Data7. 『保存』と『復元』

 コルネリウスじいさんの弟子になってから、1か月が経過した。

 ちなみにこの世界での1か月は約40日ほどだ。


 現在の魔晶暦は773年、竜生九子は狴犴へいかんの14日。



――ブシャアアアアアア!


 こんにちは皆さん。

 最近、俺はこの世界にも季節というものがあることを知りました。

 おそらく、日本で言うと、今この世界の季節は春です。

 太陽のあたたかな陽気によって、新しい命は芽吹き、土の中から虫たちがのそのそと這い出てくる時期となりました。

 元の世界だったら、きっと今頃は学校のクラス替えに一喜一憂していた頃でしょう。

 もしくは、「新作入ってますぜ」とか言ってヨシヒコが春の新作ギャルゲーを俺に貸し付けてきた頃かも知れません。

 さて、そんな折、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 俺ですか?


 俺は今、異世界で壮大な噴水ショーを見ているところです。


「《打ち寄せる水ハイドロサージ》!!」


――シャアアアアアアアア!


 湖の水面がうねりを上げて渦巻きをつくり、そのまま巨大なソフトクリームを作るみたいに天に昇っていった。

 そして出来上がった水の塔は、ある程度の高度までいくと、弾けるように周囲に水をまき散らした。


――ドパアアアアン!


 十数メートル離れた俺のいる場所まで衝撃破と水しぶきが届いた。

 しかもその水の塔は一つではなく、同時に複数の場所で爆散している。

 俺は昔テレビで見た海外の噴水ショーを思い出していた。



 もし、あの水の爆散を人に向けて使ったら、確実に無傷では済まないと思う。

 というか、下手するとスプラッタだ。

 そう考えると怖い。

 本にも“赤魔術師は前線に出て、敵を殲滅することに長けている”と書かれていたっけ。

 ……うん、今後あいつを怒らせるようなことは避けよう。



「いやあ、たまげたのう。 まさか1か月でここまでの使い手になるとは……」

「いやあ、なんかコツを掴んだ途端ぱーっとできるようになりました!」



 “水を操る”。

 これが島袋春佳の魔術だった。

 赤魔術師の修行は、自身の波長に合うエネルギーを見つける事から始まる。

 島袋の場合、すぐにそれは見つかった。

 彼女が杖を手にした途端、近くにあった湖の水面に、波紋が広がっていったのだ。

 通常であれば、そんな事はあり得ないらしい。

 島袋の魔術の素養が尋常では無かったということだ。

 そのまますぐに水に干渉する魔術の修行を始めて、彼女は驚くべきスピードで成長していった。

 修行初日は少し水の流れを変える程度しかできていなかったのに、3日後には下級赤魔術の《水撃ハイドロラッシュ》を使いこなしていた。

 1か月が経った現在では既に中級に匹敵する魔術を使っているらしい。

 


「うむ、文句なしで合格じゃな!  これからは中級赤魔術師を名乗ってよいぞ」

「はい! ありがとうございました!」


 俺達は今、正式な魔術師になるための試験を受けている最中だった。

 じいさんは『ラディースヘン』この国で試験管をするための資格を有していたのだ。

 ただのボケ老人だと思っていたが、俺が思うより凄い魔術師だったっぽい。

 そのため、この試験に合格すれば、この国で魔術師を名乗れるようになるライセンスが貰える。

 普通は下級魔術師のライセンスから取得して、何年もかけてランクアップしていくらしいが、島袋は下級をすっとばして中級魔術師にまでなっちまいやがった。

 俺は正直インフレに置いていかれたヤムチャの気分だ。


「さて、楓よ。 次はお主の試験をするぞい」

「……おう」


 次は俺だ。

 島袋天才の後だと、妙にプレッシャーを感じる。

 しかし、ここまで島袋ばかり目立っているが、俺だって1か月間何もしていなかった訳ではない。

 この日のためにただ一つだけの魔術の特訓をしてきたんだ。


 ――俺は魔術媒体となった自身のに魔力を込めた。

 すると手の甲から腕にかけて、魚の鱗のような紋様が浮かび上がってくる。



 何故俺の腕が魔術媒体になっているかだって?

 それはね……

 WAKARANらん


 俺だって、できることなら魔術師らしく杖を使いたかったんだよ。

 しかし、杖を持っても魔力をこめることは出来なかった。


 『魔術媒体』として最も一般的に使用されているのが『杖』らしい。

 何故なら誰でも簡単に使いこなせるからだ。

 杖は魔術を発現させるのに最も扱いやすく、細かな操作を得意とする媒体だ。

 車で例えると、ハンドリングが良好で扱いやすい軽自動車みたいな感じだろうか。

 ――なのに、俺はそれすら扱うことができなかった。


 そして、次に多く使用されている媒体は『剣』だ。

 剣も杖と同じように、特殊な加工をすることによって魔術媒体として機能する。

 剣は杖よりも扱いづらく、細かい操作は苦手らしいが相応にメリットもある。

 それは“魔術そのものの破壊力が上がる”という点だ。

 つまりこっちは、ハンドリング性能は悪いが、馬力は強いスポーツカーのようなもんだ。

 そのため赤魔術師に適している媒体は剣らしい。

 戦場において、杖で魔術を使い、剣で近接戦闘を行うという風に、使い分けると手間が増えてしまう。

 剣が媒体であれば、そのまま魔力を付与エンチャントして武器にもなるため一石二鳥なのだ。

 しかし、島袋は「杖の方がいい!」と言って杖を媒体とした。

 多分杖の方が魔法少女っぽいからだと思う。

 気持ちは分かる。

 ちなみに剣を媒体とする魔術師のことを『魔剣士』と呼ぶらしい。

 ――俺は「いいじゃないか魔剣士! 杖が駄目なら剣だ!」と意気込んで剣に魔力を込めようとしたが、それも無理だった。


 「やはり才能が無いのか……」と落ち込んでいたが、そこで新事実が発覚した。

 ――俺の右腕が元々魔術媒体となっていたのだ。

 じいさんは当初、俺の事を『魔人』ではないかと疑ってきた。

 魔人は生まれつき全身が魔術媒体となっている種族だ。

 そのため体が媒体となっている俺を魔人だと思ったのだろう。

 自身の生活に縁の深い道具を媒体としている魔術師は結構いるようだが、体の一部が媒体となっている人間は、今まで見た事が無かったらしい。

 しかし、そんなこと俺にはさっぱりだ。

 平凡なサラリーマンと専業主婦の両親から生まれた俺が、魔人であるはずが無い。

 ……結局、よく調べてみると、右腕意外は普通の人間だったので魔人の疑いは晴れたが、この右腕は未だ謎のままだ。



――ブゥゥン


 右腕に魔力を込めると現れるこの鱗のような紋様もよく分からない。

 だが、今はそんな事を気にしていても仕方ない。


 とりあえず、試験に集中するとしよう……!


「さあよってらっしゃい、見てらっしゃい! 今日はいよいよ俺の魔術のお披露目だ!」


 俺は予め行っていた演習通りに声を張った。

 バッグから準備してきたブツを取り出す。


「さて、今日紹介する商品はこちら! 錆びて使えなくなった果物ナイフだ!」


 左手に林檎、右手に錆びたナイフを持っている。

 「なんかのセールス番組みたいね……」と島袋にツッコまれたが無視だ、無視。


「この赤く実った美味しそうなリンゴ! 今すぐ切り分けて食べたいところだ。

 ……しかし困った! 果物ナイフが錆びている! これじゃあ美味しいリンゴを永遠に食べれないじゃないか!」


 俺は大げさな素振りで頭を抱えた。

 じいさんが「直接かじればいいじゃろ」と野暮な事を言ってきたがこれも無視だ。


「さあそんなお困りの時、一家に一台この『定着魔術』があれば安心だい!

 見よ、これが俺の定着魔術だあ!」


 ――俺はナイフに魔力を込めた。

 ナイフを縁取るように青白い光が俺の右腕から流れていく。

 同時に――材質、蓄積された年月、腐朽度――ナイフの内部構造が流れるように頭の中に入ってきた。

 それら全てを一新するように、俺の魔力で情報を上書きしていく。


定着ホールド――」


 ナイフの周囲を覆っていた光が消え、魔力は全て内部に留まった。

 ――よし、成功だ。


「ほう……」


 じいさんが俺の手元をじっくり見ている。


「たった今、この錆びたナイフには、俺の魔力が定着した!

 その切れ味をとくとご覧あれ!」


 リンゴにナイフを押し当てると、スーッと落ちていくように切れていった。

 そのままストン、と落ちて真っ赤なリンゴは真っ二つになった。

 俺はそのリンゴにできるだけ美味そうな顔をしながら齧りついた。

 ――シャクッ!

 じゅわっと甘い果汁が口いっぱいに広がった。

 うん、良いリンゴだ。

 客席からごくりと唾を飲む音が聞こえた。



「うーん、うまい! 錆びて使えなくなったナイフがこの通り、新品同様の切れ味に!

これが下級黒魔術『定着』の力!」


 俺は魔力を込めたナイフを掲げて見せた。

 よしよし、練習通りにうまくできたぞ。

 「でもお高いんでしょう?」の一言を待っていると、急にナイフが俺の手元から離れた。


「お?」


 そしてそのままフワフワと浮いてじいさんの手元にすっぽりと収まった。


「ふーむ……なかなかどうして面白い。

 お主に魔術の才能は無いと思っていたが、これは……」


 じいさんはナイフを興味深そうに眺めていた。

 やがて、俺の手元を離れたナイフは魔力が消えて、ブゥゥンと光が散った。


「よかろう、二人とも合格じゃ。 お主は下級黒魔術師を名乗ってよいぞ」

「よっしゃ!」


 思わずガッツポーズをとった。

 やっぱり魔術師になれたのは嬉しいもんだ。

 ここまで他の魔術には目もくれず、定着魔術のみをひたすら練習してきた甲斐があった。

 というか、他の黒魔術が……生物の四肢を腐食させたり、視力を奪ったりと、えぐい魔術が多くて覚える気になれなかったんだけどな。


「地味だけどなかなかやるわね。地味だけど」

「地味で悪かったな。お前のが派手過ぎるだけだ」


 島袋には「地味」と言われたが、凡才の俺としちゃあ上出来だ。

 ナイフでしか試してないが、定着魔術はなんとか形になったと思う。


 試験に無事合格した俺たちはそのまま部屋に戻った。

 ちなみにライセンスは後日届くそうだ。




---





 個室の部屋に戻り、扉を開けると知らない人が立っていた。

 ――全裸で。


 ……しかも、とんでもなく美少女だ。

 着替え中の他の人の部屋に入ってしまったのかと思ったが、やはり俺の部屋だった。


「こういうときどうすればいい……?」


 心臓がバクバク言っている。

 誰だ俺の部屋にストリッパーを呼んだのは。

 いや、ありえないか。

 とりあえず落ち着け俺!

 ギャルゲーで鍛えた俺の鋼の精神を今こそ発揮するんだ。


「……ふむ」


 とりあえず冷静に観察してみることにした。

 眉間に皺を寄せて渋い顔をしていれば通報はされないだろう。

 そう、今の俺は作品を視察している陶芸職人のようなものだ。


 胸はぺったんこだが、腰回りはほどよくくびれていてなかなかエロい。

 ……俺より一回りほど背が低いから、歳は中学生くらいだろうか。

 本当に血が通っているか疑わしいほどの白い肌に、生来のものであることがはっきり分かる銀の髪。

 それに意志が強そうな赤い瞳――。

 不思議だ。

 女の子の裸を見てるというのに、まるで肖像画を眺めている気分になってくる。

 芸術品のような高貴さが漂っているせいで、見ていて全く変な気が起こらない。

 念のため言っておくが、断じて俺の息子が機能不全になっているわけでは無い。


 ん?

 待てよ、あの赤い瞳……?


「ふぁー……よく寝た。 ふむ、半分くらいは回復しとるのう」


 銀髪の少女は小ぶりな胸に手を当てて、何かを確認するように呟いていた。


「お、何じゃおったのか楓。 こうして見ると案外小さく見えるのう」

「……は?」


「ああ、そうじゃったな。人間は眠りから覚めたらまずは『おはよう』と言うんじゃったか。

 おはよう、楓。」


 少女は俺を見てニコッと笑った。

 不覚にもドキっとした。


 そしてそのまま裸体を包み隠さずに黒色のリボンで髪を結い始めていた。

 

 ってか赤い瞳、それにこの声、聞いたことがあるぞ……?



「ってお前、まさかルミィか!?」 

「む? いかにも、わらわこそヴィーヴルの末裔、ルミナシオンじゃ」

「いや、お前人間だったのかよ!」

「人間? ああ、この姿か。 この姿もわらわの真実の姿の一つじゃ

 しかし、人間とは似て非なるもの。わらわはドラゴンじゃからな」


 少女――いや、ルミィはそう言って背中にあった小さな黒い翼をパタパタと動かした。


「嘘だろ……?」

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……!

 俺がトカゲだと思っていた奴は、実はドラゴンで美少女だった。

 何を言っているかわからねえと思うが(以下略)と、ポルナレフのポーズを決めてしまうほどに衝撃的だった。


「おお! お主の、無事に竜の因子を引き継いでおるな。

 これでお主の本来の力を発揮できるというものじゃ」

「……右腕? 俺の腕がこうなってる理由を知っているのか?」

「うむ、無論じゃ。 ではさっそく取り掛かるとするか」


 なにをさっそく取り掛かるのか。

 それについて説明も無しに、そのままルミィは部屋から出て行こうとしていた。


「って待てルミィ! お前その恰好のまま外に行くつもりか?」

「む? 駄目なのか?」

「駄目に決まってるだろ。 公然わいせつだ」

「こうぜんわいせつ?」


 ルミィは全裸に髪だけ黒いリボンで縛っただけの状態だ。

 不思議なことに全くそんな感じはしないが、客観的に見ればかなり変態的な恰好だろう。

 こんな格好で外に出れば確実に騒ぎになる。


「ちょっと待ってろ、服だけ取ってきてやるから」

「いや面倒じゃからいい」


 ルミィがそう言った瞬間、ポンと音をたてて光の粒が舞った。

 さっきまであった人の影がシュワーと輪郭をぼかしていく。

 ――気づくと、さっきまでいた少女の姿はなく、ルミィはトカゲのような小さなドラゴンの姿に戻っていた。


「どういう仕組みだ……?」

「仕組み? ふむ、愚かな質問じゃな。

あえてそれに答えるとすれば、人間の目に映る事象など、側面的なものにすぎないということじゃ」

「はあー、意味わかんねえ」


 頭が痛くなってくる。

 思考が追いつかないってのかこういうことを言うんだろうな。

 あっちの世界じゃ美少女がいきなり変身したりはしなかったもんでな。

 一つ分かったのは、この世界では元の世界の常識ではおよそ測りえない物事ばかりだってことだけだ。

 


「これで問題なかろう。とにかくいくぞ楓」

「行くってどこにだよ」

「外の森じゃ」

「だから、なんでだ?」

「あそこはいい感じにマナの純度が高いのじゃ

 室内はマナが乱れておるから魔術の使用に適さない」


 はて? マナの純度?

 まだそういう細かい理論については習っていない。

 俺が顎に手を当て考えていると、「説明は後じゃ」と髪を咥えて引っ張られた。

 よく分からんがとりあえず行くか……。




---





 外に出て、森の中を人目がつかないところまで歩かされた。

 これ以上先までいくと迷いそうだ。


「この辺でよいかのう」


 ルミィは辺りを見渡して鼻をスンスンと動かし匂いをかいでいた。

 周囲に人がいないか確認しているのだろうか。


「うむ、よい環境じゃ」


 そう言ってルミィはポン!と、また裸の少女の姿に戻った。

 何度見てもどうやっているのかさっぱり分からん。


「で、こんなところまで来てどうすんだ?」

「お主の力を開花させてやる」

「……何?」

「“定着魔術”は習得しておるな?」

「ああ、一応できると思うけど」

「ならば問題ない。では目をつぶれ楓」


 “力の開花”

 その言葉に猜疑心と若干の昂揚感を抱きながら俺は言われるままに目を閉じた。

 目のやり場に困っていたところだから調度いい。

 これはもしや……少年漫画のように、必殺技を習得する流れだったりするのか?


「まず、お主の力について話そう。

 お主の力の本質は『保存』と『復元』――。

 喜べ、この力はドラペディアの中でも秘匿中の秘匿、その最奥にある“叡智”に分類されておる」

「はあ。」

「なんじゃその気の抜けた返事は」

「いや、いまいちピンとこなくてな。まあ軽く聞き流しておくから続けてくれたまえ」

「ばかもの! ちゃんと聞いておくのじゃ!

 お主はこれがどれだけ凄いことか分かっておるのか?

 この力は魔術というより魔法の域に達しておるのじゃぞ?

 この力を使いこなせば冥王に匹敵する使い手にだってなれるはずじゃ」

「と、言われてもなあ」


 保存と復元かー。

 うーん、いまいち必殺技っぽくない。

 もっとかっこいいのを期待していたんだが。


 そう思っていると、額に冷たくて柔らかいものが触れた感覚があった。

 これは……ルミィの手だろうか。


「よく聞いておけ楓。

これから、お主の脳をドラゴンの知識空間へリンクさせる。

情報が混濁するとお主の脳が焼き切れる可能性がある。

じゃから絶対に目は開くな」

「え……」

「ではいくぞ」

「ちょ、ちょっとたんま! そんな危険なことするなんて聞いてね……

 ――ぐああああああああああ!!!」


 止める間もなく――

 ――突然、脳みそをぐわんぐわんかき混ぜられてるかのような錯覚に陥った。

 目を閉じているはずなのに視界一面が無数の色彩で染め上げられた。

 色とりどりのペンキをぶちこんでぐちゃぐちゃにした洗濯機の中に入れられたかような気色悪さ。

 同時に、まるで電動コンプレッサーを使って頭蓋骨の中に直接空気を送りこまれてくるかのような頭痛と圧迫感が俺を襲ってきた。


「ああああああああああ!!」

「ははは、元気がいいのう」


 ノイズ混じりにルミィの声が聞こえた。

 何を呑気に笑ってやがるこいつ……!


「あがぁああああがっ!……ハァ、ハァ……」


 ん……あれ?

 少しずつ治まってきたっぽいぞ。


 ぐわんぐわんと混ざっていたものが徐々に整理されていき、俺の頭の中には文字が映し出されていた。

 ――いや、正確には文字ではない。

 文字では無いが、しかし文字だ。

 なにを言っているが分からねえと思うが(以下略)

 つまり“文字として認識できる概念”がいくつか映し出されていたのだ。



########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094


《Temporaryフォルダ》


1. 錆びたナイフ

2. Logicoolマウス

3. Xperia z4 compact

4. どきどきメモリアル4


########################





「見えたか?」

「ああ……なんだこれは? 俺の頭の中はどうなってやがる」

「成功したようじゃな。 お主の脳はたった今、ドラゴンの知識空間にリンクされた」

「だから、さっぱり訳が分からんのだが……」

「わらわの持つ情報空間の一部をお主に授けた。

 つまり、お主は人の身でありながら、竜の力の一端を手にしたのじゃ。

 なに、お礼はいらぬ。これからは自由に使ってよいぞ」

「まじかやったぜ! これを自由に使っていいのか! ……とはならねえよ!

 俺はこれが何かも分からんし何をどう使えばいいかも分からねえ!

 ってかお前、そういうことやるならまず俺の許可をとれよ!」

「なんじゃ、分からんのか。

 全くしょうがない奴じゃなお主は」


 え? 俺が悪いのか……?


「通常、人間の脳の容量は約1PBペタバイトほどしか無いと言われておる」

「1ペタバイト?」


 ペタってたしか……1GBギガバイトの1000倍が1TBテラバイトで、その次がPBペタバイトだから……1ペタは1000TBテラバイトと同じってことか。

 えーっと……アニメを高画質で録画したときの容量が約5GBギガバイトほどだったから、単純計算で……大体20万本分のアニメが保存できるわけか。

 ――人間の脳みそすげえ!


「しかし、その容量ではお主の力の真価を発揮するには少なすぎる」

「え……? 1PBペタバイトもあるのに足りないのか!?」

「全然足りんな。 その容量で無理やり力を使おうとすれば間違いなくお主の脳はパンクする。

 ――つまり、廃人同然になるじゃろうな」

「まじかよ……」


 ってことは、脳の容量の問題で俺に潜在的な力はあっても、それを使うことはできないってわけか……。

 なんて無駄な力だ。


「そこで、ドラゴンの情報空間をお主の脳に繋げたわけじゃ」

「どういうことだ?」

「つまりじゃな、その空間に情報を保存させ、それを引き出すことで、力を使ってもお主の脳はパンクせずにすむわけじゃ。

ドラペディアの仕組みと一緒じゃな」

「んん??? ということは……今の俺はその本来の力を使うことができるという訳か?」


「いかにも。 今のお主は“魔法”が使える。

たった今、お主は魔術師と言うより“魔法使い”と呼ぶべき存在になったのじゃ」

「魔法使い……!」


 そのワードに心臓が弾んだ。

 何が何だか分からぬ間に、俺は魔法が使えるようになっていたのか……?

 本来ポテンシャルはあったものの、俺一人の力では至れなかった“魔法”に、ドラゴンの力を借りて、それが使えるようになったってことか?

 さっきの“ぐわんぐわん”で? まじで?


「今、俺の頭の中に表示されている文字列は何なんだ?」

「それはお主の持つ“容量”の中に『保存』されている情報の一覧じゃ」

「すまん、俺に分かるように説明してくれ……」

「ふむ、人間の言語で説明するのはちと難しいのう……

 まあ、実際に試してみるのがよかろう?」

「試す? 何をだ?」

「では、まず保存されている情報に意識を傾けてみるのじゃ」


 ん?

 この文字列を見ればいいのか。

 俺は言われた通りに頭の中に意識を向ける。

 

 ………

 ……

 …


########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094


《Temporaryフォルダ》


1. 錆びたナイフ

2. Logicoolマウス

3. Xperia z4 compact

4. どきどきメモリアル4


########################


 よく見てみると“テンポラリーフォルダ”という場所に、俺が元の世界で愛用していたマウスや使っていたスマホの機種が表示されている。

 一番下は……俺が青春を捧げたといっても過言ではない“どきメモ4”じゃねえか!

 一体なんだなんだこれは……?


「テンポラリーフォルダにあるのは、お主が生活でよく使っていたものじゃろうな。

 おそらく、物体の構造を把握できるほどに使い込んでいたものが一時的に保存されているのじゃろう」

「さっきから言っていることがいまいちよく分からんのだが……

 っていうか、お前にも見えているのかこれ?」

「うむ、今はお主の脳にアクセスしとるからな」

「……脳にアクセスって、結構えぐいワードだな」


「まあ、物は試しじゃ。

 保存してあるものを『復元』してみろ。

 わらわも実際にこの目で見たことは無いから楽しみにしておったのじゃ」

「復元だと? どうやればいいんだよ」

「そうじゃな。

 とりあえずテンポラリーフォルダの一番上の情報に意識を向けて見ろ」


 言っていることはよく分からんがとりあえずやってみるしかないか……。

 一番上――錆びたナイフか。

 これってもしかして俺が定着魔術の練習に使っていたナイフのことか?


########################


《Temporaryフォルダ》


→ 1. 錆びたナイフ  ピッ


########################



 錆びたナイフが選択された感覚があった。

 ていうか、「ピッ」っていったぞ「ピッ」って。

 ゲームのアイテム選択画面か!


「よし、選べたようじゃな。

では、その情報を読み取り、物体の形を思い出しながら魔力を込めてみるのじゃ」

「思い出すって……。そんなんで魔法が使えるわけが……」


 と言いつつも、俺は錆びたナイフの造形を思い出してみる。

 ……うん、思いだせる。

 俺はここ一か月、あのナイフを寝る時も風呂の時も手放さなかった。

 俺には魔術の才能が無いと分かっていたから、島袋に少しでも追いつこうと努力したつもりだ。

 そのおかげで、グリップの質感、刀身の錆び具合、切っ先の刃こぼれまで手に取るように思い出せる。


 ――錆びたナイフの造形をイメージしながら、俺は媒体となった右腕に魔力を込めた。


 ――ブゥゥン


 右腕に滞りなく魔力が流れ、紋様が現れたのを感じた。


「おお! この紋様はまさに竜の鱗ではないか!

 わらわの因子が色濃く引き継がれておるわ!」


 あの紋様、魚の鱗だと思っていたけど、竜の鱗だったのか……。

 言ったら「魚と一緒にするでない!」とか怒られそうだから口にするのはやめておこう。


 ――ブゥゥゥン


 ――構成材質、物体の腐朽度、果ては使い込まれた年月まで、様々な情報が頭の中を駆け巡った。

 幾本かに分岐していた魔力の線の流れが手のひらに集中し、やがて一つの点として結ばれた――そしてそれは、ズシリとした感触となって手のひらの上に顕現された。


「ほう……これは……。

 クク……全く末恐ろしい力じゃな。

 こんなもの、竜の力をもってしても成し得ん神秘の類じゃ。

 わらわは、お主が召喚されたことに合点がいったぞ。」


 右腕にピリっと小さな痛みが走った。

 褒められていたのは分かったが、頭の中が混濁してルミィの言葉はうまく聞き取れなかった。

 魔力を止めると、頭の中の霧が少しずつ晴れていく。


「――もう大丈夫じゃ。

目を開けて手のひらを見てみい」


言われた通り目をそっと開け、手の平の上を見ると――


「まじかよ……できてるじゃねえか」


  そこには“錆びたナイフ”が存在していた。

 ……間違いない。

 これは俺が定着魔術の修行に使っていたナイフそのもの・・・・だ。

 錆び具合から刃の微妙な模様まで寸分たがわず一致している。


「……ルミィがこっそり乗せたとかじゃないよな?」

「そんなことするわけなかろう。

 これこそお主の力『復元』魔法じゃ」

「これが……俺の力……?」


 まだ実感が湧かない。

 ナイフを強くイメージして魔力を込めたら本当にそこにあった。

 それだけの感覚しかない。


「魔法はその者の起源や特性が色濃く反映されるものじゃ。

どうやらお主、生涯で究極の一を極めたもののようじゃな」

「究極を極めただと……?」


 全く心当たりが無いから困る。

 俺が極めたと言えることなんて、どきメモシリーズを全員の好感度をMAXにするためにやりこんだことぐらいだ。

 何度爆弾を爆発させたことか。

 おかげでリアルでの学校生活はおろそかになった。


――パァァン!


「うおっ!?」


 なんだ!?

 

 びっくりしてちびるかと思った。


 どきメモの藤崎詩織の爆弾が爆発したのかと思ったけど違った。

 手の平にあったナイフがいきなり砕け散ったのだ。


――シュー……。


 光の粒をきらきらと散らせながら、そこにあったはずのナイフは煙のように消えていった。

 やがて光も消え、跡形も無く……まるで始めからそこには何も無かったかのように――ナイフは存在ごと消滅した。


「……俺は幻でも見ていたのか?」

「幻ではない。

 まさしくナイフは先ほどまで実在していた。

 それは紛れもない事実じゃ」


「じゃあ何で消えたんだ?」

「“破綻”したのじゃ。

 お主が復元したのは“存在の情報”のみ。

 あの情報の集合体には、この世に留まれるだけのエネルギーが無かったのじゃ。

 ――故に破綻した。

 さっきのは言わば空っぽの箱のようなものじゃからな」


「ええ……。 そんなはりぼて出して何になるって言うんだよ」

「まあ、何にもならんじゃろうな。

 情報のみを復元したところでさして意味は無い」

「っておい、期待させておいてそれか!」


 情報を復元したところですぐに破綻するんじゃ使い道が全然ねえじゃねえか。

 もしかしてこの魔法、何の役にも立たないのでは……?


「たしかにそのままでは何の役にも立たないポンコツ魔法じゃろうな」

「ポンコツだと……すまん、俺帰っていいか?」

「まあまあ、そう早合点するでない。

 ただし、それはあくまでそのままでは・・・・・・という話じゃ。

 お主の魔術特性次第では腐っていた能力やもしれぬがな」

「どういうことだ? 勿体ぶってないで教えてくれよ、ルミィ」

「そのための“定着魔術”というわけじゃ」

「!」


「よいか?

 情報をただ復元するだけでは、すぐに“破綻”してしまう。

 じゃが、復元した情報に中身を吹き込んでやれば話は別じゃ

 どうすればよいか分かるか、楓よ?」


「突飛な話だが、つまり――情報を世界に“定着”させる……?」


「――正解じゃ。

 お主が習得した定着魔術を使えば、魔力を込めた分だけ情報はこの世に定着する」


 そのために、ルミィは俺に定着魔術を覚えておけと言っていたわけか。

 なるほど、話が繋がった。


「“魔力を込めた分だけ定着する”ってことは魔力が切れれば結局“破綻”するってわけだな?」

「鋭いのう。それも正解じゃ。

 魔力の定着には必ず時間制限がある。

 時間が経ち魔力が切れれば、情報は元のはりぼてに戻り“破綻”する」


 そういえば……『物体に永久的に魔力を定着させることは不可能』ってドラペディアさんが言っていたっけ。

 真に完全な存在を復元することはできないってことか。


「ほれ、今度はこれを『保存』して『復元』してみろ」

「なんだこれ?」


 ルミィから手の平サイズの黒い石を渡された。

 見た目は普通の石ころにしか見えないが……。


「その辺に落ちてた石ころじゃ」

「……ってやっぱりただの石ころかよ」

「材質が単純で情報量の少ない物体の方が最初は試しやすいじゃろう。

 それを右手に乗せて、頭の中に姿を強く焼き付けるイメージを思い描くのじゃ」

「ふむふむ、焼き付けるイメージね……」


 言われた通りに石を右手に乗せて凝視してみる。

 黒くて、ところどころに傷がある。

 丸くてざらざらした手触りを感じる。

 うん、普通の石だ。


 ……ん?

 ……おお! 何か石の材質や構造が読み取れるぞ!

 細かな傷がどうやってついたのか、いかにして削られていったのか。

 この石がどのようにして存在していたのかまで手に取るように分かる。

 これが「保存」の力か……?

 

「『保存』が終わったら目を閉じてさっきの保存フォルダDにアクセスしてみるのじゃ」


 保存フォルダDって……俺の脳とリンクしたドラゴンの情報空間のことだろうか……?

 何か俺の脳みそ……ハードディスクみたいな扱いだな。


########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094

2. 石


########################


「あ、“石”ってのが追加されてるぞ」

「それが保存できた証拠じゃ

 それを選択して、今度は魔力を消費し、焼き付けたイメージを思い出すことで『復元』することができる」

「……なるほどな」


 あとはさっきの要領で『復元』し、魔力を『定着』させればいいってことか。

 “石”は情報量が少なくフォルダを圧迫する容量も少ないことが分かる。

 しかしあれは……。


「……なあ、一つ疑問に思ってたんだが一番上の“多次元的復元ポイント”とかいうやつは何だ?

 馬鹿みたいにどでかい容量を食ってる気がするんだが」

「ほうほう、もう容量まで感じ取れるようになってきたか」



 一番上の項目はとにかくどでかい情報量だ。

 全体の容量からすると、石の容量は限りなく0 に近いのに対して、“多次元的復元ポイント”は全体の3分の2ほどを占めている。

 詳しくは分からないが、意識を向けただけで気絶しそうになるほどでかい。

 石の数千倍、いや数万倍はでかい気がする。

 あれを読み取ろうとするのは危険だ。

 感覚的に分かる。

 無理に読み取ろうとすれば……俺の脳みそはおじゃんになるんだろうな。


「それに関しては長くなりそうじゃからおいおい説明してやる。

 ……まあ、説明せずとも理解する日がいずれ来るじゃろうがな

 とにかく、今はその情報を読み取ろうとするのはやめておけとだけ言っておく」

「また説明を保留されるのか……」


 「やめておけ」と言ったルミィの声がやけに真剣だったのが気になる。

 俺の頭の中は一体どうなっちまってるんだ……?

 下手にいじると廃人まっしぐらになりそうな予感がする。

 ひょっとして俺は何かの実験体にされてるんじゃないだろうな?

 どこぞのサイコショッカーみたいにはなりたくないぞ……。


「まあまあ、今はお主自身の力の理解に集中しておけ。

 ほれ、今度は『復元』した石ころに魔力を『定着』させてみろ」

「へいへい」


 こいつの言われるがままになっているのは少し恐怖を感じるが、それでも俺自身、未知の力にワクワクしているのも事実だ。

 俺の中では期待と未知への恐怖が入り乱れている。

 そんな精神に比例しているのかは知らないが、右腕に流れる魔力はやたらと活性化しているのを感じる。



########################


《保存フォルダ ( Dragon: ) 》


1. 多次元的復元ポイント1.78929-40094

2. 石 ←ピッ


########################


 目を閉じ、石を選択するとさっき焼き付けたイメージが、今度は逆流して右腕に流れていくのが分かる。

 存在の情報が右腕と頭の中を行き来している感じだ。

 この感覚にもさっきより慣れてきた。


「おお、先ほどよりも魔力の流れがスムーズじゃな。

 なかなかやるではないか」


 うまく乗せられているような気がするが、まあ褒められて悪い気はしないからいいか。


「よし」


 たしかな感触が手のひらの上にある。

 目を開けると間違いなくさっきの“石”が存在していた。

 しかし、よく見ると……存在感? というのだろうか。

 それが小さい気がする。

 確かにそこにあるのに、どこか存在が希薄で朧気だ。

 ルミィが“空っぽの箱のようなもの”と呼んでいた理由が分かる気がする。


「今じゃ! 破綻する前に即座に定着魔術を使うのじゃ!」

「ああ……!」


 『定着魔術』はナイフでしか練習したことが無かったが、石ころ程度なら今の俺にも出来ると思う。


 ――右腕に魔力を込め、そのまま石のラインを縁取るように流し込んでいく。


――ブゥゥゥン


 青白い光が石を包み込み、やがて光は消え、流した魔力は全て石の中に入り込んだ。

 何回もナイフで練習を繰り返してきたから分かる。

 間違いなく成功した。


「グッドじゃ!

 その石は今世界に定着した!」

「世界に、定着――」


 確かに、石がさっきよりも存在感が増した。

 ズシリとして、重たくて、確かにここにある。

 無機物なのに――まるで命が吹き込まれたみたいだ。


「それがお主本来の力じゃ

まあ、物体の復元なんぞ、そのごく一部でしかないがな」

「これが、俺の力……」 


 石を握る右手に力が入った。


「つまり、お主は……

『保存』、『復元』、『定着』――この3工程の力を使うことによって森羅万象、あらゆる情報を時間制限付きで再現することができる。

それは物体、液体、気体に留まらず、場合によっては目に見えぬ神秘まで……力の範囲は無限に広がる」


 ――思わず生唾を飲み込んだ。

 あらゆる情報の保存と復元――。

 これは……本当に結構凄い能力かもしれない。

 まあ俺の力がと言うよりは、“竜の因子”とやらが凄いんだろうけど。


「お主のこの力は、世界が選んだ『可能性』を持つ力なのじゃ」


 ふむふむ、世界が選んだ可能性ね。

 なんのこっちゃ。


「……ルミィ、お前は回りくどい言い回しが好きなようだな。

それともあれか? 俺が訳が分からず混乱している姿を見るのが楽しいのか?」

「むぅ……すまぬ。

まだ人間の言葉に慣れぬのじゃ、許せ。

というか、人の言葉が不便すぎるのが悪いのじゃ!」

「まあいいけどさ。

 そんで、可能性ってのは何のこった?」

「うむ。そのことについては、前の話の続きをしたいのだがよいか?」

「前の話……? 

 もしかしてリネアリスにいる魔女見習いについてのことか?」

「そうじゃ」

「それは俺としても是非聞きたいと思っていたところだが……

 その前に一ついいか?」

「む? 構わぬぞ」

「少し気になったんだが、何でルミィは俺の持つ力について予め知っていたんだ?

 本人の俺すら知らない未知の力をどうやって知り得た?」


 ルミィは俺の力について、ほとんど知っている様子だった。

 実際に見るのは初めてと言っていたのにおかしな話だ。


「ふむ、それなら答えは簡単じゃ。

 わらわはお主が力を発揮し、無事世界が救われる未来を視たからじゃ」

「え?」

「竜の未来視じゃよ――。

お主はルートγガンマの世界線において、この魔法を駆使して見事に呪いを打ち破った。

そして、リーゼロッテ・グロスハイム、ティアナ・フォン・ブロンヴェルク、ルカ・クラウヴェルの、3人との間に子供を作り、世界を救ったのじゃ」

「3人と子供を作った、だと……?」


 っておい!

 未来の俺無謀すぎるだろ……!

 そんなもんいつ爆弾が大爆発を起こしてもおかしくないぞ……!

 後ろから包丁で刺される覚悟を持っていないとできない芸当だ。

 すげえ勇者だ……。

 我が身ながら感心するぜ。

 ……いや、感心していいんだろうか。

 元の世界の倫理観に照らし合わせれば、中々にクズな諸行だと思うが。


 ていうか、子供の話が衝撃的すぎたせいで世界を救ったとかいう話はどうでもよくなってしまった。


「つまり、未来の俺はこの力を使いこなしていた。

 その未来を視たからルミィはこの力を知っているわけだな?」

「まあ、そういことじゃな。

 もっとも、竜の未来視は断片的な未来しか見えぬから、力の仕組みなんかは分からぬが」


 なるほど、ドラゴンは断片的な未来を見て、そこで知り得た情報をドラペディアに蓄積しているわけか。

 ルートγガンマってのは未来の世界のことかな……?


「なんにせよそれを聞いて安心したぜ」

「安心? 何故じゃ?」

「だって、もう世界が救われる未来ビジョンが見えてるわけだろ?

なら心配する必要はねえじゃねえか。

“世界を救う鍵”か何だか知らねえが、大船に乗ったつもりで任してくれよ」


 世界が救われたということは、ルミィはバオム無事打ち倒すことができたということだろう。

 なら何も心配はいらない。

 未来を視るなんてチート能力があるんだから敵なしだ。


「安心、そうもいかないのじゃ……」


 ところがルミィの反応は俺とは異なっていた。


「お主と一緒にあの小娘が召喚されたことによって、未来は何重にもぶれて見えなくなってしまったのじゃ……」

「あの小娘……?」


 俺と一緒に召喚された小娘……?

 それって、一人しかいないよな?


「もしかして、島袋のことか……?」

「うむ、あやつがこの世界に召喚されたことによって、全ての予定が狂ってしまった」


 ん?

 待てよ、理解できない。

 島袋は完全に無関係な人間だと思っていた。

 何であいつが召喚されたことで予定が狂うんだ?


 そういえば……俺のことを召喚したのはルミィだと言っていたよな。


 ――じゃあ、島袋を召喚したのは誰なんだ?


「……あの小娘は“混沌の魔女”の因子を受け継いでおる」

「……は?」


 混沌の魔女って……まさか。


「島袋春佳――あの小娘はわらわの宿敵、“ロアベーア・バオム”の召喚獣じゃ」

「…………は?」









------


ステータス


 名前:島袋春佳

 種族:人間(女)

 称号:無し

 職業:中級魔術師

 魔術適性:赤

 得意魔術:水撃


 名前:田丸楓

 種族:人間(男)

 称号:無し

 職業:下級魔術師

 魔術適性:黒

 得意魔術:定着


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る