Data2. ドラゴンのお腹はぷにぷにしている
大亀の噴水前――
「まず、衣服と住居をどうするかが問題だわ。私達を手助けしてくれる人を探さなきゃ――」
「――あの塔の先……湖のほとりに行けばコルネリウスおじさんがいるはずよね。でも得体の知れない私達を視てくれる可能性は低い……となると、何か餞別が必要だわ――」
「――そうね、この世界に来れたってことは、私達にも使えるかもしれないし――」
島袋は先ほどからブツブツと独り言を放っている。
俺にも十分聞こえる声量ではあるが、返事を待たずに勝手に自己完結しているところを見るに、俺のレスポンスは一切必要ないようだ。
「そっか! あれを持っていけばいいんだわ!!」
――かと思っていると突然このように叫んだりもする。
はたから見ていると、ただの情緒不安定な人だな……。
まあ、俺には、こいつが
なにせ島袋は小学生の頃からの『マジマジョ』ファンなのだ。
かつて夢見た憧れの街並みを見て、じわじわとボルテージが上がってきた――そんなところだろう。
すなわち、今の彼女の状態は最高にハイってやつだ。
普通は最初に驚いて、徐々に落ち着きを取り戻していくものだと思うが、こいつの場合は状況を飲み込むにつれテンションが高くなってきている。
まるでアッパー系のブツを入れたジャンキーみたいだ。(この表現は適切ではない可能性があります)
「ちょっとここで待ってて! すぐ戻るから!」
「え? ちょ、おい待っ」
「て」という間もなく、島袋は迷いなく東の方向へ走っていった。
これが漫画だったら、ドドドドと効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで。
……あいつあんなにパワフルな奴だったか?
学校でのあいつはもう少し大人しい印象だったのだが。
それに、大丈夫かなーあれ。
普通の人間なら、すぐに迷いそうな場所なのに、あいつは何の迷いもなく街中へ突っ走っていった。
未知の街だというのに逞しいやつだ。
いやでも……確か、マジマジョの原作コミックスの挿絵に、この世界のマップが詳細に載っていたことがあったな。
オタクの領域にいるあいつのことだ。
マップの全容が頭に入っていてもおかしくはないか。
「ん?」
なんか、急に首まわりに違和感を覚えた。
むずむずする。
かゆいぞ。
かゆ……う
「やれやれ、ようやくいったか小娘め」
「う……うわああああああ!」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
せっかく首がかゆかったので、バイオハザードごっこでもしようとしていた矢先、
俺の制服の襟首の隙間から、もぞっと、黒い物体がでてきたのだ。
「なんじゃうるさいのう」
「――トカゲだ! トカゲが喋った!!」
「誰がトカゲじゃ、失礼じゃな!」
襟首の隙間から黒いトカゲがはい出てきて、俺の右肩にもぞもぞと移動している。
どういうこったこれは……?
「なんでトカゲが喋れるんだ……?」
「たわけもの! わらわをトカゲなどという下等な生き物と一緒にするな!」
「分かった……トカゲじゃなくてカナヘビだ!」
「そうじゃそうじゃ。わらわは害虫を食べる良い生き物だから可愛がるんじゃぞ……って違うわい!」
「うわ、こいつトカゲなのにノリツッコミまでしたぞ!」
「お主……わらわを馬鹿にしておるようじゃな?」
くい、とトカゲの頭が俺の顔の方を向いた。
「!」
――目が合うと同時にぞくりと背筋に悪寒が走った。
全身が総毛立つような、底なしに深く鋭い真紅の瞳。
俺の手のひらサイズしかない、極めて小さな生物だというのに――
飲みこまれる――。
目を見ただけで、そんな感情に支配された。
「ごくり――」
「ごくりって、口で言う阿呆がおるとは驚きじゃな」
そんな怖いトカゲさんだけどしっかりとツッコんでくれた。
打てば響くとはこういうことか。
「何者なんだ、お前」
「わらわはドラゴンじゃ」
「は?」
端的に、簡潔に、何の迷いもなく、トカゲは自分の事をドラゴンだと言った。
「お前がドラゴンだと?」
「うむ、そうじゃが?」
トカゲはえっへんと後ろ足で体を支えて反り返った。
「お前がドラゴンなら俺は巨人ティターンってところだな」
「なに! お主、巨人じゃったのか!?」
「いや違うが。 縮尺的にさ、物の例えだ」
「なんじゃ、違うのか。危うく騙されるところじゃった」
「……」
うーむ、俺の高度な推測によるとこいつは割と馬鹿系な気がするぞ。
嘘をついている様には見えない。
こいつがドラゴンということは俄かに信じがたい話だが、それなら先ほど感じた悪寒にも、妙に納得がいく。
こいつの目つきはそこらの
間違いなくカタギの目つきじゃねえんだ。
思わず俺っち、ぶるっちまうところだったぜ。
「そんで、ドラゴンさんがなんで俺の服の中から出てくるわけ?」
「ひとえにお主を救世主へと導くためじゃな」
「はい?」
こいつは何を言っているのだろうか?
俺の聞き間違いでなければ、こいつは今『救世主』と言ったか……?
「ふぅ――」
俺はやれやれと海外映画のコメディアンばりに大げさに肩をすくめてみせた。
同時に大きな溜息もついた。
やはり、異なる種族間でまともな対話など成立しないということか。
俺は人間で、相手は自称ドラゴンのトカゲ――俺達は分かりあえない存在なのだ。
「そのジェスチャーが何を意味するのかは分からぬが、なんだか無性に腹が立つな」
ぺちぺち
トカゲは俺の頬に向かって尻尾をぶんぶん振って攻撃してくる。
――はは、痛くも痒くもない。
むしろ、気持ちいいくらいだ。
「とりあえず、お前は森の故郷へ帰りな。 俺は今起きたこと全部忘れるから」
「忘れるじゃと? 人間はそう簡単に物事を忘れる生き物ではないぞ。
それにわらわの故郷は天空じゃ……ってわわ! 何をするのじゃ!」
俺の肩の上で、トカゲが偉そうに話し始めたので――
そいつの尻尾を掴んでぶらぶらと揺らした。
「お、お主、やめぬか!」
「ハハハ、これが人間と爬虫類の実力差だ!」
俺はどこぞの小物悪役みたいに高笑いした。
トカゲはわしゃわしゃと短い手足を動かしてもがいている。
ちょっとかわいい。
「ええい、やめいと言っておろうに!」
ボッ!
「うおあぁ!?」
――一瞬、何が起きたか分からなかった。
顔が熱いと思った瞬間に、視界が赤一面に染まった。
――火が噴いたのだ。
俺の視界を、紅蓮の炎が1立方メートルほどの大きさで覆った。
気づくと、前髪の先っちょがチリチリと音を立てて焦げていた。
「おま、そんな隠し技聞いてねえぞ!」
「フン! わらわを侮るから痛い目を見るのじゃ小僧」
「――!」
いつの間にか地面にいたトカゲが、俺を射竦めんと睨んでいた。
ん?
そいつの体をよく見ると尻尾が無い。
そして、右手を見ると、残された尻尾だけがぶらぶらと揺れていた。
「秘儀――変わり身の術じゃ!」
「いや、ただのトカゲの尻尾切りだr」
ボッ!と再び炎の柱が上がる。
「あっつ! 待て待て、分かった。認めよう。
サイズは小さいが、本当にお前はドラゴンのようだな」
「当たり前じゃ! ようやく理解したか阿呆め」
俺が
――少なくとも、ただのトカゲがこんな炎を噴けるはずがない。
小さくて、火を噴いて、喋るトカゲ……みたいなドラゴンか。
マジマジョの世界でもこんな生き物出てこなかったぞ?
「ドラゴンって種族は皆お前みたいにちっこいのか?」
「さっきから無礼な奴じゃなお主は……。
わらわのこれは魔力節約のための仮の姿じゃ」
「魔力!」
「む、なんじゃ急に大声出して」
そんなワクワクするワードを聞かされては、俺の忘れかけた厨二心も蘇ってくる。
魔法が使えるとなると、やはりここはマジマジョの世界だ
ようやくファンタジーっぽくなってきたな。
「すまん、ちょっと突発的にテンションが上がった。 仮の姿ってことは真の姿があるってことだよな?」
「そうじゃな。 わらわは偉大なドラゴンじゃからな。
真の姿はとてもかっちょいいのじゃ」
かっちょいい……?
「それはもしかして戦闘力が53万から1億2000万に跳ね上がったりするのか?
変身は第何形態まであるんだ?」
俺は捲くし立てるように問うた。
「せんとうりょく? まあその数値は何だか知らんが、今より強くなるのは確かじゃな。
わらわの真の姿は二つあるのじゃ」
「ほうほう」
こいつは変身を二つも隠し持っていやがったのか……!
ちくしょう、ちょっと少年心をくすぐるじゃねえか。
「ふーむ……」
俺は改めてドラゴンの
尻尾の先から頭まで、全身を舐めまわすように視線を這わせていく。
ねっとりしたカメラワークを意識するのだ。
「な、なんじゃ、じっと見られると気色悪いのじゃ」
「……」
無視して視姦、もとい観察を続ける。
改めて見ると、実に摩訶不思議だ。
どうやってこの小さな体で、火を噴いたり、言語を発声したりできるのだろうか。
この体積で、あれほど大きな炎を作ることが可能だろうか?
――否。現実では不可能だ。
つまり、ここは現実ではないということか――
「あ」
よく見たら、ドラゴンの背中に小さな翼らしきものが生えている。
「お前、もしかして飛べるのか?」
「この小さき翼では飛べはせぬ。
じゃが、真の姿ならば天空を引き裂くような速さで空を駆けることも可能じゃぞ!」
言いながら、小さな翼をパタパタと動かす。
その姿は、到底ドラゴンとは思えないような愛くるしさがある。
なんか、ますます真の姿とやらが気になってきた。
「ちょっと触ってみてもいいか?」
「うむ? 構わぬぞ」
よし。
許可を頂いたので遠慮なくドラゴンの体に触れることにする。
まずは翼からだ。
「おおー」
ぶにぶにとなんとも言えない感触が指先に伝わる。
これは、何と表現したらいいかな。
固めのグミのような感触だが、ちょっと骨っぽさもある。
ぶにっ、ぶにっ。
「うぬぬ、ちとこしょばゆいのう……」
ドラゴンは、かゆいかゆいと短い手をわしゃわしゃと振っている。
手が短いのは不便だな。
かゆいところもかけないなんて気の毒だ。
――だが俺は気にせず触り続けることにした。
今、俺の好奇心は高ぶっている。
この気持ちは小学校の夏休みに、カブトムシやクワガタを観察して以来だ。
あの時のワクワク感に近いものがある。
よーし、翼はもう満足した。
次は尻尾を触ってみよう。
あれ……? そういえば、尻尾?
「すげえ、新しい尻尾が生えてる!」
「ぬ? まあ尻尾ぐらい生やすも生やさずも自由自在じゃ」
抜けたはずの尻尾が綺麗に生え変わっていた。
そんなもんなのか尻尾って。
……まあいいか。
触れてみると、こっちもぶにぶにとした感触だった。
翼と違って骨っぽさは少なく、ムチみたいにしなやかだ。
ぶにぶにするのは飽きたので、今度はさすりさすりと撫でてみる。
「ぬぅ……お、お主、いやらしい触り方をするでない!」
怒られてしまった。
撫でただけのつもりだったが、そんなにいやらしい触り方だったか?
さて、最後にお腹も触ってみるか。
実は一番触りたいと思っていたのがお腹だ。
背中の黒さとは相反して、お腹は白くて柔らかそうだから。
今度は怒られないように、そっと手を伸ばす。
――ぷにぷに。
お?
――ぷにぷにぷに。
おおお!?
「うおおおおお、こ、これは!!」
これは触ってて心地よい感触だ!
猫の肉球のような、いやそれより柔らかくて手触りが良い。
赤子の頬のような、いやそれよりすこし弾力がある。
なんとも言えないこの感触!
ずっと触っていられるぞこれ!
ぷにぷにぷにぷに。
俺はドラゴンのお腹を触り続ける。
「ひゃん」
ん?
なんか今妙に艶っぽい声が出たような気がする。
気のせいかな?
確か……この辺を触ったときだな。
もう一度触ってみよう。
――さすさすぷにぷに。
「ひゃあっ!」
やっぱりだ。
お腹の下の方をぷにぷにするとこいつ変な声だすぞ。
なんか妙な背徳感がでてきた。
む?
なんだろうこのこみ上げてくる、熱くなる感じは。
――ふむ。
そういえば、そういえばだが、こいつの性別ってどっちなんだろう?
声の感じからすると、少女のような高い声のような気もするけど、少年の声だとしても違和感は少ない。
喋り方は老獪な感じで判別付きにくいし、まだちょっとどっちか分からないな。
――よし、こうなったら
俺はお腹をぷにぷにしつつ、すーっとスライドさせて
「も、もうやめじゃ! それ以上は駄目なのじゃ!!」
ボゥ!
と、またも俺の眼前に火柱が走った。
さっきより火力は低かったように見えた。
それに妙に息が上がっていた。
燃料が減ってきたのかな。
いやあ、しかしドラゴンのお腹は触ってて飽きない感触だった。
また隙があれば触ってみよう。
「とにかく、わらわの体をいじくって分かったじゃろ! わらわはトカゲやカナヘビなどという生物とは違うのじゃ!」
「ああ、確かに理解した。 もうお前の言っていることを信じよう」
――こいつがドラゴンであるということが真実となると、いよいよ先ほど言った言葉にも、信ぴょう性が出てくる。
救世主――。
妙に耳障りの良い言葉だ。
こいつと俺の間で言葉の意味が食い違ってないのなら――
俺はもしかして、少年漫画の主人公よろしく、この世界を救うヒーローになれるのだろうか。
世界を救うために、この世界に召喚された……とか?
確か……昔ヨシヒコに借りたギャルゲーに、そんな設定の作品もあった気がする。
……ふむ、悪くないな。
ちょっとテンション上がってきたかも。
「さっきの話に戻るが、お前は俺のことを救世主と言ったのか?」
「うむ、言った」
肯定された。
が、返事が軽すぎて全く真に迫っている感じがない。
「お前は言葉が短いな。一体全体、それはどういうことだってばよ」
「うーむ……まあ、厳密に言うならば、『救世主』はお主の
「なんだと?」
なんだ、俺じゃないのか。
テンションあげて損した。
まあいいか。
正直、救世主なんて柄では無かったしな。
俺はむしろ――。
いや、これもいいや。
それより今、世継ぎ?とか、鍵?とか言っていたのが気になる。
「今のところ、俺はお前の言葉を全く理解できていない。
魔力とか、世継ぎとか、鍵とか、ちんぷんかんぷんだ。
できれば、人間の俺にも分かりやすく、順を追って説明してくれると助かるんだが」
「ふむ、それもそうじゃな……。よかろう。
人類に知恵を授けるのはわれらドラゴンの役目じゃ」
「――よいか。心して聞くのじゃぞ、人間よ。
わらわが今から話すのは、この国……いや、この世界の根幹を揺るがしかねない重大なことがらじゃ」
おほん、と可愛い咳払いをしてドラゴンは話し始めた。
その話の内容は、酷く荒唐無稽で、信ぴょう性なんて0に等しいものだった。
――しかし、そんなことは俺にとってどうでもよかった。
俺がこの世界に呼ばれた理由、それが分かっただけで――。
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