Data4. ドラえもんだよ


「利害が一致? どういうことじゃ?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 ドラゴンルミィに話したところで理解できないだろう。

 そもそも、こいつは俺達の元の世界のことを知らないっぽいし。

 「その三人のことなら漫画で読んだので知ってますよ」なんて言っても「は?」って感じになりそうだ。


「とにかく、俺はその3人に会えばいいんだな?」


 俺が彼女達と出会うことが、何故バオムを倒すことに繋がるのかは分からなかったが、この際そんなことはどうでも良い気分だった。

 こそ俺がこの世界にいる理由だと、頭ではなく体が感じているからだ。

 動物が、産まれた瞬間に自分はどう動けばいいかを理解しているように――俺もこの世界で何をすればいいかが感覚的に分かる。

 なんとなくだけど。

 


「そうじゃ。お主には、なんとしても3人に接触してもらいたい。 じゃが、ちと問題があっての」

「問題?」

「うむ、あの小娘達には、“厄介な呪い”がかけられておるんじゃ……」


 呪い?

 漫画の彼女達にそんな設定無かったと思うが……。

 そう考えていると――


「――おまたせ! いくよ楓!」


 島袋が、大きな紙袋を両手に持って戻ってきていた。

 まるで修学旅行でお土産を買ってきた学生みたいなをしている。


「ぬう…… 大事な話の最中じゃというのに」


 ルミィは目を細め不機嫌そうに言った。


「え? 今なにか言った?」

「いや、俺じゃなくて……ほれ、そこの」


 と、ルミィの方を指差した。

 ――が、既にそこに姿はなかった。


「あれ?」

「そこになにがいるってのよ?」

「何ってドラ……」


「(だめじゃ! その小娘には、見られたくない)」


 ――え?

 耳元でルミィの声がした。

 肩を見てもいない。

 どこにいるんだ?


「(ここじゃ! 服の中を見るのじゃ!)」

 

 言われた通り、襟首の隙間から服の中を見ると、そこにルミィが入っていた。

 いつの間に入りこんだんだ。全く気付かなかったぞ。


「(今は青魔術を使って話しかけておる。お主にしか聞こえておらん。

そこの女にはわらわの事は話さないでくれ!)」


 島袋には見られたくないのか……?

 なんでだろう。


「どら……?」


 島袋が怪訝そうな表情をしている。

 とりあえず誤魔化しておくしかないか。


「ドラ……ドラえもんだよ」

「はあ?」


 何言ってんのこいつみたいな顔をされてしまった。


「ドラえもんがいたら、どこでもドアで元の世界に帰れるかなって」


 自分で言っててもアホかと思った。

 もっとうまい言い訳あったろ俺。


「……あんたそんなアホだったっけ?」


 面と向かって言われてしまった。

 ちくしょう屈辱だ。

 タケコプターがあれば空へ飛んでいきたい気分だ。

 だが、ルミィは「(ナイス言い訳じゃ!)」とほめてくれた。

 


「ほら、アホなこと言ってないでいくわよ、のび太くん!」

「いや、行くってどこにだよ? って誰がのび太だ、ジャイ子」

「私はジャイ子じゃなくてしずかちゃんよ」

「……そんなことはどうでもいいだろ。 どこに行くってんだよ?」

「コルネリウスおじさんのとこ!」


 コルネリウス……?

 あー、確かマジマジョのお助けキャラ的なポジションの爺さんだ。

 確かに、良いアイデアかもしれない。

 俺達はまだ、この街のことをよく知らないし、食事も寝床も無い。

 あのじいさんなら助けてくれる可能性がある。


「でも、あの爺さんって結構偉いんじゃなかったっけ。

 俺達みたいなので会って貰えるのか?」

「行ってみないと分からないわ。でも、そのためにこれを買ってきたの」


 そう言って島袋は大きな紙袋をぐい、と向けてきた。


「なにこれ」

「餞別よ。 一日数量限定の洋菓子。

 コルネリウスおじさんはこのお店のお菓子が好物なの。

 マジマジョファンブックに載っていたわ」


 なるほど。

 ファンブックの情報まで活かすとは……なかなかやるな。

 こいつはこの世界で最強の世渡り上手になるかもしれない。


「ほら、あんたも一つ持って。 か弱い女の子には重いのこれ」

「……か弱い女だと?」

「そこに疑問の余地は無いと思うけど何か?」

「いや、なんでもないです」


 睨まれたので、俺は大人しく紙袋を受け取った。

 こいつ絶対しずかちゃんよりジャイ子寄りだろ。


「てか、これどうやって手に入れたんだ?」


 紙袋はたしかに結構な重さだった。

 しかし、島袋はこの世界のお金を持ってないはずだ。

 なのにどうやってこれだけのものを手に入れたんだろう?

 しかも、数量限定って量には見えないぞ、これ。


「物々交換してもらったの」

「え、何と?」

「スマホ」

「え?」

「スマホよ。写真撮って見せたら凄い興奮してたから、これと交換しましょって言ったら交換してくれたの。

 この魔道具なら金貨5枚は下らないって喜んでたわ」

「お前、まじか……」


 すごいな……こいつ。

 何が凄いって、切り替えてることがだよ。

 スマートフォンには、家族や友達の連絡先だって入っていたはずだ。

 思い出の写真とかも保存していたかもしれない。

 なのにこいつはそれを交換道具にしちまいやがった。


「……いいのか?」

「何が?」

「元の世界に未練とか無いのかってこと」

「そりゃあまあ、あるけどね。

 でも、スマホなんてどうせそのうち充電も切れてガラクタになるわ。

 今の内にこの世界の価値と交換しておこうと思ったの」

「なるほどな。言われてみればたしかに」


 しかし、普通はすぐに切り捨てられるものではないと思う。

 逞しいやつだ。


「それに、今はこの世界を楽しむことだけ考えてるわ!」


 言葉の通り、島袋は元の世界にいた時より、幾分楽しそうな顔をしている。

 俺も少しは見習わないとなと思った。

 たしかにこいつの言う通り、考えてみれば、この世界は未知に溢れていて楽しそうなことばかりだ。


「小さいころさ、私達一緒に七夕に短冊とかかけたりしたじゃない?」

「あー、あったなそんな時代も」


 俺達が一緒に遊んでいた頃だから、少なくとも小学校低学年以下の時だ。


「あの時、私が紙に書いた言葉、覚えてる?」

「いや全然」

「なんで覚えてないのよ」


 不服そうな顔をしていた。

 そんな昔の話をされても困る。

 短冊か……。

 俺はたぶん『世界征服』とか、『かめはめ波うちたい』とかそんな事を書いた気がする。


「まあいいわ、コルネリウスさんのところへ急ぎましょ!」


 ぐい、と腕を引っ張られる。


「あのじいさんが助けてくれなかったら、俺達最悪野宿だな」

「優しいおじさんだもん、助けてくれるわよきっと」


 俺達二人と一匹は、塔の先にある湖のほとりに向かって歩きはじめた。

 すれ違う人皆が、俺達をもの珍しそうな目で見ていた。

 前を歩いている島袋の肩が揺れている。

 よく見るとスキップしているみたいに足取りが軽やかだった。


「おじさんに会ったら食事と、衣服と、寝床を用意してもらうの。

 図々しいけど、これぐらいは許してくれると思うわ。

 それからね、私達にも使かどうか聞いてみるの」

「使える? 何を?」


 聞くと、島袋は「決まってるでしょ」と言いながら振り返った。

 そして、久しく見ていなかったような表情で言った。


「――魔法よ!」


 とびきりのスマイルだった。

 喧嘩ばかりしていたから、忘れていたけど、こいつこんなにかわいかったんだよなあ。


「あ」


 俺は足を止めた。

 ――たった今、ひとつ。

 この笑顔を見て思い出したことがある。


「“魔法少女”、だろ?」


「――え?」

「短冊に書いた夢」


 言うと――

 俺が覚えていたことが意外だったのか、島袋は目を丸くした後はにかんだ。

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