6:自業自得…かな

「おはよ」


 勢い良く起き上がったからか、目眩でくらくらしながら、周りを見回して、ここが自分の部屋だってことを把握する。

 驚いた顔でベッドに腰掛けてるユリノを見て、まずなんでこんなところにユリノがいるんだろ?って思って首をかしげる。

 どうしてこうなったのか思い出そうと、海の家で亀入さんと揉めたところまでしか覚えてなくて考えていると、何も言わない私が心配になったのか、ユリノが服の袖を引っ張りながら顔を覗き込んできた。


「どっか痛いところとかない?」


「うーん…腕と肩?」


 日焼けしたのとは違うヒリヒリ痛む腕を見てみると、くっきりと亀入さんのであろう爪の跡が残ってる。

 私なりになんとかしようと頑張ったんだけど、余計なお世話になっちゃったなーなんて思って顔をしかめたら、傷が痛いと思われたのか「消毒する?痛い?」って泣きそうな顔して聞いてきた。


「傷は痛くないけど…酷いこと言っちゃったみたいだし自業自得…かな」


「笑い事でも自業自得でもないでしょ!

 怪我までさせられたんだよ?」


 なんとなく笑い混じりにそういったら、両手で私の手を包むように握ってくれながらちょっと怒ったみたいな口調で返されて、なんだかユリノに申し訳ない気持ちと、亀入さんを追い詰めることになってしまった罪悪感で板挟みになる。

 

「最初に中途半端に人の輪に放り込んじゃった私にも責任があるから、亀入さんのことだけ責めちゃうのは酷い気がして…。

スマホだって壊させちゃったし、死にたいって思わせちゃったし…」


「あのね、その人がその人の責任と決断でしたことに親でもない他人は責任なんて感じなくていいんだよ」


 ユリノは小さい子に言い聞かせるように静かにそう言ってくれる。

 頭ではわかるような気がするけど、それでもなにかもっとよく出来た気がして私はつい言葉をつまらせた。


「もー!じゃあ、外いこ!外!気持ち悪いとかはないみたいだし平気でしょ!気分転換!」


 唐突に立ち上がったユリノは、大きな声を出して上に手を突き上げると、こっち見ていつもみたいに笑いながら手を差し出してくれる。


 有無を言わさずって感じで手を掴まれた私は、そのまま手をつないで家を出て海に向かった。

 事情を知ってるのかわからないけど、叔父さんはちょっと心配そうな顔をしてて、でも「いってらっしゃい、ふたりとも気をつけるんだよ」と送り出してくれて、まるで我が家のように私よりも元気に「いってきまーす」なんていうユリノがおかしくて笑ってしまうと、こっちを振り向いたユリノは「あ、やっと笑った」なんて嬉しそうに言うからちょっと恥ずかしくなる。


 少し寂しい雰囲気がする夏の夜の街を通り過ぎて、いくつかのグループが楽しそうに花火をしてるいつもとは違う風景の海にたどり着くと、私達は浜辺には下りないで駐車場の近くの縁石に座った。

 夜のちょっと冷たくて心地よい潮風が吹き抜けてく中、ユリノは足をパタつかせて気持ちよさそうに空を見上げる。私もつられて見上げると、キレイな星空が一面に広がってる。


「ゆたかは気にしてるけどさ、世界は広いから…手を差し伸べた人の手をちぎれるまでひっぱる人もいるんだよ」


 ユリノに視線を戻すと、彼女は空を仰いだまま真面目な顔で話を続ける。


「けど、そんな人の言葉を気にして一緒に引きずられてあげなくていいよ。

 それよりも、さ?」


 急にこっちに視線を戻したユリノと目があった。

 夜の海、夏休み、星空の下…そんなシチュエーションもあってか女の子のはずのユリノにすら、ちょっとドキドキしそうになる。


「楽しいこといっぱいボクたちとしようよ」


 …ボク…たち?


「ね、みんなー!」


 思い切り首をかしげてしまった私を見たユリノはいたずらっぽく笑うと、両手を口元に持っていってメガホンみたいにしながら後ろの方に大きな声で呼びかけた。

 

「ゆたかちゃーん!元気になってよかった」

「叔父さんから花火もらったから一緒にしよ」

「もー!心配したんだから」


 急に車のドアが開いて中から知っている顔がぞろぞろ出てきたのを見て、暗かったからわからなかったけど、この車がシュウさんの車だってことにやっと気が付く。

 駆け寄ってきたかずみさんに抱きしめられても、まだ驚きで固まってる私を笑ったユリノが、窪田さんが持ってた花火を一袋奪って浜辺へと走っていく。


「大変なことになってたのにすぐ動けなくてごめんね…」


 かずみさんの熱烈なハグから開放された私に、ジュースを手渡して申し訳なさそうに言ったシュウさんの言葉に私は首を横に振って微笑む。


「あの子を巻き込んだの私だし…あ、それで亀入さんどうなったんですか?」


 シュウさんは目を泳がせてから、すぐ隣りにいる窪田さんを見た。窪田さんは眉間にシワを寄せてちょっと難しい顔をして私の方を見る。


「うーん…どういえばいいかな。

 ユリノちゃんは気にしなくていいんだけど…そうだなー」


 言葉を選びながら窪田さんが話してくれたことを要約すると、亀入さんはあの後怒ったユリノに掴みかかってもみ合いになり、慌ててみんなに取り押さえられて、おまわりさんが来て連れて連れて行かれたらしい。

 ユリノも事情は聞かれたらしいけど被害者ということですぐに開放されたって聞いてほっとした。


「なんでも他人のせいにしたり、謝りながら相手を責める人ってのはどこにでもいるし、大人でもそういうの見抜けないからね。

 大体、そういうのした側はケロッとしてるからこっちが引きずるのも馬鹿らしいんだよな…。まぁゆたかちゃんが責任を感じたり、気にすることじゃないよ」


 私の頭を撫でてくれた窪田さんに対して、何を返そう…励ましてくれてるのはわかるけど、でも迷惑かけたことには変わらないし…と考えていると、花火を片手に走ってくるユリノに手を引っ張られる。


「ゆたかー!はやくはやく」


 みんなに軽くお辞儀だけした私は、そのままユリノに引きずられるように浜辺まで駆けていった。

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