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「これで全部繋がったんだわ」
刑事課のデスクの周囲を行ったり来たりしながら、ネイビーブルーのスーツを着た一条警部は興奮気味に言った。
「昨日、一条警部に怪我を負わせて逃げた男は、西端千鶴の母方の従兄の
デスクの一つに着いた島崎が課長に言った。
「やっぱり、二人は知り合いやったんやな。久しぶりに会って、工藤は思わず盗品を彼女にプレゼントしたんやろ」
「田中耀子も、この丸山
「そいつの家族は?」
「店を買い取った人物に訊いて、東成区の市営住宅に行ったんですが、留守でした。隣人の話だと、女房は勤めに出ているそうですが、今日は休みらしくて、俺たちが訪ねる少し前に外出したということです。娘もいませんでした。また後で行ってみるつもりです」
「となると、残りは山蔭留美子の線や」
「そっちも今、係長が当たってます。母親に会うてもう一度話を聞きだして来るって」と島崎。
「そこで宝石強盗との繋がりが見つかったとしたら──」
一条は言って鍋島を見た。
「つまり、犯人は強盗と何らかの関わりのある人物を順に殺してるってわけや。しかも、ただの顔見知りやなくて、ある程度濃密な関係の人物を」
「それに『逆恨みだ』って叫んだのが西端千鶴で間違いないとすると──」
「犯人は強盗にかなりの恨みを持ってるんや。その腹いせに連中の関係者を一人一人消していってる」
「まさか、被害に遭った横浜の宝石店の関係者じゃ」
「それはないと思うわ。事件が起こったとき、従業員の中に内通者がいないかどうか、徹底的に調べたもの。だけど誰一人関西方面に明るい人物はいなかった。よそ者にはこんな連続殺人を犯すのは無理でしょ?」
「それに、恨んでる相手を直接殺さずにその関係者を狙うあたり、復讐の色がかなり濃い」島崎が言った。「だからこそあんな殺し方になる」
五人はそれぞれに俯き、黙り込んだ。ここまで分かってきているのだから、あとはその人物さえ特定できればすぐにでも解決する。しかし、肝心の強盗さえ捕まえられていないのだから、誰が連中を恨んでいたのかまではすぐに分かるはずもなかった。
「──や、遅くなってすいません」
間仕切り戸を開け、高野警部補がハンカチで汗を拭いながら入ってきた。
「どうやった? 何か聞きだせたか?」と課長が言った。
「ええ、どうしても言いとうなかったらしいですけど、こっちの事情を説明したら、ようやくぽつりぽつりと」
そう言いながら高野は刑事たちの集まる場所へやって来た。
「留美子の父親が早くに亡くなったって言うの、あれ嘘です。きっと、大学の友達には言いとうなかったんでしょうね。自分が未婚の母の子供やってことを」
「山蔭幹江は結婚してなかったってことですね?」
「ああ。留美子本人も知ってたらしい」
「彼女が殺される前に会うって言ってた人物は、きっとその父親だったんですね」
「母親は知らんかったらしいが、彼女、いつの間にか父親の消息を突き止めてたんや」
「もしかして、その父親って言うのが──」鍋島は高野を見た。
「
「また一つ」と一条が言った。
「残りは一人。仲間にひき殺された飯田健や」
「でも飯田は施設育ちで身寄りがなく、勤めていた頃の同僚もほとんど彼とはつき合いがないんです。強盗事件が発生したときに彼らから何らかの手がかりを掴もうと懸命に調べましたけど、横浜の交友関係も何も出てこなくて、ほとんどお手上げでした」
「けど、一人くらい出てきても良さそうなもんだよな」
「そんな感じじゃ、殺しの犯人も困ってるやろ」
島崎が苦笑しながら言った。 「殺そうにも、その対象となる人間がいてへんのやから」
「だいいち、恨むって言ったって、彼だって死んでしまってるわけでしょ。いわば被害者の一人と言えなくもないのよね──」
「それや!」
「何や、鍋島」課長が驚いて振り返った。
「犯人は連中に見捨てられて死んだ飯田の関係者ですよ。それで復讐のために残りの連中と関係のある人物を一人一人殺したんや。しかも、女性を殺すことによって俺らに通り魔殺人と思わせようとした。当人同士は無関係なわけやから、どうしてもこっちはそう考えるでしょ。おまけにあの殺し方や。残忍な殺害方法を見ると、警察はすぐに犯人が変質者か異常者やと考えるけど、そんな人種が世間で当たり前の存在になる前は、さっき主任が言うたみたいに、酷い殺しはほとんど復讐によるものやったはずです。それをすぐに変質者か異常者の仕業やと思い込むなんて、俺らはあまりにも不条理な殺人に馴らされてしもたんや」
「……そうだな」芹沢が深く頷いた。
「でも、どうやってその人物を割り出す? 一条警部の言うとおり、飯田と関わりのある人間を捜し出すのは難しいぞ」
高野が言った。
「強盗にまた尻尾を出してもらうしかないかしら」と一条は自嘲気味に言った。
「それだよ、俺が気懸かりなのは」
芹沢が言って課長に振り返った。「丸山の妻子ですけど、恋人だった田中耀子が殺されたからって、これで終わりだって言えるんですかね? 山蔭留美子も西端千鶴も、強盗とは一応の血縁関係にあるわけでしょ。それが最後に不倫相手では、殺しの犯人にとっちゃ何となく弱いって思うんじゃないですか」
「しかし、丸山とは男女の仲やぞ。繋がりは十分強いんやないか」
「……そんなもんですかね」と芹沢は鼻白んだ。
「おまえには分からんやろ」鍋島が小声で言った。
「しかし、芹沢の言うことも無視できんな。となると、まず本人らに知らせるのが先決や」
課長は芹沢を見た。「女房がどこへ出掛けたのか、隣人は知らんのか?」
「ええ、そこまでは」
「植田課長、課長はその二人に護衛が必要だとお考えですか?」
ここで一条が口を挟んだ。
「ああ。その方がええやろな」
「じゃあ、それはわたしにやらせてください」
「きみが?」課長は顔を上げた。「しかし、きみ……」
「大丈夫です。今度はヘマはやりません。それに、母親と娘の護衛なら、女のわたしの方がいいんじゃないでしょうか」
「その代わり、おたくの護衛も要るぜ」
芹沢が言って小さく笑った。「何でそういうのを横浜から連れてこなかったんだよ」
一条は芹沢を無視し、課長を見つめた。「駄目でしょうか」
課長は困り果てて首を傾げた。そして上目遣いで高野を見ると、ゆっくりと顔を上げた。
「係長、どう思う?」
「そうですな──」
高野は頷きながら鍋島と芹沢に振り返った。「この二人と一緒ならいいんじゃないですか」
「「ンなんでっっっ!!」」
二人は同時に叫んで高野を見た。
「嫌ですよそんなの。俺らもうじゅうぶん迷惑かけられましたから」芹沢が言った。
「おまえの好き嫌いなんて聞いとらん」
高野の台詞に、一条は吹き出した。芹沢は一条をキッと睨んだ。
「せやな、うちの課きっての大立ち回り好きの二人や。一条くんも心強いやろ」
課長が頷いた。「鍋島、ええな?」
「……芹沢がええって言うんなら」鍋島は投げやりに答えた。
「どや、芹沢?」
「鍋島……おまえのそういうとこ、俺は本当に忌々しくってしょうがねえよ」
頭を抱え込むようにして俯いていた芹沢が呟いた。しかしやがて諦めたようにのらりくらりと顔を上げると、今度は一条に言った。
「名誉挽回のチャンスもねえまま、横浜へ帰りたくねえんだろ」
「ええ、そうよ」
「だったら仕方ねえよ」と芹沢は目を逸らした。「お供させていただきますよ」
一条は嬉しそうに微笑んだ。「これだからあなたたちって憎めないのよね」
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