Data5. 叡王コルネリウス
――湖のほとり
小鳥のさえずりと水のせせらぐ音が心地よく耳に入ってくる。
湖の水面には、周囲の木々の緑色が淡く映り込み、水彩画のような美しさを醸し出していた。
青々と生い茂る木々の中に、一際目を引く大木が一つある。
驚くことに、その大木は巨大な建物と一体化していた。
ファンタジーゲームの世界だったらエルフ族が住処にしてそうな場所だ。
じいさんがここに住むのも納得できる。
ここなら老い先短い余生を、自然に囲まれながらのんびり過ごせそうだし。
「あれ見て」
「ん?」
島袋が指さした上方を見てみると、大木の枝には、白い布のようなものが取り付けられていた。
「――パンツだ。」
よく見ると、白いブリーフパンツが干されていた。
男ものであったことが惜しい。
さらにパンツの横には衣服やシーツらしきものも干されている。
――つまりあれは、洗濯ものが干してあるだけだ。
……なんか妙に生活感を感じてしまうな。
ファンタジー感が一気に薄れたぞ。
「いや、そっちじゃなくて」
その近くを見ると、ロープが垂れていて、その先を目で追っていくと、太い枝の先に滑車が取り付けられていた。
そして、滑車の近くにはロープを引く人がいて、そのまま俺と目が会った。
「こんにちはー!」
島袋が手を振ると、そこにいた人ははしごを使って下りてきてくれた。
「見慣れない恰好ですね? 異国の方が何か御用でしょうか?」
男は灰色のローブを身に
腰には杖のような物もつけている。
近くで見るといかにも魔術師然とした恰好だ。
そしてそれを見る島袋の目もいかにも嬉しそうだった。
「コルネリウスさんはいるかしら?」
「
……アポイントなんて言葉をこの世界でも聞くとは思わなかった。
マネージャーかなんかかこの人。
「ないわ」
「そうですか。 では残念ですがお引き取りください」
ぴしゃりと拒否されてしまった。
まるで異論の余地は無いというような態度で。
「そこをどうかお願いします。 私達、今とても困った状況なの。
話だけでもさせてもらえませんか?」
島袋は食い下がった。
だが、
「すみません。どうかお引き取りください。
ときどき、
あなた方が、そのような輩には思えませんが、私も叡王様から『見知らぬ者は入れるな』と言付かっておりますので」
「……むー」
こう丁寧に断られては、ねばりようが無い。
島袋もそう思ったのか、二の句が出てこなかった。
ていうか、あのじいさん命を狙われるような身分なのか……。
『ほっほっほ、よいぞ。 入れておやりなさいヘンリックよ』
――いきなり天から声が聞こえた。
俺と島袋は同時に体をびくりと震わせた。
「叡王様!? ……よいのですか? この者達は見るからに異国の人間ですが」
『そやつらはよい。 ヘンリック、荷物を持ってやりなさい。
わしの部屋まで連れてくるのじゃ』
「……はい、分かりました」
会話してるってことは、こっちの声も聞こえているのか。
すげえな。どこにいるんだあの爺さん。
そういえば、さっきルミィも同じような力を使っていたっけ。
「先ほどは失礼しました。では、どうぞこちらへ。 荷物は私が預かりますので」
「……いいの? なんかよく分からないけど助かったわ」
というわけで、本当によく分からないまま、俺達はコルネリウスじいさんの家に招き入れて貰った。
---
街で見た大半は石造りの建物だったが、コルネリウスの住処はログハウスのような完全木造住宅だった。
というか、最早木と一体化してるんだけど。
中に入っても壁や床に綺麗な木目が入っていて非常に温かみがある。
さらに、広間は吹き抜けになっていて、中には虫や小鳥たちが至るところに住み着いていた。
まさに、自然と一体化している家だ。
「叡王様、連れてまいりました」
部屋に入ると、白髪の長い顎鬚を生やしたじいさんが、ログチェアに座ってくつろいでいた。
その横では女中と思われる人物が、カップに紅茶をそそいでいるところだった。
「よくきたのう、異国のものたちよ」
――まさに、漫画で見た通りのじいさんだ。
なんというか、感動したと同時に激しい違和感だ。
二次元の存在が、こうして目の前で三次元になって現れるなんて想像できるだろうか。
飛び出す絵本なんかとは訳が違う。
この世界に来てから驚きっぱなしだ。
「キャー! 本物―!コルネリウスおじさんだーー!」
横にいた島袋は予想通りテンションが上がっていた。
「ほっほっほ。 お嬢さん、わしのファンじゃったのか」
じいさんは嬉しそうに目をほそめていた。
厳密にいえばファンとは違うけどな。
「おじさん、あご髭触ってもいい?」
初対面でいきなり何言ってるんだこいつは……?
何で見知らぬ人間にあご髭を触らせてくれると思うんだ。
「うむ、かまわぬぞ」
かまわんのかい。
俺は内心でむなしくツッコんだ。
「キャー! あご髭―! 白いあご鬚すごーい!」
「ほほ、元気な嬢さんじゃ」
島袋は爺さんの顎髭をフサフサと触っていた。
さらに引っ張ったり伸ばしたりもしている。
それを見て女中の女が止めようとしていた。
シュールな絵面だ。
ていうかちょっとは怒れよじいさん。
「あ、そうだ! これ、お土産に持ってきました。よかったら食べてください」
「むむ!? これは……モーリッツ菓子店のアップルパイか? しかもなんじゃこの量は、たまげたわい!」
じいさんは袋の中を見て驚いていた。
しかし、反応がわざとらしいように見えるのは気のせいだろうか。
「あの、私達食事も寝るところもなくて困ってるんです。
こんなもので図々しいかもしれないけど、今夜だけでもここに泊めてもらえませんか?」
島袋は上目遣いでじいさんに懇願している。
おじいちゃんにお小遣いをねだる孫みたいだ……。
「ほうほう、泊まるところが無いと……そりゃ大変じゃな。
うーむ、しかし、ワシも偉い立場じゃし、どうしよっかなー」
じいさんは頭の後ろで手を組み、ログチェアをゆらゆら揺らしながら考える素振りをしている。
その仕草は茶目っ気たっぷりだ。
「よし、分かったぞい。 よかろう! お主たちはここに泊まっていきなさい!
美味しい食事も出そう!」
「え、いいの? わーい! ありがと、おじさん大好き!」
島袋はじいさんに抱擁している。
……なんだろうこの感じ。
さっきから反応がわざとらしいぞ、このじいさん。
――まるで俺達が来ることをあらかじめ分かっていたみたいな態度だ。
勘ぐりすぎだろうか。
「(コルネリウスめ、しらじらしい態度をしおって)」
ルミィの声だ。
「ルミィ、起きていたのか」
俺は小声で話しかける。
ずっと声がしなかったから、寝ているのかと思った。
「(いや、寝てたぞ。 じゃが、巨大な魔力を感じて起きたのじゃ)」
「巨大な魔力? このじいさんのことか?」
「うむ。 まあ、この老いぼれは、腐っても
かんい? 何だそれは?
いや、今はまあいい。
「それより、しらじらしい態度ってどういうことだよ?」
「(コルネリウスは、わらわ達が街にいた頃から
ここに来ることも当然把握しておったはずじゃ)」
「なんだと?」
街にいた頃から、見ていた……?
どうやって?
――いや、どうやってもくそもあるか。
さっき遠くから話しかけてきたのも、遠くにいた俺達を監視していたのも、俺達が知らない力――つまり“魔法”を使ったとしか考えられない。
ここはそれが可能な世界なんだ。
「(まあ、この老いぼれが何を考えているかは分からぬが、危険は無いはずじゃ。
そう警戒する必要はない)」
「そうなのか」
良かった。
漫画の中でもいい人そうだったし、できれば敵に回したくないからな。
「ほれ、そこのお主。 何をぶつぶつ言っておるのじゃ?」
じいさんが俺に話かけてきた。
「いや、なんでもない。独り言が趣味なんだ」
「……変わった趣味じゃな! まあよい。それよりせっかく来たんじゃ。
そろそろ自己紹介でもしてくれぬか?」
たしかにそれもそうだな。
同じ屋根の下で一晩共にすることになったんだ。
名前ぐらい知っておきたいところだと思う。
「
俺は一応敬語でぺこりと頭を下げた。
ルミィが「お主、カエデと申すのか」と反応していた。
「
続いて島袋も頭を下げた。
ツインテールがファサっと揺れた。
「ふむ、変わった名じゃな。 じゃあ、ワシも一応紹介させて貰うかのう。
まあ、お主らはワシのファンみたいじゃし? 既に知っておると思うが……」
じいさんは、言いながら足元に置いてあった
それを使って、ログチェアのひじ掛けをコンコンと2回叩いた。
――すると、一瞬視界が真っ黒に染まった。
キャッと島袋の短い悲鳴が聞こえたと思った、次の瞬間――
「わあ!」
「すげえ……」
――目の前に、プラネタリウムのような星の広がりが現れた。
部屋の中、壁一面を星の光がキラキラと輝かせている。
そして星達は、そのまま一か所に向かって急速に集まっていき、最終的にライトアップするように光が集中していった。
照らされたその先には――
「――わしの名は、
茶目っ気たっぷりのじいさんがいた。
――くどいくらい粋な演出だった。
だが、悔しいが、その時俺の肌には粟が生じていた。
感動してしまった。
――何故なら、それは俺達が生まれて初めて見た『魔術』だったからだ。
---
自己紹介を終えた後、俺達は島袋が持ってきたアップルパイを食べた。
それを、じいさんは高齢とは思えんほどバクバク食っていた。
好物というのは本当だったようだ。
しかし、紅茶を入れていた女中の女が
「お医者様から糖分は控えめにと言われていたではありませんか」
と、じいさんに小言を漏らしていた。
「魔法を教えていただけませんか!」
おやつタイムを終え、皆で紅茶をすすっていたところで島袋が言った。
「……」
じいさんはそれを聞いて眉間にしわを寄せた。
さっきまでへらへらとしていたのに『魔法』と聞いた瞬間、その表情が曇った。
やはり、難しいのか……。
聞くところによると、このじいさんはかなり有名な魔術師らしい。
教えを乞うのは無礼なことだったかもしれない。
じいさんは固い表情のまま、重たげに口を開いた。
「いいよ」
「いいのかよ!」
俺は全力でツッコんだ。
じいさんはbとサムズアップしていた。
なんか段々腹立ってきたぞこのじじい。
「正確に言えば、わしが教えられるのは『魔法』ではなく『魔術』じゃがな。
魔法とはちと違うわい」
じいさん
魔法ってのは世界の構造そのものに干渉する力のことを言うらしい。
うん、全然意味が分からなかった。
――というわけで、俺達は魔術を教えてもらうことになった。
使用人たちの間で、「叡王様が弟子を取るなんて何年ぶりだ?」とどよめきが起こっていた。
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