2:パンプキン

 目が覚めると、わたしはベッドの上に横たわっていた。そうだ、わたしは確か……。状況を確認するために、ひとまず身体を起こして周囲を見渡してみる。トラックに撥ねられたはずの身体はどこも痛まない。


「病院……?」


 いや、違う。この世のどこにこんな病院があるんだ。わたしは自分の頬を両手でぱんぱんと軽く叩いて、寝ぼけた頭のスイッチを入れる。

 部屋はだいたい8畳くらいの広さで壁には木製のドアがひとつ、わたしが寝ていたベッド以外にはドアと同じく木でできたテーブルや椅子、本棚などが置かれている。それだけ聞くと普通の洋室みたいだけど、この部屋の様子は明らかに一般的なそれとは異なっている。床は大量の本と絵の具のチューブが散乱していて足の踏み場もなく、家具や壁の一部には様々な色の汚れが着いている。たぶん床に落ちているのと同じ絵の具だろう。

 床を埋め尽くしている大量の本のうちの一冊をわたしは手に取った。表紙にはどこの国のものかもわからない文字でタイトルらしきものが書かれていた。

 

「なんだろ、これ」


 表紙と同じような文字が延々と並ぶページを何の気なしに捲っていると、見開き二ページに渡る大きな挿絵が目に入った。そこには、なにか棒のようなものを持った女の子と、それを取り囲むように顔のない棒人間のようなものが描かれている。

 細い線で描かれた白黒の挿絵はお世辞にも上手と言える物ではなかったけれど、わたしの目は何故かその絵に引き付けられていた。見ているだけで、なんだか心がざわざわするというか、不思議な気分になってくる。

 一体この絵はなんなんだろう?誰が描いたんだろう?どんな道具で、どんな風に?絵の隅々にじっくりと目を通していた、その時。


ぽん。と肩に何かが触れた。


「やァ、目が覚めたんだネ。」

「き、きゃあぁっっ!」


 振り向いたわたしの前に現れたのは、ハロウィンの夜に飾られるカボチャ、ジャック・オ・ランタンそのものだった。強いて違うところを挙げるとしたら、黒いツナギを着た胴体が生えているところくらい。唐突に現れた不審者に驚いたわたしは、思わず悲鳴を上げて後ずさった。


「驚かせちゃったかナ?ごめんヨ?」

「……っ!」


 外国の子供向けアニメに出てくるキャラクターのようにわざとらしく首を傾げながら、不審者は一歩ずつこちらに近づいてくる。大きなカボチャの頭に対してその体はまるで針金細工のように細長く、人間のそれとはかけ離れていた。"それ"の不気味な風貌と異質な状況に恐怖したわたしの身体は思うように動かず、口をぱくつかせて声にもならない悲鳴を上げる事しかできない。


「……非道イことなんかしないっテ。むしろお外で倒れていたキミを介抱までしたんだヨ?感謝して欲しいくらいサ。」

「え?いや、でも、これ、えっ?」


 もし仮にこのカボチャ頭の言っていることが本当だったとして、トラックに撥ねられたわたしを拾ったところまではまぁわかる。でも普通ならそういう時って病院に連れて行くとかするんじゃないの?それに彼の明らかに変な恰好は?なんであれだけの事故に遭ったのにわたしの身体には傷ひとつないの?……考えれば考える程、わけがわからなくなる。


「どうやら混乱しているみたいだネ。まァ、無理もないカ。」


 こちらの顔を覗き込むと、まるで心の内を読み取ったかのようにカボチャ頭はそう呟いた。わたしは彼の素顔を確かめようと三角形にくり抜かれた目を凝視した。けれど、そこにはただ深い暗闇があるのみだった。


「ひぃっ……!」

「いちいち驚きすぎだヨ……。まァいいヤ、今から簡単に説明するネ。ここは一体どこなのカ?そしてキミに何が起きたのかヲ……。」


 そう言うと、彼は腕を天に掲げ、ぱちん、と指を鳴らした。

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