3章

──What did she think of at that time?


「そんなん習った覚えないわアホか。」

思わず声に出すと、隣で寝ていた太陽がピョコっと顔を上げた。

「あたし、そもそもテスト受けた覚えがないんやけど。」

俺はアホ毛がピョコピョコたっているフワフワした頭をバシっと叩いた。

「それはお前が遅刻ギリギリに来て爆睡しとったからや。」

中3になって初めての中間テスト。そこそこ勉強したつもりだったものの数字というものは時に残酷に結果を叩きつけてくる。

「56点、か…。」

平均点ギリギリの結果に思わず苦笑してしまう。勉強はあまり得意な方ではない。特に英語はわけがわからん。日本語で言え、といつも思う。チラリと隣を見ると25点の答案をノーベル賞受賞のように掲げているアホ面が見えた。

「お前それ赤点っていうねんで。」

「赤点って平均点の半分やろ?これは平均点の半分も満たしてないから赤点ですらないねん。多分天才なんやと思う。」

「そうか。もう好きに生きていけや。」

アホらしくなって校庭へ目をやると桜の木が散っていくのが見えた。

「…なぁ、生きるってなんなんやろな。」

突然、耳元で優しい音がした。

太陽の物憂げな表情がすぐ近くにあった。



─なんだ、夢か。すぐそう思ったが、いや夢じゃない。いや、夢ではあるんだが、これは、たしか中3のはじめに…、いや待て、それよりここは…どこだ。

「あ、起きたみたいだね。」

湯気のでたコーヒーとキリッとした綺麗な目の…

「滝沢?」

おはよう、と柔らかく笑ってコーヒーを机に置いた滝沢のシャツからピンクの下着が覗いた。──必死に昨夜の記憶を辿るも滝沢と玄関先に居たことまでしか出てこない上そこで何があったのかもあやふやだった。

「…滝沢、あの、俺もしかして…。」

「びっくりしたよ。双葉でもあんな声出すんだね」

声?…え?ほんまに?……まだ、付き合ってもないのに?あれがそれでアレな感じ??

「た、滝沢、俺…」

「いいよ。気にしないで。なかったことにしよ、ね?」

「…ご、ごめん。俺、何も覚えてないねん。」

「…え?…あ、そうなの?」

「あ、いや、でも…責任はちゃんととる。」

「…は?責任?」

「…え?」


バターが美味しそうに焦げた食パンとプチトマトが彩るサラダ。ミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒー。…そして女子高生の笑い声。

「バッカだね!ほんっと男の子ってすーぐそういう妄想に走るんだから。」

ヒーヒーとお腹を抱えて苦しそうに笑う滝沢を横目に甘ったるいコーヒーをすする。

「…おい、もうええやろ。昨日何があったんかはよ教えろや。」

滝沢はまだ笑い足りないのかクスクス目に涙を溜めながら俺を見つめた。

「私が太陽の話しようとしたらやめろって大きな声出して倒れたの。それだけ。」

…そういえば、そんなこともあったような…。大きな声までは覚えていないが。

「でも…びっくりしたよ。」

綺麗な目を伏せた滝沢にハッとした。

そうだ。こいつは女の子だった。俺みたいなでかい男に突然怒鳴られてさぞ怖かったことだろう。そう思うと胸に苦いものが広がっていく。

「…悪かった。」

ううん、と滝沢は笑った。いつものキリッとした綺麗な目には別の涙が浮かんでいるように見えた。


「…ほんとに、悪かった。」

「…うん。」

なんとなく気まずいまま滝沢の家の玄関先で沈黙になる。さっさとおいとまするべきなのかもしれない。

「…じゃ、また学校で…。」

「…あ、あのさ!」

滝沢はまた大きな声を出した。

──また?

滝沢は前も大きな声を出したのか?

「…怒らないで、聞いてね?」

─思い、出せない。頭の中が真っ黒だ。ゴチャゴチャしてて一つも確かなものがない。

「双葉は、多分…」

なんでだなんでだなんでだ。

いつからだいつからだいつからだ。

俺は────


「PTSDだよ」

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