4章

一緒に海に行った時のことを昨日のことのように思い出す。

白い雲、青い空、打ちつける波、眩しい2つの太陽。

俺にとっては大切な1ページだった。


「ビキニ買ってん。悩殺ビキニ。」

電車の中からすでに太陽は海モードだった。

「は?汚いもん見せんなや。」

うしし、と下品に笑う太陽に違和感を覚えた。

「なんやお前、海の男にモテたいん?そんなキャラちゃうやろ。」

「モテたいっていうか声くらいかけてもろたら自分が必要とされてる感じするやん。」

太陽はこっちを見ずに窓の向こうを見つめていた。その景色の向こうに何があるのか、太陽が何を見ているのか、分からなかった。

「…せやな。」


太陽はわりと細い方だった。胸元のビキニが寂しそうに風に揺られていたのを見て腹がよじれるほど笑った。太陽は海の男は見る目がないと不貞腐れながら浜辺に木の棒でたいよう、と書いていた。

「焼きそば買うてきたったで。そろそろ機嫌直せや。」

「別に機嫌悪ないわ。」

ムスッとちぢれた麺をすする太陽を見てくっくっと声を押し殺して笑った。

もう日は暮れてオレンジ色が海を照らしていた。

「…綺麗やな。来てよかったわ。」

「せやろ。」

オレンジ色の太陽は朗らかに笑った。

「このビキニ8千円もしてん。」

「ぼったくりやろ。アホやん。」

俺が笑って言うと、太陽は焼きそばを置いて波打ち際へ行った。

どうやらこの返答は間違っていたようだ。女子はめんどくさい、とよく言うが太陽はその数倍はめんどくさい。

「おい。」

追いかけて海の水をひとすくいする。

なんやねん、と振り向いた顔に両手を伸ばした。

「うわっ。」

太陽の顔からキラキラと夏が零れる。

「…ふふっ。」

太陽は濡れた顔をくしゃくしゃにして笑った。

「なぁ、太陽」

「ん?」

「俺、お前と同じ高校行きたいわ。」

ずっと考えていたその言葉は思っていたより簡単に口から出た。

太陽は表情を変えず黙って空を仰いだ。

「…あっそ。」

その瞳には未来のことは何も映っていないように見えた。

こいつはどこへ行くんだろう。

こいつには何が見えているんだろう。

俺の知らないどこかへ行くつもりなんだろうか。

そう思うとこれから先がひどくもろく怖いものに思えた。

中学生とはなんて無計画なんだろう。

当たり前のように親から金をもらい当たり前のように毎日を生きていた。

明日どんな風に生きていくかなんて考えたこともなかっただろう。

だけど、こいつは、こいつの瞳にはその全てを考えているように見えた。

高校生になる、なんて未来こいつの中には存在していないのかもしれない、と思った。

静かになった海で波の音だけが聴こえていた。

太陽は目を閉じて夏の名曲を口ずさみはじめた。

小学生の時ラジオで一緒に聴いた曲だった。こいつの中に俺は少しでも居るのだろうか。「…明日学校行かへん?」

曲が止まり、次の言葉待つように沈黙が作られた。

「…図書室で勉強でもせーへん。クーラーガンガンやで。」

ゆらゆらと波打ち際を歩く背中を祈るように見ると直感的にもう一押しだと思った。


「俺は悪ないと思うで。そのビキニ。」



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