5章
「クーラーガンガンやで。」
太陽はしゃくれて白目をむいて肩を揺らして言った。
「悪かったゆーとるやろ…。」
"クーラー故障中"
図書室の前にはでかでかと貼り紙があった。
「ふざけんな。ほんまによぉ。クーラーのない図書室とか存在意義ないやろ。アホか。」
ブツブツと文句を垂れながら新品同様のワークをパタパタと扇ぐ太陽の言い分はあながち間違ってはいないようで図書室には2人以外の姿はなかった。
「それよりお前どうせ1ページもやってないんやろ。早よやるで。」
「ええわ、もう。こんなくそ暑いとこでできるわけないやろ。やる気なくしたわ。」
ブラウスのボタンを無防備に外していく太陽から慌てて目を逸らした。
「あ、あのな、お前…」
ガラガラっと図書室が開く音がして黒髪ショートの女子が入ってきた。
「あ、みのり!」
「太陽!え、あんたが勉強?明日台風かな。」
「ちゃうよ〜。するわけないやん。こいつこいつ。」
太陽は俺を指差してゲラゲラ笑った。
黒髪ショートはキリッとした綺麗な目を俺に向けた。
「あ、同じクラスの双葉くん、だよね。え、もしかして太陽の…彼氏?」
「はぁ〜?やめてやみのり。幼なじみ幼なじみ。腐れ縁やから。」
同じクラス…?みのり…?
「…こんな奴おった?」
「え…。」
太陽は慌てて俺の頭を叩いた。
「アホ!お前は友達おらんくてあたしとしか喋ってないからやろ!」
「いいよいいよ。私中2の終わりに越して来たばっかだし、クラスでも浮いちゃってるから。」
「あ…いや悪かった。…東京弁か、それ。」
「…え、東京弁?いや…普通の標準語だけど…」
「みのりは千葉から来たんやって。ゆーたら千葉弁ってやつちゃう?」
「え、いや…お父さんの仕事の関係で関東を転々としてたから…どうだろう。」
困ったように笑うと私も勉強しに来たの、と太陽の隣に座った。手際よく開いたワークには滝沢 みのり、と書いてあった。勉強はできる子なんだろうな、と、なんとなく感じた。
太陽が暑いと騒ぐと滝沢が窓を開けたり俺が叩いて黙らしたり、太陽がお腹が減ったと騒げば俺がコンビニへ行ったり滝沢が叩いて黙らしたり、太陽が意味が分からんと騒ぐと滝沢が丁寧に教えたり俺が叩いて黙らしたり。
そんな日々が続いた。
そして8月31日、夏休み最終日──
まだクーラーは直っておらず蒸し蒸しする図書室でいつもの3人は終わらない真っ白な太陽のワークと睨み合っていた。
「だからさぁみんなそんなに重くなんないでええよ。」
「うるさい。誰のせいだと思ってんの。」
滝沢は汗で顔にへばりついた黒髪を引っ張りながら太陽を睨んだ。
「ほんまな。お前ええ加減にせぇよ。今日何日だと思ってんねん。」
「普通さぁ、ちょっとはやるじゃん。罪悪感とかあるじゃん。そういうのないんだよね〜。すごいよ、ほんと。」
「え〜!そんな褒めんといてや〜!」
「「褒めてない!」」
俺と滝沢が一緒に言うと3人は一瞬見つめ合って、それから一斉に吹き出した。
「ったく、もう。こうなったら終わらせるまで頑張るか!」
滝沢が笑いながら言い、俺もせやな、と返すと太陽はニヤリと笑った。
「だからさぁ、みんなそんなに重くなんなくていいってば。あたし、ちゃーんと考えてあるから。」
どーせ、ろくな事じゃないんでしょ、という滝沢の意見に賛同し黙々とワークを進めていく。滝沢が今日は夕方から塾だと言うので何としてでもそれまでに終わらせなくてはいけなかった。
その間、太陽はずっとキラキラした瞳を窓に向けて嬉しそうに何かを見つめていた。
その顔を綺麗だなぁ、と思って見つめていた俺には太陽がその時死ぬことを決心していたなんて知る由もなかった。
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