2章

太陽の家を出るとぶわっと暑苦しい空気に包まれた。今年の夏は異常に暑い。

「あれ…双葉?」

声をかけられ顔を上げると同級生の滝沢 みのりが顔を覗きこんでいた。

「…なんや。お前か。」

「なんだ、とは何よ。失礼な奴。」

滝沢はキリッとした綺麗な目で俺をひと睨みして、それからフッと笑った。

「まぁ、来てるだろうと思ってたけど。」

「…滝沢も?」

「うん。ちょうど今日でしょ?もう3年も経つんだね…。」

暑そうに手でパタパタと顔を扇ぎながら滝沢は懐かしそうに目を細めた。中2の時に関東から越して来た彼女は関西弁というものには染まらなかったようだ。

「ねぇ、宿題やった?」

切り出された、日常の、普通の、会話。

「俺がやってるわけないやろ。」

いわゆる、高校生。

「あんた受験なめてるでしょ。」

夏空に響く笑い声。

「…ねぇ、あの…もしよかったら、さ…花火一緒に見に行かない?」

その全てがあいつがいないとつまらない。


思えばあいつは昔から変な奴だった。

テストの点数は悪いくせ変なところで賢く、というよりずる賢い。小学生の時におなかがすいたと言って聞かずウサギ小屋へ侵入しウサギの餌をかっぱらった時も、中1の冬、白靴下が原則なのにもこもこのあったかいやつを履いてきた時も、自称、巧みな話術というやつで切り抜けてきた。思うにあいつは人から好かれやすいんだろう。だからみんな、なんとなく笑って許してしまう。まぁいいか、と思わせてしまう。そういうのは努力して勝ち取れるものでもなく勉強して学ぶものでもなく、ただ、太陽が太陽であるから持っているものなんだろう。そんなあいつが自由なあいつが

「なんで、死んじゃったんだろうね。」

滝沢がそう言ったのと同時に花火が上がった。

「…綺麗やな。」

「…そうだね。」

空に一瞬大輪を咲かせ、かと思えば一瞬で散っていく。その儚さは朝顔を夏休みの序盤で枯らした太陽のようだった。

──あぁ、はやく散ればええのになぁ。

花火も、朝顔も、俺の、人生も。

「…今日は、どうして来てくれたの。」

花火に照らされた滝沢が真っ直ぐ俺を見つめて聞いた。

「…なんとなく。」

花火を見つめたまま答えると滝沢は吹き出した。

「なにそれ。双葉、ちょっと変わったよね。…ちょっと寡黙になった。」

「寡黙?俺が?」

「うん。自分で気づかないの?同級生の子、みんなそう言うと思うけど。」


──言葉なんていらない。何も価値がない。だから、聞かせてよ──


バッと花火の音が響いた。

「太陽が死んだ時、から。」

パラパラと散っていく火花。上がる歓声。

いつからだろう。綺麗だと思わなくなったのは。

いつからだろう。綺麗だと思わなくても綺麗だ、と、言えるようになったのは。

いつからだろう。

「…ねぇ、聞いてるの?」

想いを口にするのが面倒になったのは。


コロンコロンと鳴る下駄が音を止めた。

「送ってくれて、ありがとう。」

滝沢は黒髪のセミロングをフワッとさせて振り返った。

「いや。じゃあな。」

滝沢の家に背を向け帰路へと向かう。

「あ…あのさ!双葉!」

突然、滝沢が俺の背中に叫んだ。

こいつこんなに声が出るんだ、ぼんやり考えていた。


「太陽さ、私に…よく…」


太陽。

その言葉を聴いた瞬間、全身に打ち水を浴びた気がした。


「やめろ!」


お前が、俺以外の奴が、



太陽を、語るな──。




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