ロストデジタル~アナロギアンの逆襲

鮫崎香帆

壱 TVヒーロー元祖は月光仮面か

 神保町の中堅出版社ロビーの壁に設置された大型モニターでニュースが放送されていた。

「東日本大震災の影響で地上デジタル放送への転換が先送りされていた岩手県、福島県、宮城県三県の放送局は本日でアナログ放送が終了します。従いまして、明日二〇一二年四月一日より、日本全国での完全地上デジタル化が完了することになります…」

 その前を足早に通り過ぎる編集者らしき若い男女。

「出版も早くデジタル化しないとヤバい。紙媒体はすぐになくなりますよ」と男は持っていたタブレット端末を掲げた。

「私たち絶対、定年までここで働けない」

「佐々木さんも諸橋さんもまだ五十だぜ」

 二人は立ち止まり、壁の張り紙を読む。

「各位 本社の定期刊行誌二誌の廃刊に伴い、早期退職者を募ります。また、下記の者は総務部、営業部へと配置転換となりました。佐々木雄三、諸橋忠雄…」とある。

「編集の現場離れても会社に残れるだけましなのかな」

「いやあ、諸橋さん、現場離れたくないって、お別れ会の二次会で号泣してたよ」

女B「そうなの…」

 二人はビルの外に出た。

「危ない!」

 通行人が頭上を指しながら叫ぶ。人間が降って来た。

「ドカ!」

「きゃあ―!」

「諸橋さん…!」

 舗道に横たわった人間は男性社員の諸橋だった。片手に持った電子書籍タブレットの画面はひび割れていた。

「ひぇえ!」

 諸星の周りに集まった人たちは一様にうめき声を上げた。諸橋の鼻の穴から赤く丸い物体が出て来たからだ。玉はピンポン大になり、音も立てずに空へ舞い上がって行った。


 ある自動車下請け工場の組立ラインに青い作業服姿の男が入って来た。この工場では今、話題のスーパーアシストブレーキ〝ハネナイザー〟の取り付け作業をしているが、生産が間に合わないほどの忙しさだった。それなのにだ…。

 壁の時計は十時。右胸のポケットには「大里自動車」の刺繍、ネームプレートには「窪川」とある。窪川の髪の毛は白髪交じり。オートメ化された工場内には何種類ものロボットが配置されている。

 窪川は組み立てロボットたちを一瞥すると、低いうめき声を漏らし、両手で頭の毛を掻きむしった。その瞬間、左腕の脇に挟んでいた新聞が床に落ちる。

新聞記事には〈大里自動車、ハネナイザー人気で特需。しかし、組み立てロボット大量導入で組立社員のほぼ全員をリストラへ〉いう大きな活字の見出しが躍っている。

「ロボットの馬鹿野郎!」

 窪川の怒声と「ドカッ」という音が工場の静けさを破った。

 血相を変えた警備員が入って来て、叫び声を上げた。

 首釣り状態の窪川にも驚いたのだが、さらに窪川の鼻の穴から赤い物体が出てきたのだ。物体はピンポン玉サイズの球体になると、工場の空気孔から外へ出た。警備員が工場外に出て空を見上げると、夜空は無数の赤い玉が飛び交っていた。


 四畳半の茶の間に古ぼけた家具調のテレビが置かれている。

 テレビ画面は砂嵐だ。

「あっはははは。あっはははは…」

  和服の老婆・津川清子が何も映っていない画面を見て笑い転げている。彼女が笑った瞬間、砂嵐の画面に一瞬、江戸家猫八と楠トシエが映った。

「八っちゃん」、「おターマちゃん、ウーッ」

  一龍斎貞鳳、三遊亭小金馬が加わり歌を歌い出す。

「アハハ、ウフフ、エヘヘのオホホで、僕らはお笑い三人組~」

  画面が切り替わり、ドクロ面の怪人が画面いっぱいになる。

「お前は、げ、月光仮面!」

  白ターバン、白マント、サングラスで顔を隠した男が登場する。

「お父さん、月光仮面が始まったわよ!」

  清子が誰かを呼んだとたん画面は砂嵐に戻った。だが、清子は構わず画面を見続けている。


 東京上空。朝日が昇り、爽やかな空が広がっている。

 突然、黒い雲がもくもくとどこからともなく現れ、青い空を遮っていった。時折、雲の間から短い火花が飛び出し、バチバチと音を立て閃いた。

一羽のカモメがその黒雲を威嚇するように激しく鳴いて横切った。

「ミャー!」

 いや、その鳴き声はカモメではなかった。まるで、ネコのような鳴き声。ウミネコだった。ウミネコは明らかに雲に敵意をむき出しにして、何度も振り返りながら飛び去って行った。

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