第3話



「わー、凄いねー未来。お家だよ。お家があるよー」

「お家って、いや秘密基地とか呼ばれるよりはましだが」

「あ、じゃあ基地にしよっとー」

「迂闊だった。口が滑ったな……」


 未来と茉莉を己の研究の同士として迎え入れることになった桐谷は、その二人を普段拠点にしているその建物へと案内した。


 そこは、数年前に廃棄された入浴施設だった。


 小高い丘に面した場所にあって、町を一望できるようなそんな場所に立てられた施設。

 とりこわすのが勿体ないと思った管理者が遺したのを、桐谷が拾ってリフォームしたのだ。


「ここが桐谷さんとあたし達の秘密基地なんだー。これからみんなで集まれるね!」

「基地って、そんな子供みたいな事言って……。ここは、研究所だろ」

「いや、秘密基地でいいよ。個人的な知り合いから借り受けたきりで、そのまま大した手も入れていないしね。室内には、申し訳程度にパソコン関係の者が置いてあるくらいさ」


 そんな風に二人に紹介した基地は、それからもそれなりに長く利用する事になる。


 三人はその日の学校が終わった後に、その基地へと集まる様になっていって、そこで顔を会わせるのが習慣となっていた。


 そして、数日が過ぎる頃には、基地のメンバーは四人へと増えていた。


「へぇ、ここがあんた達の寝城ってわけね。なかなか広くて良い所じゃない」


 桐谷と同じ学校に通う者で、同学年である友人。円だった。

 警察を両親に持つ円は、面倒見がよく、多くの顔と出会い何人もの知り合いを持っていた。


 さっぱりとした言動をする彼女だが、意外にも家庭的で面倒見が良く、桐谷たちが苦手な基地の掃除などをこまめにこなして、ちょっとした炊事などもやって研究作業を裏からを支えてくれていた。


 一年もすれば、桐谷一人だった頃とは見違えるように建物内には四人の私物が増えていた。





 その日も、いつもの様に四人は学校帰りに集まった。

 その中で、桐谷は持ち込まれた品物について尋ねた。


「ふむ、このパンダのコップは……茉莉、君の持ち物かい? 今からこのテーブルを使うから、ここに置いて置いておいては埃をかぶってしまう。移動させてもいいかな」

「んー? 違います。それはねー、円さんのだよー」

「円のかい?」


 さばさばとした性格で、男性顔負けの言動をする円だが、その表面的な態度に反して意外と可愛い物好きな人間であり、お化けなどの怖い物が苦手という、女性らしい一面があった。


 その桐谷達の会話を聞きつけた未来が、桐谷と同じ言葉を言いながら円を見つめる。


「これが、円……のか?」


 かなり言葉少なだったが、言わんとした事は離れた所で掃除をしていた円にも伝わった様だ。

 眉を立てた彼女は、未来へと詰め寄りパンダコップを奪い取った。


「何よ、その間は。あたしが可愛い物もってちゃいけないってわけ? それって差別? へぇ、未来少年あんた分かってるんでしょうね」

「別にいけないとか、そんな事は言ってないだろ。ただ信じられないって思っただけで」

「同じでしょーが! こうしてやるっ!」

「うわ、おいこら円やめろ!」

「あ、未来だいじょうぶー? でも、円さんイジメたのはあたし良くないと思うよー」


 騒がしいのがすっかり当たり前になってしまった基地での日常。

 そんな時間が桐谷は気に入っていた。

 いや、何よりも大切だった。


「ねー未来、あたしの魔法の杖どこやったのー?」

「杖? ああ、あのごっこ遊びの……接着剤でビー玉つけてた奴か」

「あれがないと魔法が使えないよー」

「いい加減二次元にのめり込むのはやめろ。テストの成績下がっても知らないぞ」

「大丈夫だよー。あたし真面目!」

「本当に真面目な奴は自分のこと真面目だなんて言わないだろ」


「ちょっと桐谷、聞いてよ! 未来の奴が付き合い悪いのよ。何よ! ちょっと味見してみてって言ってるだけなのに」

「そう言って、この間わさび仕込ませたのはどこのどいつだ」

「あたし外れひいちゃったよー。つーんとしました」

「え、茉莉ちゃん食べちゃったの!? あちゃー、ごめんね」

「茉莉にあっても、俺に謝罪はないのか」


 ここに集まる事になった本来の目的である、研究……新薬の開発や実験はこなしていっているが、そんな理由などなくとも彼等にはこの場所にずっと居続けて欲しかった。


 こんな風にいつでも騒がしく楽しくしていてほしかった。


 だが、桐谷の願いは叶わない。

 何よりも大切だった日常は、完膚なきまでに壊れてしまうのだから。


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