第2話



 それから数日が経過した。

 あの路上で出会った青年、未来とは通っていた学校が同じで、彼が後輩、こちらが先輩の関係だったこともあって、すぐそれなりに話す機会が増えていた。


 スカウトの件は保留のままだったが、彼についての情報はよく入って来た。


 彼は学校では異端児らしい。

 けんかっ早くて、一匹オオカミ。誰ともつるみたがらない孤独を愛する者。


 周囲からはそんな認識らしい。


 だが、桐谷が調べたところでは若干違う。


 本人は口にしなかった事だが、彼の幼なじみであるという年下の少女、茉莉が教えてくれたのだ。


 未来は数年前に、イジメられていた一人の女の子を守るために暴力沙汰を起こし、学校から厳しい罰を下されてしまったらしい。

 その時の事が原因で、周囲と溝ができてしまったらしかった。


 以来彼は一人で行動する事が多くなり、路地裏で不良に絡まれたりして、ケンカに明け暮れる毎日を送っているとの事だ。


「ふむ、腕っぷしが強いのか。どのくらいだろうな」


 そんな特技はまったく桐谷のしている研究には関係ないだろう。

 だが、桐谷は色々な事を知りたくて仕方がなかった。


「得意料理はオムライス……。オムライス? 茉莉に作ってあげてるのかな」


 この気持ちをなんと名付ければいいのか桐谷には分からない。

 だが、少なくとも、悩まされる事はあるにしても、不快になる事は無かった。


 そんな風に、勝手に調べたりして相手の気持ちが傾くのを待っている日々が過ぎていくのだが、変化が起きた。


 夜遅く。

 深夜だと間違いなく言える時間に、夜更けの頃合いに件の未来から桐谷へ連絡が入ったのだ。


「ふむ、何用かね。火急の様とみているが」

「先輩、あんたに頼みがある。助けてくれ」


 電話越しに聞こえる声は、いつものようにそっけないものではなく、切羽詰まった余裕のない物だった。


「あんたのところの助手になってやる。頼みがあるなら何でも聞く。だから茉莉を探し出してくれ。家に帰ってこないんだ」

「行方不明か……、詳しく聞こう」


 要件はそのまま、幼なじみの少女がいなくなったという話だった


 その日は未来の誕生日だったらしいのだが、その誕生日祝いをする為に待ち続けていた茉莉の事をすっかり忘れていた……(そもそも自分の誕生日で会った事すらきがついていなかった)未来は、いつものように路地裏でケンカしていて、茉莉の両親から連絡が来るまで気が付かなかったらしい。


 それで孤立停止るがゆえに他に頼れる者のいない彼は、こちらへと慌てて電話してきたようだった。


「おそらく茉莉は、君がまさか自分の誕生日を忘れているとは思わなかったのだろう。だから家に戻らない君を心配して探しに外へ出ていってしまったんだろうな」

「やっぱり、そうとしか考えられないよな」


 割と裕福な家に住む桐谷は執事に車を出してもらい、未来を拾って乗せ、町の中を巡っていく。


 幼なじみの少女を探して町の中を何時間も走り回ったという未来は、疲れた顔をしていた。

 彼の顔にあるのは、しかし疲労だけではなく、未だに見つからない幼なじみへの心配の色も存在している。


 その事に、ほんの少しだけ己の心が動くが、それが意味する事に桐谷は気が付けなかった。


「俺は馬鹿だ。一人でふてくされて、心配してくれる奴の事を気にかけてやれなかった」

「後悔していたとしても始まらない。今は心当たりのある場所を探して回っていく方が先決だろう」


 冷たい言い方をする桐谷だが、彼女にはそれしかできなかった。

 人を思いやる事ができても、それをどう形にすればいいのか分からなかったからだ。


 桐谷という人間はどこまでも冷静にしか物事を考えられない。





 それから小一時間程。

 幸いな事に、茉莉は無事に見つける事が出来た。


 だが、その場所が予想外だった。


 少女がいたのは未来の学校の門の所だったのだ。


「何で学校にいるんだ。馬鹿か、お前は」

「だって、未来が他にいそうなとこって考えたら、そこしかなかったんだもん」


 おそらく未来と入れ違いになるような形で町を探し回っていた茉莉は、最後に学校に辿り着いて疲れて休憩していたのだろう。

 未来と同じように疲れた顔をしていた。


 怒りつつも無事であった幼なじみの少女を前にした未来は、その小さな体を抱きしめて安堵の息を吐いた。


「茉莉、心配かけてごめんな。ケーキ用意してくれたのに、その……悪かった」

「それは違います。違うとあたしは思います! こういう時はありがとーって言うんだよ」

「はぁ、そうだよな。ありがとうな、茉莉」

「えへへ……。手作りがんばったよ、後で食べてねー」

「分かったよ、それもありがとうな」


 未来に頭を撫でられた茉莉は満足そうだった。

 そんな二人を見て、何かを思った桐谷だが、結局その感情の正体は分からないまま。

 車で送っていくと桐谷が言って、二人が乗れば、茉莉は未来にもたれかかって安心したように眠りについていた。


 最初に茉莉の家まで送って行ったところで、未来が桐谷へと頭を下げる。

 未来の家は近所なので、二人とはそこでお別れとなった。


「色々とありがとうございました。俺にできる事なら何だってします。させてもらいます」

「いや……そうかしこまらないでくれ。できる事をしたまでだ」


 今回の桐谷の行動が影響したのだろう、未来の態度と口調が丁寧になった変化を嬉しいと思えば良いのか、寂しいと思えば良いのか、桐谷は戸惑っていた。


 そもそも同じ学校に通っているのだから、先輩と言えどもそう歳は変わらない。

 世代が違う社員や知り合いに頭を下げられる事があっても、年の近い物にそういう態度をされた事のない桐谷は、そういう時にどうすればいいのか分からなかったのだ。


「いえ、力にならせてください。せっかく茉莉が教えてくれたんだから、変わらなきゃいけないって思ってますし」

「ん、そうか。そういう事なら歓迎するよ。良かったら、茉莉も一緒に来ると良い」

「え、茉莉もですか?」

「彼女は中々見所がある。あの性格の優しさと明るさは、必ず必要になると思っているよ」

「はぁ、先輩がそういうのなら、茉莉にも聞いておきますけど」


 釈然としない面持ちの未来を、更に桐谷は二、三言それらしいい発言をして説き伏せた後に、その場を後にした。


 帰りの車の中で、桐谷は子供の頃の事を思い出していた。

 子供の頃の桐谷は今程、感情を閉じ込めてはいなかった。欲しかった玩具もあったし、人並みの我が儘もあったのだ。


 桐谷の今の感情は、それらが叶った時と同じような心地だった。


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