禁忌世界のアンダーハート

仲仁へび(旧:離久)

禁忌世界のアンダーハート

第1話



 それは、

 本音を隠した愚かな私の物語。

 そしてそれは、もう一度正しくやり直す為に……


――積み重ねてきた全てを、ゼロへと還すまでの物語。





 九条桐谷という女性は、アイスハートと周囲に呼ばれている人間だ。


 何事にも動じない。

 決して感情を表に出さない。

 ゆえに氷の様な心を持っているのだと、周囲からはそう言われ続けている。


 だが、彼女の事をよく知る者達はそんな話が嘘である事を知っていた。


 確かに九条桐谷は、並大抵の事では動揺せず、また滅多な事では感情を表に出したりはしない。

 しかしそれでも、彼女の心の奥底には確かな心がある。

 決して輝きの薄れる事のない感情の光が眠っている。


 その事を、桐谷の仲間である彼らは知っていたのだ。





 町の中でケンカが起きている。


 気分転換もかねて、特に意味もなく散歩をしていた桐谷は、その喧噪の空気の方へと視線を向けた。


 そこには一人の青年がいて、その青年は数人の男性達と向かい合っていた。


 青年は己の憤りの感情を隠す事なく言葉にする。


 焦げ茶色のくせ毛の髪に、紫の瞳をした青年が、己が抱いた感情のままに口を開いている。


「言いがかりをつけて来たのはお前達が最初だろ」

「ああん? なめた口聞いてんじゃねぇ。金だしゃ許してやるって言ってんのによぉ」


 青年は、対面している男性達といざこざを起こし、それが原因でその場に引き留められているらしかった。


 いざこざを引き起こす事になった大本の男性達は、挑発するように青年を見下ろしている。


「謝れ、小僧。そうしたら許してやるよ」

「誰が。お前らなんかに下げる頭はない」


 男性たちが手を出せば、青年も同じく。

 その場でケンカが勃発した。


 数を考えれば、男性達の方に分がある様に見えるが、状況は青年の方が有利だった。


 青年は慣れた様子で、その場にいた者達を無力化していった。

 ケンカ慣れしているのだろう。

 足運びも体捌きにも迷いがなかった。


 やがてその場にいた全ての男性達をノシてしまった青年は、地面に倒れる彼等に対して深い層に一瞥をくれる。

 そんな青年の名前らしき言葉を言いながら、その場に一人の少女がやってくる。


「未来ー、だいじょーぶー?」


 そんな青年の名前の呼びながら、どこかから駆けつけてくるのは一人の少女だ。

 青年……未来よりいくつか年下であろう少女は、心配そうにその周囲をウロウロして、怪我がないか確かめていく。


 そんな少女をうっとおしそうに眺める未来だが、その表情には先程ケンカしていた時の様な荒々しさは見当たらなかった。


「怪我してない? 頭打って、記憶喪失とかになってたりしないー?」

「なるわけないだろ。茉莉。俺が良いって言うまで隠れてろって言っただろうが」


 駆けつけた少女の名前は茉莉というらしい。

 それなりの雰囲気からして、未来とは親しい関係の様だった。


「だって、あたしが話しかけられたせいで未来が絡まれちゃったから、大変だーって」

「だからってここにいられても、足手まといだ」

「えー、ひどいよー。あたしが正義の魔法使いだったら、炎とかぼって出してうわーってするのに!」

「寝言は寝て言え、その二次元な空想はおめでたい頭にずっと閉じ込めとけよ」

「いじわるー」


 ノサれた男性達に元々絡まれていたらしい茉莉は、悄然としながらも未来の様子を確かめていく。


「むー。見ただけじゃ分からないです。服着てるから!」

「お、おいっ、こら……」

「あたしは未来を脱がします! とやっ!」

「ばかお前、やめろ」

「やだー」

「やだじゃない。それはこっちのセリフだ!」


 眼の前で、どたばたと楽しげに騒ぎまわる未来と茉莉。

 それは、ひどく楽しげな光景だった。

 そんな状況を目撃してしまった桐谷は、自分でも驚くほどあっさりと彼等の事が気に入ってしまっていた。


 言い合う二人へと歩み寄る。


「ちょっと良いかい?」

「んー、誰ですか?」

「何だ……?」


 桐谷が話しかければ、茉莉から不思議そうなものと、未来から警戒心に満ちた二つの反応が返って来る。


「未来、茉莉」


 桐谷はそんな二人に単刀直入に用件を切り出す事にした。


「いきなり呼び捨てか」

「君を私の助手に誘いたい。君には見所がありそうだ。考えてはくれないだろうか」


 案の条、そんな話をいきなり聞かされた二人は、揃って目を丸くするのみだった。


「は?」

「すかうとー?」


 桐谷は己の名刺を差し出して、自らの身分を告げる。

 仲間が欲しいのは事実だ。

 それは建前であったが本音でもあった。

 嘘はついていない。


 桐谷は堂々としながら、自らの身分を口にした。


「九条製薬会社のアドバイザーを務めさせてもらっている、九条桐谷だ。良い返事を期待しているよ」


 それが、始まりだった。

 今まで孤独に歩んできた桐谷の世界が、広がり色づく事になるきっかけだった。


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