Data3. 利害の一致

「魔晶暦823年、魔術国家ラディースヘンは魔人の軍団によって襲撃される。

 同年、国家滅亡。および魔人による人類大量虐殺が行われる。

 この事件が引き金となり、翌年、魔人と人類の大戦が始まり世界は混沌の海に落ちる。

 それから120年後の魔晶暦932年、魔女ロアベーア・バオムとその配下の魔人たちによって世界は実質的に支配されることになる」


「――え?」


 ――驚いた。

 ドラゴンの声が急に平坦で静かになったことに。

 まるでAIみたいな喋り方だ。


 ちなみに話の内容はまるで意味が分からなかった。


「オッケーグーグル、急に話し方が変わった件について教えてくれ」

「ぐーぐる? なんじゃそれは……? 

 今のはドラペディアと呼ばれるドラゴンの知識の集合体から引き出した情報じゃ。

 わらわが喋ったわけではない」


 ドラペディア……?


「……ひとまず、その名称についてはスルーするが、“引き出した”ってのはどういうことだ?」

「言葉の通りじゃ。わらわ達ドラゴンは同種の間で知識をリンクさせたり、引き継いだりすることができる。

 ドラペディアは、そんな竜たちの知識が一点に交わる集合地点のことじゃな。

 竜族であれば365日いつでも知識を閲覧し引き出すことが可能じゃ。

 故に、竜は古来より人類を導く存在なのじゃ」


 そんなクラウドサービスみたいに脳みその中の知識を共有できるのか。

 便利なもんだな。


「まあ、リンクできるのは一部の知識のみじゃがな。

 わらわ達は人間と違って、情報を共有するのに言語という非効率的で不確実な媒体を介する必要がないというわけじゃ」

 

 いまいちよく分からないが、イルカとかはテレパシーのように超音波で会話するって聞いたことがあるし、そんなもんかと納得しておこう。


「さっきわらわが引き出した情報は、ドラペディアの中でも機密中の機密。竜種のみに開示を許された“未来”の情報じゃ」


「未来だと……? 未来の情報が何故引き出せる」

「――竜は未来を見通すを持っておるのじゃ。

 たとえ未来の情報であれ、それが竜の知識となればその一部は共有され得る」


 まじかおい。

 ちょっと、思考がついていかないぞ。

 さらっととんでもない事言いやがった。

 未来を見るって、そんなチート級の能力を持っていたのかこいつは……。


「それじゃあ、本当に未来が見れるなら、俺の将来の結婚相手でも教えてくれよ」


 俺は冗談めかして、軽く聞いたつもりだった。

 ――しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。


「――そこが問題なんじゃ。 こそお主がこの世界に呼ばれた理由と深く関係してくるのじゃ」


「え?」

「順を追って説明するから、よく聞いておれ。

 お主が無関係では無いからこそ、わらわ達の秘匿を話しておるのじゃからな?」


 ――ここから聞いた話は、俺というちっぽけな存在には背負いきれないほど、膨大で非現実的な話だった。

 

 さっきまでの印象とは打って変わって、ドラゴンの瞳は真剣そのもので――

 その真紅の瞳は、使命を果たすという確固たる意志が熱量を持って燃えているかのように光彩を放っていた。


「『魔術国家ラディースヘン』 それがこの国の名じゃ」


 それは知っていた。

 マジマジョの漫画でも何度か出てきた名詞だ。

 俺はマジマジョについてにわか程度の知識しか持っていないが、それぐらいは覚えている。


 ん? ……ちょっと待てよ。

 さっきラディースヘン滅亡がどうとかって――


「現在は、魔晶暦773年、蒲牢ほろうの14日。

 この日をしかと覚えておくのじゃぞ。

 ――今からちょうど50年後の未来に、この国は滅びることになるのじゃ」


 やはり聞き間違いじゃ無かったみたいだ。

 話が本当だとすれば、そう遠くない未来に、ここは滅ぶのか……。

 

「ちょっと待った、話を遮って悪いが、魔昌暦とか蒲牢ほろうってのは何のことだ?」


 念のため聞いておこうと思った。

 この国に来たばかりの俺にとって、国が滅ぶだとかいう話は正直どうでもいい。

 しかし、何故だか他人事では無いように感じた。

 ――これがもし本当にマジマジョの世界なら、の身も危険かもしれないし。



「《魔昌暦》――魔術水晶を用いて天体の太陽系、および惑星の回転周期を観測し、それをこよみとして当てはめたもの。

 詳しくは《水晶魔術》の《天体観測》を参照。」


 ドラゴンがまたAIのような話し方になった。

 これは多分ドラペディアさんの方だ。



「《蒲牢ほろう》――竜生九子りゅうせいきゅうしの一つ。

 魔昌暦では、月の満ち欠けを贔屓ひき螭吻ちふん蒲牢ほろう狴犴へいかん饕餮とうてつ蚣蝮はか睚眦やず狻猊さんげい椒図じょくとの九つの記号で表す。

詳しくは《竜生九子》を参照。」


 ――なるほど。

 つまり元の世界で言うところのこよみと大した違いは無いみたいだな。


「理解した。続けてくれ」

「うむ。 

……この国は、今から50年の間は、至って平和な国なのじゃ。

水資源は豊富じゃし、食料も充分。王は民からの信頼も厚く、街の商業も盛んじゃ」


「しかし、そんな富んだ国じゃからこそ、標的とされてしまったのじゃ。

――秩序と平和を嫌う混沌の魔女、ロアベーア・バオムにな」


 魔女か……。

 俺の知っている限り、この世界――マジック魔女ルカに登場する魔女たちは、皆 優しくてかわいい女の子たちだったはずだ。

 あのほのぼのとした世界の裏に、国を滅ぼすような魔女がいたとは驚きだ。


 ここは本当にマジマジョの世界なのか――?


「バオムは既に、この国に狙いを定め、着々と準備を進めておる。

 世界中の魔人達を配下に収め、50年後に襲撃をするつもりなのじゃ」


 聞きなれない単語があった。


「ドラペディアさん、魔人とは?」


 俺の頭の中では青文字をクリックするイメージが浮かんでいた。

 魔人という言葉は、漫画の中でも見た記憶が無い。


「《魔人》――人型で体の全身を魔術媒体とする種族の通称。

 魔力、身体能力共に人類を大きく上回る。

 身体の大きさや機能は人類と遜色無いが、少年期から青年期にかけて、頭部に角が生える種族である。

 なお、一部の優れた魔人の体には特有の紋様が浮き出ることがある。」


 角が生える種族か。

 日本なら鬼や鬼人と呼ばれているところだろうな。


「オーケー、続けて魔術媒体も頼む」


「《魔術媒体》――マナを取り込み、魔術を発現させるための道具、または器官。

 魔術を発現させるためには、必ず媒体を介する必要がある」


「ふむふむ、マナは?」


「《マナ》――空気中に漂う魔術の源。行使するには魔力を必要とする。

 地形などの環境によってマナの質は変化する。

 魔力以外のもので、その存在を観測することは不可能とされる。

 詳しくは《マナを構成する五大要素》を参照。」


 青文字を見つけたら片っ端からクリックしている気分だ。

 だが、確かめておく必要はある。


「魔力もだ」


「《魔力》――生物の体内に流れるエネルギーとされるが、その実態は未だに判明していない。

 マナを観測、および干渉するための唯一の力。これを有する多くは人型の生物である。

 体内に宿す魔力量には個体差があるが、成長や老化によって増減することがある。

 物体に魔力を宿すことは可能だが、永久的に定着させることは不可能であるとされる。

 詳しくは《魔力保存の法則》を参照。」


 よし。

 どうやら、魔術関連の知識は、俺が漫画で見た内容と大差ないようだ。

 これ以上参照し続けても終わりが見えないし、話の続きを聞こう。


「ありがとうドラペディアさん」

「もうよいのか?」

「ああ。続きを聞かせてくれ」

「ふう。喋り続けたせいで口の中が乾いてきた。

 わらわはどこまで話したかの?」

「バオムとかいう魔女が、この国を狙ってるってところまでだ」

「ああ、そうじゃったな」


「――というわけで、そこでお主をこの世界に召喚したのじゃ」


「いや、どういうわけだよ!」

「うぬ? じゃから、バオムがこの国を狙っておるから、お主を召喚したのじゃ」

「待て待て、前後の話の繋がりが見えないぞ。

何故バオムがこの国を狙っていることが、俺を召喚することに繋がるんだ」

「じゃから、言ったじゃろ。 お主は救世主へ至るまでのの一つなんじゃ」



 ん、ああ、そこであの話が繋がってくるわけか。

 少しだけ話が見えてきた。


「って待てよ?」


 ……召喚?


「――お前が俺をこの世界に召喚したってのか?」

「ああ、そうじゃ。言うのが遅くなってしまったのう」


 俺はひな壇の若手芸人ばりにずっこけたい気分だった。

 このちょっとボケてる感じのドラゴンに、俺は召喚されたのか。


「まあいい。色々聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず、お前の目的は何だ?」


「……魔人から人類を守り、世界を救うことじゃ」


 ドラゴンは、わずかに俺から目を離し上空を見つめながら答えた。

 その赤い瞳は確かな意志を宿しているように見える。

 ――だが


「お前、嘘つくの苦手だろ?」

「な、ななななんじゃと!? わらわがいつ嘘をついたと申すのじゃ!」


 ドラゴンは短い手を精一杯ぶんぶん振っている。

 明らかに動揺していた。

 分かりやすいやつだ。


「世界を救うなんて大義名分があったほうが、俺を扱いやすいとでも思ったか?」

「そ、そんなことは決してないぞよ!」

「ぞよってなんだよ……」


 おそらく、さっきまでの話は真実だろう。

 それはなんとなく分かる。

 しかし、こいつが自分の目的を話したとき、はぐらかされたように感じた。

 嘘は言っていないと思う。

 でも、本心ではないような気がする。

 こいつの目的はきっと別にある。


「なあドラゴンよ」

「な、なんじゃ?」

「俺はさ、ここに召喚されたことに関して後悔はしてない。

 俺なりに目的もある。

 でもな、元の世界にも俺の生活があった。友達がいて家族もいた。

 学校にも居場所があったし、やりたいことだってあったんだぜ?

 確かに、この世界を救うために召喚されたってんなら、ここにいる理由としちゃ悪くねえ。

 ――でもな、俺はお前の本心が知りたい」


 ドラゴンは、噴水の貯水桶――その石造りの枠に、ちょこんと座って俺の話を聞いていた。

 瞳は赤く鋭い。

 でも、こいつは悪い奴ではないと思う。

 出会ったばかりだが、協力してやりたいと思ったし、何故か放っておけないと感じている。

 こいつが俺を召喚した張本人だと言うのなら、召喚した理由ぐらい本心を言って貰いたい。

 そう思っていると、ドラゴンは一呼吸置いてから言葉を漏らした。


「――ロアベーア・バオムを殺したい」


 真紅の双眸の中を、虹が走っているように、殺気の光彩が燃えていた。

 その炎のような色彩とは裏腹に、湖のように深く、自己の生気を危ぶませるほど冷たく――。

 は窓と言う――。

 思うに、竜の生理的な形態が、そのまま瞳に現れているに違いない。

 

「すまぬ。お主の言う通り、わらわは嘘をついておった……。

わらわにとって、この国の人間の命など二の次じゃ。

バオムさえ殺せればそれでよいとさえ思っておる」


 ――つまるところ、こいつの目的は世界を救うことではなく、復讐を果たすことだったのか。


「何でその魔女を殺したいんだ?」


「……わらわの母上は、バオムに殺され、その力を奪われたのじゃ。

 わらわの目の前で、バオムは母上を殺し、その瞳をえぐり取った。

 その時わらわはまだ子供で、ただ泣いていることしかできなかった……」


「その時の雪辱を晴らしたいんだな?」

「うむ……。それに、バオムから、母上の瞳を取り戻すことは、竜族の悲願でもあるのじゃ。

 竜の瞳には強大な魔力が宿る。 バオムはその力を使って魔人を支配しようとしておる」



 なるほど。

 こいつは本心を話してくれたようだ。


「話は分かった。 俺は何をすればいい?」

「……お主は、目的がわらわの復讐と知っても、協力してくれるというのか?」

「まあな。 俺にできることなんて全然無いと思うけど、協力するよ」

「そうか……。 お主はいい奴じゃな」


 バオムを殺せば、結果的にこの国の人間も救われる。

 俺にとっては、こいつが本心を話してくれれば、それだけで十分だった。


「では、お主にやってもらいたい事を説明しよう」

「ほいきた」


「――リネアリス魔法学院の生徒に、3人の魔女見習いがおるんじゃ」

「リネアリス……?」


 その名を聞いて、すぐに俺の頭の中にも3人の魔女見習いが思い浮かんだ。

 俺はと思いつつも、黙って続きを待った。


「リーゼロッテ・グロスハイム

 ティアナ・フォン・ブロンヴェルク

 そして――ルカ・クラウヴェル」


「――お主には、この3人のいずれかと接触し、関係を持ってもらいたい」


 告げられた3人の名前は、まさにそのだった。


 ――俺はこの時、自分がこの世界に呼ばれた本当の意味を理解した。

 バラバラになっていた歯車が、がっしりと噛み合って動き出すような感覚があった。


 リーゼロッテ、ティアナ、ルカ。

 それは――マジック魔女ルカの主人公3人の名と、全て一致していたのだ。


「クックック……!」


 俺はこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。

 どうやら、神は俺の野望を叶えてくれる気になったらしい。


「話は簡単なことだったようだ」


 俺は腕を組み仁王立ちしながら言った。

 これが本当に漫画だったらゴゴゴゴと背後に文字がでているところだろう。

 演出頼んだぞ神よ。


「お主、なんか急に雰囲気が変わりおったな……。」

「クク……そういえば、まだお前の名前を聞いて無かったな」


 俺はドラゴンに尋ねた。

 そしたら、ドラゴンは待ってましたとばかりに、ぴょんと反り返って答えた。


「わらわの名はルミナシオン・ヴィーヴル。 長いからルミィちゃんと呼ぶがいいのじゃ!」


「そうか――では安心しろルミィ。

 俺はお前と協力する理由ができた。

 俺とお前の利害は、始めから一致していたんだ」



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