でも聴きながら、池袋を目指していたんだけれど、大崎から恵比寿までの間で、なんだか、視線を感じたんだ。真横から。
そっちに向くとさ、隣のリーマンが、身体はそのまま前に向けて、首だけこっちに向いた状態で、目ぇ見開いて、なんか凝視してんだよね。俺を。
文句の一つでも言ってやろうかと思ってさ、だって不気味だろ? 口開こうとしたんだけれど、どうやら様子が変なんだ。
みんな、俺のこと見てるんだよ。
乗ってる水商売風の女も、くたびれたサラリーマンも、ヤンキー家族もみんな、顔に貼り付けたみたいな、目をひんむいた表情で、俺を見るんだよ。
思わずイヤホン外すだろ? でも流れるのは「まもなく恵比寿」のアナウンスと、電車の走行音だけでさ、みんなだまーって俺の方を見るわけ。オカシイじゃん。
で、恵比寿に着こうって時に、みんな同じタイミングで、ちょっとずつ口が開いてさ、なんか、叫び出しそうなほど、口を開いてさ……。
俺、怖くなって飛び出すように途中下車したんだよね。ベビーカーのガキまで同じ表情なんだぜ? で、席を立って気付いたんだよ。
みんな、視線が動かないんだよな。
俺を見てたんじゃないんだよ。俺の座っていた「場所」を見てたんだよ。
俺が席を立って、ドアの方に向かって、開いたドアから転げ落ちるように下車しても、みんな、視線が一ミリたりとも動かなくてさ。
その頃には乗客のみんな、顔の三分の一くらいは開いた口みたいになっててさ。
あれから何年か経ったけど、俺、それ以来、優先席には座れなくなったんだ。
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