Data8. 理想郷への反逆者
「島袋が……バオムの召喚獣だと……?」
――パァァン!
――右手に強く握っていた石が砕け散った。
同時に光の粒が舞う。
俺が石を握りつぶすほどの
そんな芸当はどっかのグラップラーのヤクザにしか無理だ。
単にさっき込めた魔力が尽き、復元した情報が“破綻”したのだ。
「……うむ、あやつはバオムによって召喚された“召喚獣”じゃ」
「嘘だろ……」
「ほぼ間違いないとみていい。
混沌の魔女の因子を引き継いでおったからな。
その証拠に、あの小娘は尋常ではなく“高い魔術の素養”を持っていたじゃろ?」
たしかに……。
あいつの魔術の成長スピードは異常だった。
普通の魔術師は半年かけてようやく下級魔術を一つ覚える程度らしいが、あいつはわずか1か月で中級魔術をマスターしていた。
強力な魔女の力の影響を受けていたとすると納得がいく。
「何で島袋が?」
俺の知る限り、あいつは特別な力もない至って普通の女子高生だったはずだ。
召喚される理由が無い。
いや、それは俺も同じことか……。
じゃあ、何でそんな俺達が召喚されたんだろうか。
「おそらく、お主に対する対抗策じゃろうな」
「俺に対する対抗策?」
「お主が“呪いを打ち破る可能性を持つ存在”だとしたら、
あの小娘はおそらくそれを止めることが出来る存在――即ち、“呪いが破られる事を阻止できる存在”と言ったところか」
「俺が呪いを破る側で、島袋が呪いを守る側ってことか?」
ルミィは以前、彼女達――つまり、マジマジョの登場人物であるリーゼロッテ、ティアナ、ルカの3人には「厄介な呪いがかけられている」と言っていた。
その呪いが、俺達の召喚に何らかの関係があるってことだろうか。
――ならば聞かなきゃならない。
「……その“呪い”ってのは、一体どんな呪い何だ?」
「うむ、そういえば以前話し損ねておったな。
この呪いの内容は、お主が召喚された理由と深く関わっておる。
じゃから、ここから話す内容はよく聞いておいてほしい」
ルミィは真に迫る表情をしていた。
俺はその赤い瞳に見つめられて思わず息を飲んだ。
「あの3人の娘達にかけられた呪い――
――それは、“男避けの呪い”じゃ」
「男避けの、呪い……?」
呪いの名称は、俺の予想していたものとは少し違った。
呪いって言うからてっきりもっとやばそうなものかと思っていたんだが……。
男避け?
何だそりゃ。
「あの小娘たちに異性が近づけなくなる呪いじゃ。
無理に近づこうとすれば災厄が降りかかるようになっておる」
「……そんなもんが呪いなのか?」
“そんなもん”と口を衝いて出てしまった。
異性が近づけなくなるって、それが何になるってんだ?
ナンパ避け程度にはなるだろうが……。
「非常に強力で厄介な呪いなのじゃ。
わらわも必死に解除する方法を探したが、結局召喚という方法に頼る他無かった」
「召喚に頼った? って、つまり俺を呼び出すことがその解除方法だったってことか?」
「そうじゃ。
じゃから、お主は“呪いを打ち破る可能性を持つ存在”として世界に選ばれたのじゃ」
俺が世界に選ばれた?
Why?
俺だって男だぞ。
つまり呪いが降りかかる対象のはずだ。
「わらわの力では、あの呪いを破ることはできない。
故に“呪いを破れる者”を強く願い召喚を行った。――その結果がお主と言うわけじゃ。
……もしかしてお主は自分がこの世界で何をすればよいか、感覚的に理解しているのではないか?」
「……何故そう思う?」
「召喚魔術を行う際、術者は“召喚する理由”を強く念じるものじゃ。
召喚獣はその“念”の呼びかけに応じる。
戦闘のために呼ばれたなら、召喚獣は戦闘を望むようになるし、移動のために呼ばれてもそれは然り――という風にな。
つまり、召喚獣は召喚された時点で“自分が何をすればよいか”が分かっておるのじゃ。
術者の“念”が己の存在理由に刻み込まれるわけじゃからな。
まあ、わらわは召喚などされた事が無いから飽くまで推測じゃがな」
ルミィの言っていることはズバリ的中していた。
リーゼロッテ、ティアナ、ルカ――この3人の名前を出された時、俺の中では歯車ががっちりと噛み合う感覚があった。
つまり、俺は召喚された理由を、初めから感覚的に理解していたのだ。
これは俺の個人的感情からくるものかと思っていたが、そうか……。
それが俺の“存在理由”として刻まれていたわけだ。
「ルミィの言っていることは正しい。
でも飽くまで感覚は感覚だ。
具体的なことまではさっぱり分からん」
「やはりか――。
となると、あの小娘も……」
あの小娘……島袋のことだろう。
あいつも俺と同じように、“存在理由”を刻みこまれているとしたら……。
――あいつは俺達の“敵”ということになるかもしれない。
「どうやらお主も“事の深刻さ”を理解したようじゃな」
ルミィは俺の顔を見ながら言った。
自分では分からないが、俺はいつになくシリアスな顔をしていたのだと思う。
「さて、ではお主の召喚に至った経緯を話そう。
今から話すのは、これからの世界の命運を分ける重大な話じゃ。
1から順を追って説明するぞ」
「――ああ。」
ルミィはバオムの話をした時と同じように、光彩を燃やすような真紅の瞳で話し始めた――。
「まず、本来あるべきはずだった世界の話をしよう。
リーゼロッテ・グロスハイム
ティアナ・フォン・ブロンヴェルク
ルカ・クラウヴェル
この3人は極めて特殊な資質を持っておる。
資質について詳しくは割愛するが、それはバオムの強大な力に対抗し得る異能力と言っていい。」
資質か……。
マジマジョの漫画の中でそんな設定あったっけ?
いや、少なくとも俺が呼んでいた前半部分では特に無かったと思う。
「本来、混沌の魔女バオムはこの3人の産む子供達とわらわの力によって打ち倒されるはずじゃった。
3人の娘の子供達は、親の資質をより濃く受け継いだ世代だったのじゃ」
なるほど。
バオムに対抗し得る能力を受け継いだ子供達が同時に3人。
ルミィにとっては絶好の好機だったわけだな。
「バオムを倒すことによって人類と魔人は争いをやめる。
その後、細かいいざこざは起こるものの、大事には至らない。
つまり――世界は救われたと言っていい。
これが世界が本来辿るはずじゃった正規のルートじゃ。
この未来をわらわ達は“ルート
ルート
話を聞く限り、この未来を辿るのであれば俺の存在は全く必要無い。
だが俺はこうしてこの世界に召喚されている。
つまり、どこかでこのルートから外れてしまったわけか。
「しかし、ある事柄がきっかけとなり、わらわ達竜族の思わぬ方向に事態は転がっていったのじゃ。
その事柄とは――」
「ルミィの母親が殺されたこと……だな?」
俺はあえてそれを口にした。
ルミィから言わせるのが何となく酷だったからだ。
バオムがルミィの母親の瞳を奪うことによって“一つの可能性”が浮上する。
俺の不器用な脳みそでも話が朧気に見えてきていた。
「そうじゃ……。
バオムはわらわの母上を殺し、その瞳をえぐり取った。
これがどういうことか、お主にはもう分かっておるのじゃろう?」
「ああ。今の俺には何となく分かるぞ。
――つまり、バオムはその奪った竜の瞳を使って“未来を視た”ってことだろ?」
「その通りじゃ。
“竜の未来視”――これを逆手に取られたのじゃ。
バオムは、奪った母上の瞳を使って未来を視た。
そこで自身が打ち倒される未来を視たのじゃろう」
「竜の瞳には強大な魔力が宿る」ルミィはそう言っていた。
ただでさえ竜を殺すことができる力を持つものが、その竜の瞳を手に入れてしまった。
――これは非常に脅威だ。
自分が倒される未来を視たバオムの次の行動は想像に難くない。
「未来を視たバオムは当然、それを回避するために策を講じてきおった。
それが――“男避けの呪い”というわけじゃ」
そういうことか……。
話を聞いてようやく分かったぞ。
これは確かに厄介な呪いだ。
あの3人が一生男と無縁の生活を送れば、絶対に
元の世界なら、なんらかの手段はあるだろうが……
……例えば、Ips細胞なんてもんがこの世界にあるとは思えないしな。
「バオムは“救世主たち”の母体である彼女達に呪いをかけた。
故に彼女達が
そうして未来は一転――。
救世主のいない世界は再び滅びへ向かう。
この滅びの世界を“ルート
ルート
それってまるでマジマジョのあの“百合百合しい世界”と一緒じゃないか。
ん?
待てよ?
つまり、つまりだ――。
俺が漫画で読んでいた
「そして、わらわはその“ルート
わらわは呪いの解除方法が無いか、ドラペディアの知識をフル稼働させて探した。
――しかし答えは得られなかった。
バオムは事“呪い”に関して、竜の知識を大きく上回っておったのじゃ」
あのドラペディアさんを以てしても解除できない呪いか……。
そんなもんをどうやって破るというのか。
状況は詰んでいるようにも見える。
いや、王手飛車取りと言ったところか。
「そこで、わらわはある結論に至ったのじゃ。
竜の力を以てしても解除できない呪い――ならば、わらわ達の知らない
異界の力――。
それが何を指しているのかは理解力の無い俺でも察しがついた。
「“召喚”に全てを託したのじゃ。
わらわの先祖達から代々受け継いできた竜の秘宝を使い、一度きりの考えうる最高の環境で召喚をおこなった。
そこで召喚されたのが――」
ルミィふっと顔を上げ赤い瞳で俺を見た。
「――え、俺?」
「お主しかおらんじゃろ」
すっとぼけても無駄だった。
おいおいまじか。
いや、俺を召喚したってことは分かっていたけどさ。
にしても
……めちゃくちゃプレッシャー背負った役割じゃねえか!
いや、こちらとしては、まさかそんな大がかりな理由で召喚されたとは思っていなかったわけですよ。
せいぜい使い魔程度にルミィのお手伝いして、3人と会って終わりかなーとか思っていたわけですよ。
……甘すぎる認識だった。
超重要な役割押し付けられてた。
想像してみてくれ。
演劇の発表会で、自分は村人Aとか背景の木の役とかになっていたと思ったら、突然「あなた実は桃太郎の役ですよ」なんて言われることを。
……俺はせいぜいモブキャラに徹することしかできない人間なんだ。
「なんじゃその心境複雑そうな表情は」
「いや、改めて俺にそんな大役務まるのかなーと」
「まあ、そう気負うでない。
結果から言えば――お主の召喚は『成功だった』と言えるのじゃからな」
「結果?」
「うむ。
お主を召喚した時点での未来は“ルート
それってつまり……?
「さっきも言ったじゃろ。
お主自身があの3人と世継ぎをつくったことで、“救世主”は産まれたのじゃ。
お主の力と、彼女たちの性質が混ざり合い、より強い個体が誕生した。
結果、“ルート
つまり――お主の召喚によって世界は救われたのじゃよ」
俺の召喚で……世界が救われた?
本当に、本当に俺にそんな力があったのだろうか。
俺は俺自身の力を信じてもいいのか……?
「俺がここにいる時点で未来は“ルート
「うむ。――本来ならな。
お主が世界を救ったこの未来を、“ルート
しかし、今いるこの世界は“ルート
何故なら、またしてもバオムは次の一手を打ってきたからじゃ」
俺が召喚されたことによって、当然バオムも未来が変化したことに気づいたはずだ。
そこで次の一手か。
いよいよ情報戦の様相を呈してきたな。
しかもただのではなく、“”未来の情報”を使った情報戦だ。
「次の一手――。
ここからはわらわの推測も入るから、正確では無いが……。
おそらくバオムもお主に対抗するために“召喚”という手段を選んだのじゃ。
お主が“呪いを打ち破る者”ならば“呪いを守る者”を召喚すればいい、とな」
否が応でも話が繋がってしまった――。
バラバラだったパズルのピースが埋まっていった。
“呪いを守る者”として召喚されたのは――。
「――それが島袋ということか」
「……そういうことじゃな。
故にあの小娘はバオムの因子を受け継いでおる」
ルミィは俺を召喚して呪いを解こうとしている。
バオムは島袋を召喚して呪いを守ろうとしている。
「それはつまり――」
「わらわ達にとって、あの小娘――島袋春佳は『敵』というわけじゃ」
「…………」
言葉に詰まった。
島袋が敵……?
しかしあいつは……俺の幼馴染で、腐れ縁で、オタク友達でもある。
あいつが敵だとしたら、俺は一体どうすればいいんだ……?
「おそらく、あの小娘は元の世界でお主と“
「……へ?」
ツガイ?
“ツガイ”ってまさか……。
「分かりやすく言うと夫婦じゃな」
「はあああああああ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げ叫んだ。
驚きすぎて若干声が裏返った。
いや、だってありえないだろ!
俺と島袋が、ふふふ夫婦だと!?
この世界に来て、色んなことがあったが、今の発言が一番驚いた。
冗談でも言っていいものと悪いものがある。
これは間違いなく後者だ。
「何をそんなに驚いておるのじゃ。
あの小娘とお主の波長はかなり合っている。
おそらく、お互いの趣味嗜好まで一致している仲なのであろう?
ならば何も不思議なことなどないではないか」
……たしかに、あいつと趣味嗜好が一致することはよくある。
しかし、ぶつかり合うことの方が多い気がする。
つまりどちらかというと、犬猿の仲だ。
「それは流石に信じられねえよ、ルミィ……」
「ふむ、そうか。
まあ、これは飽くまでわらわの推測で、実際に未来を視たわけでは無いからのう。
お主がそう思うのなら違ったのかも知れぬ」
なんだ、実際に未来を視たわけでは無いのか……。
慌てさせやがって。
今のは人生で一番動揺したかもしれない。
「しかし、そのように考えると辻褄が合うのじゃがな……」
「どういうことだ?」
「お主を召喚した時点では、世界は“ルート
しかし、あの小娘が現れてからは未来が何重にもぶれて見えなくなってしまったのじゃ」
竜の未来視が使えなくなってしまったのか。
何重にもぶれる……ってことはいくつもの可能性が重なり合っているということか?
「つまり、今わらわ達がおるこの世界は未知の“ルート
「“ルート
「では何故、未来が見えなくなってしまったのかという疑問が生まれる。
そこでわらわの考えた理由はこうじゃ――。
――お主は本来、3人の娘たちと結ばれ、
しかし、そこに“元の世界での運命の相手”が現れたことによって、世界に一つの矛盾が生じてしまったわけじゃ。
この世界で歩むはずじゃったお主の運命と、元の世界のお主の運命が同時に存在し、ぶつかり合っている。
――では一体、お主は誰と結ばれるのか」
「それってつまり……俺の将来の可能性がそのまま世界そのものの可能性になっているってことか!?」
「まあそういうことじゃな
今ある情報を元にした、わらわの推理じゃが」
くそう……、信じたくないが妙に説得力がありやがる。
俺の将来結ばれる相手が、世界の命運を分けているということか……。
馬鹿げている、馬鹿げているが……真に迫っていることをどうしても感じとってしまう。
俺に刻み込まれた“存在理由”が、理屈じゃなく感覚にそれを訴えている。
状況的に考えて、未来の可能性がぶれているのは、俺と島袋という『異分子』がこの世界に紛れ込んだからだ。
そもそも、こいつは「異界の力」と言ったが俺達が別世界の人間だと始めから知っていたってことだよな?
こいつは俺達のことをどこまで知っているんだ……?
「あーーもう考えても分からん!
今あーだこーだ考えても答えは出ねえ!
そうだろ!?」
「ふはは、それは確かにそうじゃな」
ルミィは何が楽しいのか、笑いながら俺に答えた。
こっちは新事実に動揺しっぱなしだってのに……。
「じゃあ聞くぞ! つまり、俺はこれから何をすればいい!」
「ふふ、その思い切った切り替えの速さは嫌いじゃないぞ、楓よ。
それは前に言った通りじゃ。
お主のやることはこの“ルート
リーゼロッテ・グロスハイム
ティアナ・フォン・ブロンヴェルク
ルカ・クラウヴェル
“この3人と接触し呪いを打ち破ること”――それがお主の使命じゃ。」
「どのルートでも結局俺がやることは変わらないってことか――
まあ、分かりやすくていいや」
「さらに欲を言えば“ルート
“ルート
それは無理だろうな……。
島袋がそれを見てどういう反応をするか、考えただけで胃が痛くなる。
なるほど、島袋の存在はこうして俺へ牽制する意味もあるのかもしれない。
……いや、深読みしすぎか。
「では、どうやって3人に接触するのか――。
具体的な策を挙げるぞ。」
「おう」
具体的な策か……。
全く思いつかないな。
そもそも彼女達には“男避けの呪い”がかけられているんだよな?
なら、男である俺が接触できるはずがない。
そう考えている、ルミィは予想外の方法を口にした。
「ズバリ! お主がリネアリスに入学すればよかろう」
「……はい?」
聞き間違いかと思った。
それは策と言っていいのかも分からないほどシンプルな正攻法だった。
意訳すると、「正面から会いに行け」ということだ。
「俺の記憶違いでなければ……あそこは女子高だったはずだが……?」
「それに関してはわらわがなんとかしよう!」
ルミィはどん!と小ぶりな胸に右拳を叩きつけた。
自信満々といったご様子だ。
なんかこうも堂々としていると逆に心配なんだが……。
「そもそも“呪い”はどうするんだ?
もしかして知らないかもしれないから一応言っておくが、俺は“男”だぞ?」
なんなら今ここでそれを証明してみせることも辞さない構えだ。
「それも、わらわがなんとかしよう!
だいじょぶじゃ! 心配いらぬ。
わらわには秘策があるのじゃ!」
だいじょぶじゃ!ってルミィは胸を張って言っているが、何故か大丈夫じゃない気がする。
気のせいだろうか……。
気のせいであって貰いたい。
何せ未来の命運はこいつと俺にかかっているのだからな。
「だいじょぶじゃ! おおぶねじゃ!
お主はわらわを信じて従っていればよい」
「とりあえず分かったよ……。
少し心配だが、お前の方針に従おう」
異を唱えたところで俺に別の策は出せないからな。
しかし……『リネアリス魔法学院』への入学か。
妙な展開になったな。
「では、今の内にお主とわらわで盟約を結んでおこう!」
「盟約?」
そう言ってルミィは自分の手のひらに牙を使って小さな傷をつけた。
傷から赤い血がたらりと垂れる。
なにやってんだこいつ?
「ほれ、お主も自分の牙を使って手のひらから血を流すのじゃ」
「いや、そもそも俺に牙なんて無いんだけど……」
「なんじゃ牙もないのか。
全くしょうがない奴じゃな
……はむ!」
「痛っ! なに人の手噛んでんだ、犬かお前は!」
「あう!」
ルミィにいきなり右手を噛まれた。
なので俺は左手でルミィの額にズビシ!とチョップをかました。
「いた! なにをするのじゃ!
ちょっと舌を噛んでしまったではないか」
「いや、お前が急に噛むから」
「これは盟約を結ぶための準備じゃ!
わらわを犬っころと一緒にするでない!」
ルミィはちょっと涙目になりながら怒っていた。
こうしていると年相応の女の子に見える。
まあ、全裸だが。
「いてて……ってめっちゃ血ィ出とる!」
右手を見たらだらだらと血が滴り落ちていた。
手の平の中央に深く切り込みがある。
……ナイフでえぐられたような傷ができていた。
「ああ、すまぬ。
お主がチョップするから牙が深くまでめり込んでしまったのじゃ、許せ」
「牙でここまで切れるのかよ……」
「ふふん、どうじゃドラゴンの牙は凄いじゃろ?」
ルミィは自慢げに胸を張っている。
こうしている間にも、俺の血液はボタボタと滴り落ちている。
痛みはそうでもないが止血しないとちょっとやばい気がする。
「では、改めて盟約を結ぼう。
右手の平を伸ばし、わらわの方へ向けるのじゃ」
「ん、こうか?」
言われた通り血まみれの手のひらをルミィの方へ向けた。
ボタボタと血が落ちるせいで地面にシミができていた。
「お、おお……。 そんなグロいのを見せなくてもよい」
「お前がやったんだろ!」
「はは、冗談じゃ」
ったく、グロいとは何だグロいとは。
お前の牙のせいでこうなってるんだぞこれは。
「それでは、ルミナシオン・ヴィーヴルの名において、汝と盟約を結ぼう」
そう言ってルミィも血が少し流れている手の平を俺に向けた。
そのまま手を伸ばし俺の右手に近づけていく。
手のひらとひらが触れそうになった寸前のところで――俺はサッと避けた。
「む、何故避けるのじゃ」
「俺はよく読んでいない書類にはサインをしない主義でな」
「なんじゃそれは?」
こいつは盟約と言ったが、何の盟約なんだ?
もしかして、絶対服従の盟約とかではないよな……?
危ない危ない。
危うく雰囲気に流されそうになった。
これは悪徳セールスマンの手口と同じだ。
知らない間に請求が来るやつだ。
「むう?
何をそんな怪しむような目をしとるのじゃお主は」
「いや、何か怪しい盟約を結ぼうとしていないか?」
「ん? ああ、盟約と言っても、これは何か魔術的拘束力をもった契約とは別物じゃぞ。
竜族の間で古くから伝わるまじないのようなものじゃ。
そう心配するでない」
「そうなのか……」
まあ、ルミィは嘘を言っている様には見えない。
こいつは嘘をつくのが苦手っぽいしな。
“まじない”ね。
日本で言う“盃を交わす”みたいなもんだろうか。
「ほれ、もっと手を伸ばすのじゃ」
「まあ、いいだろう」
ぴとっ、とルミィと俺の手のひらが触れあった。
冷たくて柔らかい。
さっき額に手を触れられた時にも感じたが――こいつ、体温がまるで無い。
手のひらに伝わる血液もただの水みたいに冷たい。
ヒンヤリして気持ちいいが、このぞくぞくするような感じは何だろうか。
なんていうか、やっぱり人間とは別の生き物なんだなと、理解できた。
「人間の手はあったかいのう」
俺と真逆のことをルミィも感じていたみたいだ。
見た目は同じでも種としての違いが体温に表れていた。
っていうか、なんだこれ。
なんかあったかいとか言われると気恥ずかしくなってきたんだが。
今のシチュエーションを客観的に言うと、全裸の少女と手の平を触れ合っている状態だ。
「お、少し体温が上がったみたいじゃな」
「なんでもない、気にするな」
うん、あまり深く考えるのはやめよう。
意識してしまうと妙に恥ずかしくなってくる。
「楓よ、わらわの召喚に応じてくれたことに改めて礼を言おう」
「応じたというより、気付いたらここにいたんだけどな」
俺はありのままの事実を答えた。
「そうなのか。
じゃあそれでも改めて礼を言おう。
ありがとう楓」
「おう」
「召喚されたのがお主で良かった。
まだ出会って間もないが、わらわはお主のことを気に入ったぞ」
「お、おう……」
いかん、また体温が上がってしまう。
俺がこいつの召喚獣だからなのか、主に褒められると妙に心が弾んでしまう。
俺に尻尾がなくて良かった。
あったらぶんぶん振り回しているところだと思う。
「これからわらわとお主は運命共同体じゃ。
進むときは一緒に進んで、転ぶときも一緒に転ぶのじゃ
共に打倒バオムを目指して突き進もうではないか」
そう言ってルミィはニコッと笑った。
くっ……。
わざとやっているのかこいつは……。
身長的に、俺がルミィを見下ろす形になっていて、ルミィは俺を上目遣いのように見あげているせいで妙に照れくさくなってくる。
いかんいかん、俺の精神力が試されているのかもしれない。
「では最後に、改めて聞こう。
お主はわらわの目的のために協力してくれるな?」
「ああ」
俺はすぐに首を縦に振った。
そもそも始めから利害は一致していたのだから何も問題は無い。
「お主はこれから、“呪いの空間”に身を投じることになる。
それは……お主が思っているより過酷なことかもしれぬぞ。」
呪いがどれくらい厄介なものなのか、俺にはまだいまいち分からない。
しかし、竜でも解除できないってことは相当厄介なものなのだろう。
「バオムは確実にわらわ達の邪魔をしてくるじゃろう。
本人が直接しかけてくるとは考えにくいが、魔人の刺客を送ってくる可能性は高い。
しかし、わらわはバオムを倒す最終決戦に備えて魔力を温存しなければならない。
つまり、状況によってはお主一人で戦ってもらうことになるかもしれぬ……。
――それでも、協力してくれるか?」
男がいなくて、女だらけ――ある意味、その“
もし、これが本当にあの漫画の世界ならば、俺は……ゆるふわ百合コメディの世界に突如として現れたポッと出の男キャラということになる。
そのポッと出の新キャラが、漫画の世界観をぶち壊していくのか……。
なんたるヒールだ。
読者からは大ブーイングだろうな……。
匿名掲示板は荒れに荒れ、連日俺への殺害予告が届くことだってあり得る。
集〇社にはクレームが殺到し、原作そのものが終わる可能性もあるだろうな。
――だが、おもしれえ。
「任せろ」
俺はルミィの最後の質問にそう答えた。
すると、ルミィは安心したように微笑んだ。
「盟約は結ばれた」
手を放すと、俺達二人を祝福するように、光の粒が舞った。
――いいぜ。
なってやろうじゃねえか。
その『
------
ステータス
名前:ルミナシオン・ヴィーヴル
種族:ドラゴン(♀)
称号:???
職業:人類を導く存在?
魔術適性:???
得意魔術:???
導入が長くなりましたがここでようやく区切りがつきました。
次あたりから魔女学校編に入ります。
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