Data10. 力の本質


 中央の広場に着いた。

 最初に来たときよりも人通りが多く賑やかだ。


「わらわは雑貨屋とやらを見てくる。

 お主はどうする?」

「俺は道具屋を見る。

 役に立ちそうなものは『保存』しておきたいからな」

「わかったのじゃ。

 では2時間後くらいに竜の噴水前で落ち合おう。

 『亀』ではなく『竜』の噴水前じゃぞ、いいな?」

「わかった」


 大亀の噴水の方がここから近いが、ルミィは竜の噴水の方がお気に入りみたいだ。

 俺はルミィに革袋に入った金を渡し、短く別れを告げ、道具屋に向かうことにした。


 道具屋に向かう途中、あるものが目に入った。

 

『歴代冥王めいおうの作品展覧会 in ラディースヘン』


 目を引く巨大な建造物にその看板が取り付けられていた。

 その建物の中を多くの人が出入りしている。

 

「どうぞー、入場料無料ですよー。

 是非見てってくださーい」


 近くで女の人がパンフレットを配っていた。

 俺はそれを受け取った。

 

「中には何があるんだ?」

「かの冥王めいおうエルメンガルト様やヴィルヘルミナ様がお造りになった、スクロールや魔道具を展示しています!

 この国で見られるのは今日が最後なので、今の内に見ておいたほうがいいですよ!」


 冥王めいおうねえ。

 前々から会話の節々に、〇王っていうワードが出てきているが、何の王様なんだろうか。

 そういえば、コルネリウスじいさん叡王えいおうとか呼ばれていたっけ。

 

「冥王ってのはどっかの王様なのか?」

「はい?」


 ぽかんという表情をされた。

 そんなに非常識な質問だったのだろうか。


「チッ、田舎もんかよ……」

「え?」

「あー、質問とかがあれば中にいるスタッフが説明してくれますので。

そちらでどうぞー」

「あ、はい」


 このお姉さん一瞬すごく怖い顔をしたと思ったが、気のせいかな……?

 今はニコニコと貼り付けたような笑顔に戻っている。

 目が合った。


「仕事の邪魔だ。早くどっかいけ」


 そう言っているような気がした。

 うん、見なかったことにしよう。


 とりあえず展覧会とやらにいってみるか。



---



 建物の中に入ると、妙ちきりんな道具や紙がずらりと並べられていた。

 その中で俺は“巻物のようなもの”が並んでいるコーナーが気になった。

 いや、気になった……というより無意識に吸い寄せられたような感じだ。

 そのコーナーだけ、何か異様なエネルギーのようなものが漂っていたから。


 そこでまず、緑のテーブルクロスがかけられた机が目に入った。

 机の上には――


『下級白魔術 《治癒ヒール》のスクロール---原本』


 そう書いたラベルの上に巻物が一つ置かれている。

 解説らしきものも書かれていた。

 

『冥王エルメンガルトの処女作。

 《治癒ヒール》のスクロールの原本。

 現在世に出回っている《治癒ヒール》のスクロールはこの作品の複製品である。』


「この巻物が“スクロール”というのか。

 ……ん? 隣にも同じのがあるぞ」


 その隣に全く同じスクロールが置かれていた。

 ラベルをよく見て見ると――


『下級白魔術 《治癒ヒール》のスクロール---(旧)原本』


 右に旧と書かれている以外は特に違いは無いように見える。

 見た目にも違いは無い。

 こっちの解説は――


『(故)冥王ヴィルヘルミナ作。

 こちらは改訂前の旧版スクロールである。

 魔昌暦750年まではこちらが正式に原本とされていた。』


「スクロールにも旧版と新版があるってことか。

 何が違うのかは分からんが……」


 そう思っていると――


「組み込まれている術式が違うのですよ」


 眼鏡の神経質そうな男がいきなり話しかけてきた。

 誰ですかあなたは。


「私はこのイベントのスタッフです。

 このエリアの解説を担当している、“ボッホマン”といいます。

 以後お見知りおきを」


 そう言って男は眼鏡をくいっと上げた。

 中々様になっている。

 キャプテン・〇ロみたいだ。


「術式が違うとはどういうことです?」

「はい、そのまんまの意味でございます。

 しかし、素人では違いが分からぬのも当然のこと。

 何故ならスクロールの術式を読み取るのは、ベテランの職人でも困難とされる技ですからねえ。

 まあ、私になら可能ですがね。うぉっほん。

 ヴィルヘルミナ様が作られた旧版は古い術式で編みこまれたものです。

 それ故無駄が多い。

 それに比べてエルメンガルト様の新版は無駄が一切ありません!

 繊細かつ緻密に編み込まれたその術式はまさに芸術!

 これほどの完成度でスクロールを作成できる方が他におりましょうか、いいえおりません!

 そう! エルメンガルト様こそ、歴代最高、至高の冥王なのです!!

 ……おっと失礼、私としたことがつい熱くなりすぎてしまいました」


 早口で捲りたてるように話してきた。

 照明を反射して眼鏡が怪しく光っている。

 あと、顔が段々近づいてくるのが怖い。


 ……若干変態感が漂っているが、これは頼もしい解説役だ。

 聞いてないことまでペラペラしゃべってくれる。


「ボッホさん、そもそもスクロールってなんですか」

「ボッホマンです。

 スクロールに関する詳しい説明はパンフレットの24ページをご覧ください」


 俺は言われた通り、パンフレットの該当ページを開いた。

 あった。スクロールの項目。


 スクロール……起点となるわずかな魔力を込めるだけで、組み込まれた術式が自動的に発動する巻物。

 発明者は45代冥王めいおう(故)ヴィルヘルミナ・アンカー(魔昌暦402年 – 魔昌暦493年)


「ありがとうございます。

 じゃあボッホさん、冥王ってなんですか」

「はい? 冥王を知らないのですか?

 ボッホマンです」


 外のお姉さんと同じような反応をされてしまった。

 どうやらこの世界では常識的な知識らしい。


「はあ、必要とあらば解説させていただきますが、それは初等教育で習うような知識です。

 解説という仕事に誇りを持っている私にとっては、非常に退屈な時間となりましょう。

 それでも聞きたいですか?」

「はい、お願いしますボッホさん」

「…………わかりました。

 冥王めいおうとは“冠位かんい”もしくは“王級グランドクラス”と呼ばれる最高位の魔術師を指す称号の一つです」


 ……冠位かんいって聞いたことがあるな。

 ルミィがそんなことを言っていた気がする。


「5つの魔術適性はご存知ですね?

 冠位はこの5色で色ごとに分けられています


・赤 覇王

・青 叡王

・白 聖王

・緑 界王

・黒 冥王


 という風にですね。

 冠位を持つ魔術師は、各色世界に一人しかいません。

 ――つまり、これらは最強の魔術師に与えられる称号というわけでございます。

 あと、ボッホマンです」

 

 最強の魔術師だと?

 あのコルネリウスじいさんが、最強……?

 確かに、自分でも最強とか言っていたが、いい歳こいてふかしてんなじじいとしか思っていなかった。

 あれ本当マジだったんだな……。

 たしかに、そんな偉大な魔術師なら、使用人がたくさんいたり、あれだけ権力を持つのも納得だ。

 つまり俺と島袋は、叡王の弟子ってことだよな。

 それはこの世界で結構な希少価値ステータスなんじゃなかろうか。


「ちなみに、現冥王はエルメンガルト様です。

 ヴィルヘルミナ様は前代の前代の前代――3世代前の冥王でございます」

「ふむ、時代の差が技術の差に表れてるってことですか」

「たしかに、時代の差もありますね。

 しかしそれだけではありません。

 エルメンガルト様は天才だったのです。

 それが技術に表れているのです。

 のお方が、魔工界にもたらした貢献は計り知れません」


 この人はエルメンガルトの話になると饒舌になるな。

 ファンなんだろうな……。


「触れてみてもいいですかね?」

「はい、破ったり燃やそうとしなければ別段触れるのは構いません。

 スクロールは丈夫にできていますので」


 俺は二つの《治癒ヒール》のスクロールを『保存』しておいた。


########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094

2. ナイフ

3. グングニル

4. フラッシュボール

5. ソニックボール

6.  《治癒ヒール》のスクロール(エルメンガルト作)

7.  《治癒ヒール》のスクロール(ヴィルヘルミナ作)


########################


 二つのスクロールの情報が同時に頭の中を駆け抜けた。

 

「すげえ……こんなに、違ったのか」


 俺は愕然とした。

 たった一枚の巻物に凄まじい情報量が詰まっていたからだ。


「ん? スクロールに使われている紙の材質は同じもののはずですが……」


「ああ、ボッホマンさん……たしかにこれを作った奴は天才だぜ……。

 どういう思考回路を持っていたらこんな複雑なものが作れるんだ……」

「いえ、ボッホさんです。 ……あれ?」


 例えばゲームのプログラマーが二人いたとする。

 その二人に同一のキャラクターをつかって同一の動作をさせるように指示する。

 出来上がるのは当然同じ動作をするプログラムだ。

 しかし、過程コードは違う。

 コードには必ずプログラマーの技術や個性が表れる。

 同じ動作をしても、無駄なコードをたくさん打ち込み、動作が重くなるような汚いコードを書くプログラマーもいる。

 しかし一方で、全く無駄が無く洗練された美しいコードを書くプログラマーもいるのだ。


 そういう意味で言えば、この二つのスクロールはどちらも後者だ。

二つとも美しく洗練されたコードを描いている。

ただ、この二つには明確な差がある。

それは術式コードそのものの質だ。


 ヴィルヘルミナが書いた術式コードは、キャラクターが動く、止まる、動く――という風に工程プロセスが単一の動作ごとに分けられているような感じだ。

 しかし、エルメンガルトの書いた術式コードは、動く――動く――といった具合に、動作に連続性があるのだ。

 無駄を省く技術が進化している。

 つまり、エルメンガルトは、より効率的に術式コードを操っているのだ。


「すげえ、すげえよ……。

 ヴィルヘルミナは、何もない真っ白な状態からこんなフォーマットを作り出したのか。

 一切の綻びなくこの術式コードを作り出すのは神業だ。

 エルメンガルトも、まさに天才だ。

 術式コードの節々に革新的な技術を取り入れている。

 だが、俺がしんに感動したのはそこじゃない。

 エルメンガルトの術式コードは、ところどころにヴィルヘルミナへのリスペクトも垣間見えるんだ。

 まるで二人だけで会話しているみたいに……。

 このスクロールには二人の天才の意志が詰まっている……!」


 俺は歴史の証人になった気分だった。

 凡人の俺では、能力を使わなければこのスクロールに込められた技術の凄さにも気づかなかった。

 無知が理解に変わり感動へと化けたのだ。

 ……まさか、スクロールでこんなに感動するとは思わなかった。


 ボッホさんは俺の言葉に黙って耳を傾けていた。

 ――そして震え出した。


「……そ、そうです!

 まさにあなたの言う通りだ!

 エルメンガルト様はヴィルヘルミナ様に敬意を持ってこの術式を編んだのです!

 そう、それはまるで、『あなたの意志は継いだ』と、こう言うように――!

 まさかここまで、スクロールに精通している方がこの国におられるとは!

 ああ、神よ! 

 こんなに良き理解者に巡り合わせてくれたことに感謝を!

 Hallelujaハレルーヤ!!」


「ハレルーヤッ!!」


 俺は感極まってボッホさんと一緒に肩を組んで叫んだ。

 スクロール……奥が深いぜ!


「ありがとうボッホさん。

 俺、この国に来て一つやりたいことが増えたよ」

「ボッホマン……いえ、あながそう言うのであれば今日から私はボッホサンだ!

 ならば、今日は私の誕生日だ!

 アレクサンダー・ボッホサン誕生!

 ハーッハッハ!!」


 今日ここに新しい友情が芽生えた。

 俺とボッホさんは“スクロール”で結ばれた同士なのだ。


「いやはや、“スクロール”や“冥王”なんて言葉も知らずに『何しにきたんだこの野郎』とか思っていましたが、あれは私を試す演技だったのですね?」

「え、ああ、うん」

「ハハ、全く人が悪い」


 それは本当にただ知らなかっただけだが、俺とボッホさんが理解者かつ同士であることに偽りは無い。


「では、同士よ。

 あなた様には特別にあるもの・・・・を見せたくなりました。

 いいえ、見せなければならない!

 これは神の御導きです!

 Hallelujaハレルーヤ!」


「あるもの?

 なにか見せてくれるのか……?

 言っておくが俺にアブノーマルな趣味は無いぞ」

「いえ、私にもそっちの趣味はございません。

 普段はVIPにしか公開していない作品がございます。

 ――それこそ、王の名を冠するものにしか開示を許さない特別品スッペシャルがね。

 ……今からそちらにご案内しましょう。」


「え、うん。

 ……うん?」


 俺は、よく分からないテンションのまま、よく分からない理由でVIPルームへと案内された。

 スタッフオンリーと書かれた扉を通りぬけ、厳重に鍵がかけられた鉄の扉を通りぬけ、さらに赤い絨毯が敷かれた空調の効いた廊下を通り抜け、ようやくそこにたどり着いた。


 扉を開け部屋の中に入ると、ボッホさんがこちらを振り返って言った。


「――ようこそ、至高の空間へ」



---



 部屋の中も空調が効いていた。

 しかし、この世界にエアコンなんてものがあるとは思えない。

 おそらく、魔術で温度を調整しているのだろうな。


「さあ、同士よ。

 こちらをご覧ください」


 薄暗い部屋の中の中央を、淡いブルーのライトが照らしている。

 照明の先にあるのは、ガラス張りのショーケースだ。

 そのショーケースの中に、たった一枚のスクロールが儚げに佇んでいた。


「これは……?」

「この作品は世界で唯一、“王”の名を冠するスクロールでございます」


 ボッホさんは眼鏡をクイッと上げた。

 青白い光がレンズを反射している。

 ボッホさんは細身で肌の血色も元々良くない。

 そのため暗闇の中にいると軽くホラーだ。


「冥王ヴィルヘルミナ様と覇王ラスター様が共同開発し、その二人の生涯はたった一枚のスクロールに捧げられたと言われております。

 これは、そんな二人の王の叡智が詰まった一枚なのです。

 その名を――覇王級スクロール、《流星体メテオ》といいます」


 覇王――。

 赤魔術師の頂点に立つ存在に名付けられる称号だ。

 覇王級という事は、最高位の赤魔術が発動するスクロールってことか……。

 島袋の水の爆散ですら中級魔術だ。

 覇王級とは一体どれほどの威力なのか。

 考えただけで恐ろしい。


「さあどうです!?

 この神々しさ溢れるスクロールは!

 まさに王の名に相応しいではありませんか!!」


 どう、と言われてもな……。

 正直俺には、見ただけでは何も分からない。

 さっきのスクロールの術式を理解できたのは、右手で触れて『保存』できたからだ。

 こうしてショーケース越しに見るだけでは、ただの巻物との違いすら分からない。

 目視だけでも『保存』できるものはあるが、それは構造が単純なものだけだ。

 スクロールには複雑な情報が組み込まれているため、竜の因子を持つ右手で触れなければ『保存』はおろか、その情報をひも解くことすらできない。


「……」

「?」


 ボッホさんは何か期待に満ちた目で俺を見ている。

 どういう反応を期待しているんだろうか。

 

「どうしました?」

「ああ……この神秘を前にして言葉が見つからないんだ」

「おお……! その気持ちは痛いほどに分かります」


 実際は何も分からないだけだ。

 だって俺はスクロールについて今日知ったばかりのトーシローだ。


 せめて触れることができれば……。

 しかし、スクロールはショーケースの中に入っていて固く施錠されている。


「中のスクロールをこのショーケースから取り出すことはできるか?

 是非とも直で見てみたいんだが」

「それは……申し訳ございません。

 このスクロールは戦略的脅威になり得る力。

 国の法律によって厳重な管理を定められております。」

「そうか……ん?」


 触ってみて分かったがこのショーケースはガラスじゃない。

 試しにコンコンと叩いてみたが、かなり頑丈そうだった。


「抗魔衝撃アクリルを使用しております。

 魔術に対して耐性を持つ樹木から取り出した合成樹脂で作られたものです。

 下級魔術程度なら傷一つ付きません」


 魔術に耐性を持つアクリル板か。

 これは……使えるかもな。


 俺はその透明な板に右手の平を押し付けた。


########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094

2. ナイフ

3. グングニル

4. フラッシュボール

5. ソニックボール

6.  《治癒ヒール》のスクロール(エル)

7.  《治癒ヒール》のスクロール(ヴィ)

8.  抗魔衝撃アクリル


########################


そしてショーケースに使われている素材を『保存』しておいた。



「同士よ。

 ……あなたにはこの術式に込められた意図を汲み取ることができますか?」


 できません。

 それどころか、ただの紙にしか見えません。


 ……とは言いづらい雰囲気だ。

 どうしたもんかな。

 ボッホさんにはスクロールに対する凄まじい情熱を感じる。

 ここで俺が白けた反応をすれば失望させてしまうかもしれない。


 ――よし、試してみるか。


「この術式に込められた意図――それは理解しました」

「な、何と!?

 それは本当でございますか!!」

「はい、ここでそれを口で説明しようとするのは容易なこと。

 しかし! 私の拙い語彙力で、この神秘の本質を言い表すことは不可能!

 いいえ、そんなことをすれば神への冒涜になるでしょう!」

「神への冒涜……!?

 では、どうすればよいのでしょうか?」

「祈りましょう」

「はい?」

「目を閉じ、この神秘のスクロールに祈りを捧げるのです。

 さすれば、光明が見えてきましょう」

「……なるほど!

 なんたる思慮深いお方だ……!

 スクロールに祈りを捧げるなど考えても見なかった。

 しかし、そうか!

 ああ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだ私は……!

 スクロールに対する愛――行き場の無い私のこの気持ちは、祈りという形で昇華させればよかったのですね……!」


 目から鱗だ、と言わんばかりの反応だった。

 これなら目を閉じるように誘導できる。


「では、一緒に祈りましょうか」

「はい、Amenアーメン……」


 ボッホさんは膝をつき両手を組んで、目を閉じた。


 ――よし、今だ。


 俺はショーケースに取り付けられた“錠前”の情報を『保存』を使ってすぐに読み取った。

 その情報から、鍵の形をイメージし、完璧に再現する――。

 能力の検証で練習していた甲斐があった。

 俺は脳内で、抗魔衝撃アクリルを削り、その鍵を作り上げた――。

 『定着』を使い、即座に魔力で存在を固める。


――ブゥゥン


 こうして『保存』と『復元』を使えばいくらでも悪事を働けるな……。

 そう思いつつ、俺はカチャリとショーケースの鍵を開け、わずかにスライドさせて右手を入れられるだけの隙間を作った。

 手際の良さに我ながら驚いた。

 俺には泥棒の才能があったようだ。


 ――覇王級スクロール、今なら触れられる。


 俺はニッと口の端を吊り上げつつ、その神秘に触れた――。


########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094

2. ナイフ

3. グングニル

4. フラッシュボール

5. ソニックボール

6.  下級白魔術 《治癒ヒール》のスクロール(エル)

7.  下級白魔術 《治癒ヒール》のスクロール(ヴィ)

8.  抗魔衝撃アクリル

9. 覇王級 《流星体メテオ》のスクロール


########################


 頭にピシッ――と鋭い痛みが走った。

 体が硬直する。

 だがそれも、一瞬で治まった。


 ……凄まじい情報量だ。

 情報が通り抜けただけで、一瞬体が麻痺した。

 おそらく、ドラゴンの情報空間でなく、俺の脳みそに保存しようとしたら瞬時にパンクするだろうな。

 

 俺はスクロールを『保存』し終えると、すぐに隙間を閉じ鍵をかけ直した。


「ふう、心が落ち着きました。

 私の祈りは届いたでしょうか」


 俺が鍵をかけ直すとほぼ同時にボッホさんの目が開いた。


「あ、ああ。

 きっとバッチリ届いたさ。

 そりゃもう、ア〇ゾンのお急ぎ便並みの特急でな」


 俺は額に垂れた汗を右腕で拭いながら答えた。

 ふー、あぶねー。

 

「同士よ、あなた様の考えをお聞かせ願えませんか?

 未熟な私ではこのスクロールの術式は理解できぬゆえ。

 祈りを捧げた今なら、神は寛大な心でお許しになることでしょう」

「あー……」


 試しに《流星体メテオ》のスクロールに意識を集中してみた。

 が、情報を読み取ろうとした瞬間――

 ――情報の塊を叩きつけられた。

 

 ぶわっ!て感じだ。

 うん、これは無理だ。


 一番上の“多次元的なんちゃら”ほどやばそうではないが、これも無理に読み取ろうとすると頭が軋む。

 容量もかなりでかい。

 《治癒ヒール》のスクロールの数十倍……でもきかないくらいだ。


 『保存』さえできれば術式は読み取れると思っていた。

 さっき《治癒ヒール》のスクロールを『保存』したときは読み取れたからだ。

 だが甘い認識だったようだ。

 これは情報量が大きすぎる。


「あー……ああ! もうこんな時間じゃないか!

 急がなければ友人との待ち合わせに間に合わない!」


 俺は逃げることにした。

 棒読みっぽい台詞になってしまった。

 俺に役者の才能は無いみたいだ。


「そうですか……それは残念です」


 俺の棒演技に気づいてかは知らないが、

 ボッホさんは言葉通り心底残念そうな顔をしていた。

 なんか期待させておいて悪いことしちゃったな。


「ボッホさん、《流星体メテオ》のスクロールに関する俺の考えは、いずれ必ず話します。

 このスクロールの術式も必ず全て把握しておきます。

 次に再開したら、その時に!」


 俺としてもスクロールには興味が湧いた。

 《流星体メテオ》のスクロールは後でじっくり解読してみよう。


「はい……!

 再開をお待ちしております。

 最後に、あなた様のお名前をお聞かせ願えませんか?」


 俺はその悲しそうな表情を見てつい、調子に乗った事を言ってしまった。


「俺の名はカエデ・タマル!

 いずれ冥王の名を冠する者の名だ!

 覚えておけい!」

「は、ははぁーっ!」


 ボッホさんは膝をついて俺を見送ってくれた。

 最後はちょっと楽しそうな表情をしていた。

 ならば良しだ。

 多少フカしておいてもばちは当たらん。


 この出会いは俺にとっても幸運だった。

 “スクロール”――その性質は俺の能力に合っている。

 そんな気がした。



---



 展覧会の会場を出て、すぐに街に設置された時計を見た。

 約束の二時間後までにまだちょっと時間が残っていた。


 俺は「適当にぶらぶらして時間を潰そう」と思い、歩き出した。

 そこでふと立ち止まり、思った。


「甘いものが食べたい」


 本当に唐突に、何の脈絡も無くそう思った。

 いや、強いてそう思った原因を挙げるとするなら、目の前に『甘味処』と書かれた店が存在しているからだ。

 つまり、脈絡はあったってことだ。

 さっきのは嘘だ。


 しかし、何と言うか、男の俺にとって入りにくい雰囲気の店だ。

 その店の看板には、ファンシーなデザインのキャラクターが描かれていて、カラフルな装飾で飾り付けまでされている。

 

 どうしよっかな。

 ルミィが来るまで待とうか。


 いや、だけど無性に甘いものが食べたい。

 今すぐ食べたい。

 体が糖分を求めてやまない。

 何でだろうか。


 気づくと俺は、その店の前に立ち、扉に手をかけていた。

 無意識といってもいいぐらいに、すっと。


 ――扉を開けた。

 そして開けてすぐに気づいた。


 ――男がいない。

 店員も客も、みんな女だった。

 まるで、異世界に入り込んだみたいだった。

 いや、そもそもここは異世界なんだけど。

 そんなことはどうでもいい。


 中にいた数人が俺のことを奇妙な目で見ていた。


――何で男がここに?

 

 ってな雰囲気だ。

 俺は何とも言えない居心地の悪さを感じた。

 すぐにその場から離れたくなった。


 ――だが、何故か体が動かない。


 どこまで俺の体は糖分を欲しているのだ……。

 砂糖を思うだけでよだれが出てくる。

 ああ、ケーキが食べたい。

 白くて甘いホイップクリーム……。

 フワフワのスポンジ……。

 あの甘い空間に包まれたい。


 お菓子でできたお城に住みたい。

 そこで、壁や床を齧りつつ糖尿病に怯えながら余生を過ごすんだ。

 それが俺のスローライフ、老後計画。

 まるで糖分に恋する、乙女になった気分だ。

 

 ってなんで俺はこんな気持ち悪い妄想をしているんだ……。

 自分でもびっくりだぞ。

 いつから俺はこんなメルヘンな妄想をするようになったんだ。


 『甘味処』という文字列を見ただけでこんな感覚になるだろうか。

 普通ならないよな。


 となると、何か魔術的なものにかかってしまったのかもしれない。

 ――あの看板の絵が怪しい。

 特にファンシーなうさぎみたいなキャラクター、あいつが怪しい。

 よく見ると、あのうさぎの目はシ〇ブ中みたいにイっちゃってる目をしている。

 集客のために、あいつに何か魅了の魔術でもかかっているんじゃなかろうか。

 ……一度離れた方がいいか。

 

 しかし、退こうにも体が動かない。

 それならばと、中に入ろうにも、これまた体が動かなかった。


 入りたいと思う気持ちと、入るな!と思う気持ちが同時に心にあるような、そんな矛盾した感覚。


 まるで入口の表面に、男子禁制の薄いバリアが張られているような、そんな気さえしてきた。

 今の俺は、ただ入口に立って中を黙って見ているだけの変質者だ。

 俺は女だらけのその空間を見渡した。

 

――そこで、見つけた。

 

 右端のテーブルの奥、友人たちと笑顔でパフェを頬張っていた。

 

 何を見つけたのかって?


 それは、漫画で見慣れた顔だった。

 彼女の名は――


 『ルカ・クラウヴェル』

 

 目的の人物がそこにいた。


 俺に刻み込まれた“存在理由”が俺を突き動かそうとしてくる。


 入れ!と思う俺。

 入るな!と思う俺。

 そんな矛盾した感覚が、俺に『選択肢』をもたらした。



【1】 扉を閉めこの場から立ち去る。

【2】 中に入り、ルカに普通に話しかける。

【3】 トーストを咥えてドジっ娘ヒロイン風にルカと接触する。



 ――まるで世界が停止したようだった。

 全ての時が止まり、あらゆる者が古い写真のようにセピア色に染まった。


 そして俺の目の前には3つの『選択肢』が並んでいた。

 一体何が起こったのか。


 人はある種の極限状態になると、時が圧縮されるような感覚を持つことがあるそうだ。

 例えば、達人同士の一騎打ちの戦い。

 達人の間では刃がつばり合う、わずか一瞬の間に、膨大な思考や読み合いが繰り広げられる。

 それは時に“走馬灯”や“体外離脱”などと呼ばれ、科学的に認知されている現象だ。


 俺は今、まさにそんな感じの矛盾した“現象”の中にいた。

 自分の体から離脱して、客観的にそれを眺めているような状態。


 なんだこれは……。

 この3つの選択肢を選べばいいのだろうか。

 俺の脳内は“選べ!(cv中田譲二風)”と言っている。

 それは冗談だが。


 ――これがゲームの中だったら、間違いなく『セーブ』しているところだ。


『************、――****。』


 そう思った瞬間、頭にピシッと鋭い痛みが走り、立ち眩みがした。

 ……一瞬目の前が真っ暗になって、意識が途切れかけた。

 わずかコンマ数秒の間だったと思う。


 なんだったんだ、今の……?


 ――とりあえず、選択肢を選んでみるか。


 まず【1】だが、これが一番無難な選択だと思う。

 ルミィの言っている事が本当なら、今ルカに会いに行けば“呪い”が降りかかるかもしれない。

 ルカに接触する前に、一度ルミィと相談したほうが安全だ。

 堅実にいくならこれ一択だろう。

 

 ――だが、俺はこの選択を選ばない。

 何故かって?

 それは俺の信念ポリシーに反するからだ!

 俺はシミュレーションゲームをやる時は必ず面白い選択から選ぶと決めている。

 つまり【1】は一番無い選択肢だ!

 無難でつまらない選択など不用!!

 ここで逃げるような真似をすれば、ユーザーから『腰抜けふにゃちん野郎』と罵られてしまう。

 ユーザー? 何を言ってるんだ俺は。


 それに俺は今すぐ糖分ケーキを食べたいのだ。

 とにかく【1】は無い。


 次に【2】だが、これはまあ、勇気ある選択と言えばそうだろう。

 呪いをかえりみず、真正面から話しかけるのだ。

 これならまあ誰も文句は言うまい。

 ついでにケーキを注文すれば俺の欲求も満たされ、一石二鳥だ。

 ――しかし、面白みにかけるな。


 よし、ここは迷いなく【3】だ。



 俺が決断すると、停止していた世界は再び熱を持って動きだした。

 セピア色だった世界が色付けされていく。


 ザ・ワー〇ド!

 そして時は動き出す!

 って感じだ。


――ブゥゥン


 俺は“Temporary”フォルダに一時的に『保存』されていた“パン”を復元した。

 すぐに情報を『定着』させ、それを口に咥える。

 食パンは無かったから、毎朝朝食で出されるパンで代用だ。


「いっけなーーい! 遅刻遅刻ぅー!」


 俺はTHEステレオタイプのドジっ娘ヒロイン風に店の中に入ろうとした。

 扉を通り抜け、店内に足を踏み入れた――。


「止まれ! ――危ない!!!」


――その瞬間、凄まじい衝撃音と共に俺の背中に鈍い痛みが走った。



――ドンガラガッシャァアン!!



「ぐほぁああ!!」


 俺は何かに衝突されて、そのままもの凄い勢いで店内のテーブルに激突した。

 頭から衝突しバキィ!とテーブルが真っ二つに折れた。

 何が起きたか分からなかった。


「だ、大丈夫か君!? ああ、何てことだ……!

 何故急に馬が暴れ出したんだ!」


 全身が軋むように痛むなか、俺は残骸の中からフラフラと立ち上がった。

 木の破片がパラパラと零れ落ちる。


「……ぁ」


 後ろを振り返ると、扉とその周囲の壁が破壊され、店に馬車が突っ込んでいた。

 ……どうやら俺はあの馬車に激突されたらしい。


 あれ? なんか首が痛い。

 視点がうまく、定まらない。

 首のあたりに、なにか、違和感を感じる。


 周囲を見渡すと皆俺を見て青ざめたような表情をしていた。

 サーッと血の気が引いていったような顔色だ。


 はは、まるでゾンビでも見てるみたいじゃないか。


 そしてやがて、一人の女が悲鳴を上げた。


「キャァアアアアア!!」


 耳をつんざくような高い悲鳴だった。


「だ、誰か! はやく白魔術師を!!

 スクロールでもいい! 誰か治療できるものはいないのか!」


 周りが一気にやかましくなった。

 俺の状態はそんなにやばいのだろうか。

 何故だかそんなに痛みは無い。

 ――むしろ、フワフワして、気持ちいいような……。

 この感覚はあれだ。

 眠りにつく前の、体が浮くような心地よさ。

 ……あれ、眠いのか、俺……。


「もう、手遅れです……。

 聖王級魔術でもない限り」


 俺を見て“逆立ち”したルカがそう言っていた。

 あれ? 

 逆立ち……?

 ――なんで逆に立っているんだ?


 いや、違う。

 よく見ると世界全部が180度ひっくり返っているんだ。

 あれ……?

 ひっくり返っているのは……俺?


「……ぁぇ、ぁ」


 もがくように体を動かすと、視点がぶらぶらと動いた。

 首のあたりからゴキュニュ……って気持ち悪い音がした。

 そのままプラーンプラーンと視点が定まらない。

 俺は気づいた。


 ――あ、俺の首が折れてるのか。



『えまーじぇんしー! えまーじぇんしー!』


 脳内麻薬に心地よく包まれていく中――。

 頭の中に誰かの声が響いた。

 聞き覚えのある声だった。


『大変だよ、お兄ちゃん!

 このままだと、今から7秒後に生命活動は完全停止シャットダウンしちゃうよ!』


 お兄ちゃん……?

 まさか、天国の俺の妹が迎えに来てくれたのか……?

 妹よ、お兄ちゃんはここだよ。


 と思ったが、そもそも俺に妹などいなかった。


『すぐに、“復元地点セーブデータ”をロードしてね!』


『6』

『5』

『4』


 ああ、やめてくれ。

 そのカウントダウンはアーケードゲームでクレジットが切れた時みたいで焦る。


『3』


 カウントダウンボイスが響き渡る。


 ――この声、思い出したぞ。

 これは俺の大好きだった声だ。

 放課後家に帰ると、毎日のように聞いていた――。


『2』


 ――そうか。

 そうか……。

 つまり、そういうことだったのか。

 この声を聴いて、分かった。

 

 ――この時、ようやく俺は自身の“力の本質”を理解した。


 『保存』と『復元』。

 なんだよ。

 元の世界でも毎日のようにやっていたことじゃねえか……。


『1』


  ――俺は、最後の最後、生命いのちの灯が消える直前、残ったエネルギーを振り絞るように念じた――。


 ――復元ロード


 直後世界は闇に落ちた。







√Δルートデルタ SAVEDATA[01]


 -DEAD END-






------



ステータス


 名前:アレクサンダー・ボッホマン

 種族:人間(男)

 称号:重剣のボッホマン

 役職:冥王ファンクラブ会長、古書保存会会長、スクロール研究会会長

 職業:上級魔剣士、考古魔術学者、博物展示館館長

 魔術適性:赤、黒

 得意魔術:威圧グラヴィティ



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