4:ありがとう、叔父さん

――ピロンピロン


 通知音が鳴って少し憂鬱になりながら目を覚ます。

 夜中にも何度か鳴っていたのを寝ぼけながら見た気がする…。

 目をこすりながら枕元にあるスマホのロックを外して目に入る並んだ通知の数に大きな溜息を吐いた。


「亀入さん…かぁ」


 この前、なんとなく連絡先を交換した彼女は、黙って帰っちゃったからあれきりだと思ってたんだけどなんだかよくわからないまま海の家に来るようになっていた。

 っていっても、亀入さんは積極的にユリノと話すわけでもなくて、基本的に私のバイト中は輪の隅の方にいて黙ってスマホを触ってるだけって感じなんだよってカレンさんがそっと教えてくれた。


 ズラリと並んでる亀入さんからの通知を開くと、どうでもいい話しかない。

 画面を長々とスクロールして私は本日二度目の溜息を吐いた。

 寝ていたり忙しかったりで私から返信がなかった時の彼女のメッセージはいつもこうだ。


『ごめんね…。私うざいよね。嫌いになった?死んだ方がいいのかも』


 朝一にアレなメッセージを見ることになって憂鬱になりながらも、別に嫌いだとか死んで欲しいなんて思ってないので『そんなことないよ。ごめんね』と無の表情を浮かべながら返信して朝の支度を始める。

 今日も亀入さん来るのかなーってなんとなく気分が重くなりながら、そんなモヤモヤを切り替えたくて、ユリノから来ていたメッセージに目を通す。

 可愛いユリノの自撮りアイコンをタップして開いた画面には相変わらず絵文字がいっぱいでキラキラの可愛い文面が並んでいる。

 適当なキモ可愛いイラストのスタンプを送ると、すぐにユリノからも似たようなスタンプがポコンという音と共に送られてくる。


『きょーはバイト?🌞🏝

 シュウとかずみさん👫とあそびにいくねー✨』


 朝少しすり減った心がなんとなく元気になる気がして、なんとか明るい気持ちで今日も海の家に向かった。

 それでもよっぽど元気がないように見えるのか「最近疲れてるんじゃないか?急なこととはいえ暑いのに毎日頑張ってくれてるし…休みたいなら休んでいいんだぞ?」って言われたけど、もう少しで叔母さんのぎっくり腰も治ることだしって少し無理をして笑って答える。

 普段お世話になってる叔父さんの手助けをしたいってのもあるけど、ユリノたちと過ごすのも楽しいから…。


「ゆたかー!おはよー!差し入れだよー」


「ありがとーってどうしたの?」


「なんか最近元気ないからさ」


 ユリノに差し出された栄養ドリンクを受け取る。うーん。そんなに顔に出ちゃってるのか…疲れてるのは体ってよりも亀入さんが原因なんだよなー。でも、ユリノに話すのも告げ口みたいでよくないよね。

 向こうは仲良くなりたくて連絡してくれるんだし…と、いろいろ考えてユリノの前で難しい顔をしていると、「おはよーっす」と聞きなれた大きな声が耳に入る。

 なにやら小さな箱をいくつか抱えてきたシュウさんは、まだ人がいない朝の海の家のカウンターに箱を下ろすと、身を乗り出して叔父さんに声をかけた。


「店長さんたちにもこれ!みんなからの差し入れっす!この夏はめっちゃお世話になったしおまけもたくさんしてもらったんで」


「驚いたよ…ありがとう。みんなでありがたくいただくね」


 箱の中にたくさん入ってる栄養ドリンクを見た叔父さんは目じりを下げて、船に乗ってる変な帽子をかぶって釣り竿を持ってるおじさんの神様みたいに笑うと頭を深く下げた。

 

「豊がお世話になってるだけじゃなくて店を口コミで広めてもらったり、差し入れまで…本当にありがとう」


「何言ってるんすか。ゆたかちゃんが遊んでくれるお陰で俺達も楽しいし、ここの料理が美味しいからみんなに教えてるだけっすよ」


 「じゃ、またあとで」と言い残してユリノたちは砂浜の方へ戻っていくのを見送って、栄養ドリンクの箱をバックヤードの冷蔵庫に運ぶのを手伝っていると、私の頭に叔父さんの手が優しく触れた。


「本当に良い友達を持ったね。

 最初はどうなることかと思ったけど、豊を応援してよかったよ」


 しみじみとそう言われてなんだか泣きそうになる。

 今までも親と私の衝突の間にずっと入ってくれて、どちらかというと私の味方をしてくれていたのが叔父さんだった。

 家を出るときも「豊の人生なんだから、豊のしたいことを考えてやってくれ。失敗してからやり直すことだってできる」という説得のお蔭で、親も学校に行くなら…と家に住まわせてくれたのだ。


「ありがとう、叔父さん」


 しんみりしてしまうのが嫌で私はすぐキッチンの方に戻って料理の仕込みの続きに取り掛かる。

 それからしばらくして、叔父さんが目を赤くしながらバックヤードから戻ってきたのは見ない振りをした。

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