ディプスの黒


「随分高いね……研究所が豆粒みたいだよ。」


風が吹いた階層を超えて、次の階へ行く前に、俺は自分たちでこじ開けた横穴の向こうを眺めていた。今はレイバルさんと、それを呼びに行ったグレープさん待ち。


「ですね、こんな事出来るって、こいつらは何をどうやって再現したんでしょうか?」


一緒に残っているネジュンは、塔の壁を撫でるようにしながらそう言う。こいつらとは、言わずともセルリアンの事を指しているのだろうけれど。


『記憶を積み重ねて再現しているのかもしれませんね。』


「かばんさんの歩いていた旅路を再現していたのが一度目……この二度目が、何の再現なのかまではわからない、けれど……。」


『この塔は、この塔は誰かの記憶なの。わたし達はその記憶の中の存在。あとから迷い込んできた子たちは別として。これは誰かの思い出なの。』なんてことをキツネセルリアンたちに言われたっけか。彼女たちは元は女王の仕業とは言っていたし、本人も火山に何かしらの仕組みを仕組んだことは認めていた。だが、暴走的な状態なのかもしれないことは理解してやれても、果たして女王だけの力で、ここまでできるのか?制御が出来ていないのであれば、他の要因が噛んでいると睨んだ方がよいだろう。


「意志、みたいなものが敵だと思った方がいいかもしれないね。」


「塔仕立てなのも、その意志とやらにお膳立てされてるって事ですか。なーんかそれ、めちゃくちゃムカつきますね。」


『ご都合主義的……というような所でしょうか。たしかに、同意できますが……』


言葉を濁したが、要するところ俺たちがどうにかするしかあるまいという事だろう。二度目三度目になってしまってはいるが、この先の未来を見据えて進むしかない。原因のコアは恐らくこの上……今し方帰ってきた彼らも言うように、また実感もあるように、もうすでにここは二度目の最上階の真下だ。


「ってことでお待たせ。そろそろ行こうか。」


「私たちでぶっ飛ばしちゃおうね!」


グレープさんとレイバルさんの二人も加え四人。

この先どうなるか分からないが……進むしかない。

きっと、なんとでもなるはずだ。



_____________




登り切って、高い高い空の近くに吹く強い風をこの身に受ける。以前訪れた時とは違い、あの化け物の様な雲も、それを出していた者も、居ない。


「もぬけの殻かい?……拍子抜けだね。」


「今まで通りであるなら、何かいるとは思うのですが。」


けれど、やけに静かだ、しんと静まり返ってしまっている。ここには何も無いと言うようで、ただ風が吹くだけ。誰も居ない、空虚、とでも言えばいいのだろうか。景色を見ると、塔の頂上の塀が、ところどころ崩れているように見える。風化ともとれるだろうか……以前来た時に作ってしまった傷か、はたまたしばらく飛んでいた、あのセルリアンのせいなのか。その時は塀まで気にしていなかったが……。


『生体の反応もありませんね。外ですからある程度セルリアンの探知も出来るでしょうけど……塔のものしか、反応していませんね。』


「じゃあ、ほんとに空っぽってワケ?」


グレープさんが言っていたように、拍子抜けって所だ。殺気も気配もない、反応もないとなると、いよいよここからどうしようか。いったん戻るか、ここでもう少し色々と確認するか。いや、迷うよりも前に進めそうな方を選ぶこととしよう。


「もう少しちゃんと調べてみましょうか。俺たちが関わる事で起こるなにかがあるのかもしれないし。」


「手分けしようか。僕は向こうに。レイバルはそっち見てよ。」


「はいはーい。じゃあシキはあっちよろしく。ネジュンはそっちで。」


あっち、と指さされた方角は南側だった。何かあると困るし、皆装甲を纏ってから調査を始めた。


調査……

とは言ったものの、以前訪れた時の塔より、幾分か風化したように思えるだけだった。古びたセルリアンの身体は、溶岩そのもののようになって、そこらの石材と見分けが付かなくなる。ガラス質のような光、透明度は、ほとんどないけれど。


「しかし不思議な塔だったよね?各階層、別々の環境が再現されてて、そこに合うフレンズのようなセルリアンがいる……」


「一回目はかばんちゃんの記憶の再現だってことになりそうでしょ?で~二回目は……誰だったんだろ?」


「ん~、園長さんとか?」


「いいや、おそらくは友絵さんだと思います。ほら、女王に参考にされたという根拠もバッチリありますし。」


「でも、それだとちょっと不思議だよね。ここの最終段、つまり塔の一番上に出てくるのは、それだったら友絵さんか、女王か……少なくとも、誰かしらを再現して待ち構えていそうなもんじゃない?」


グレープさんの言う通り……前例一回分を当てにするのもどうかと思うが、再現というなら、しっかりと再現してきそうなものだ。なら、この記憶は誰のだ?


「……ねえお兄さんたち?僕一個すごい事気付いたかもしれません。」


「?、どうしたの。」


ネジュンが、瓦礫を退かしながら俺たちに声を掛けた。その下にあった物を抱えながら、こちらを向く。


「これ……羽根か?化石の類に見えるけど……」


それを見ると、岩の塊に刻まれた、羽根の跡……恐らく、これもセルリアンの身体の一部ないしだったものなのだろう。俺は最初はそう思った。


「この化石がどうかしたの?」


「変、じゃないですか?だってこれ、周りのとはわけが違います。化石って、死体が地中に埋まって、死体の周囲の土から鉱物の成分が骨に染み込み始めて……時間をかけて骨が石に置き換わっていくんです。そういうものなんです……でも……この化石って、僕知ってます。この羽の感じ、ハトの羽根ですよ、おかしくないですか……?」


「なんでそこまで?……ただ、大昔のハトに近い種類の生物の化石かもしれないじゃないか。」


『失礼、口をはさみますが……サンドスターの反応的に、これは恐らく『リョコウバト』の化石です。』


機械の発言でハッと思考の海から釣り上げられた。

リョコウバト……乱獲によって、20世紀初頭には絶滅した。

けれど彼らの絶滅は20世紀初頭。種の確立に関する詳しい文献を申し訳ないが俺は把握していないものの、化石の条件の「一万年」を満たすとは到底思えない。


「ほら、やっぱり、変ですよ……まるで」


「この石は時間を渡ってる……そういう事?」


塔由来の石ではない、セルリアンの身体で再現したものなんかではないという事だ。何かしらに巻き込まれたか、歪んだかと、そう表現するのがいいだろう。

普通ならこんな事を、はっきりと知覚しないだろう。

だが、出来る理由がある。してしまう理由があった。


「君は……やっぱり……」


その後、つまり目の前のペンギンとヒトのハーフだという彼女の姿を見て、心に浮かんだ一つの親しみを伝えようとした、その時だ。


「うぉっ!?」


がたがた、ゴゴゴ……細かな揺れから、大きなものへと、緩やかに変わっていく。黒色の足元が左右に揺れる実感を得た。


「なになにっ!?地震!?」


「分かりませんが……仕方ないです、一回離れましょう!」


俺とグレープさんで、鋼鉄の翼を展開する。俺はネジュンを、グレープさんはレイバルさんを抱えて、それぞれ塔の肌から離れるように飛んだ。そうしていたらすぐにその揺れを感じたのか、我が姉からの連絡を受けた。




__________________




「何があったの!?」


『分からない、俺もまだ把握できてない……。』


弟の向かった塔の最上階への調査、およびセルリアンの討伐の帰りを今か今かと待ちわびていた所だった。安全に帰ってくると約束を交わした彼が、私の元に帰り、事態の収束を報告してくれるのが望みの全てであったが、やはりというかどうも上手く行かないらしい。そして、その上手く行かなかったことを知るのに、私は全くの苦労を要さなかった。


地震だ。

地面が揺れた、それだけの、はっきりとした感覚。その報告は、瞬く間に私の元へと舞い込んできた。園長さんから、色々なスタッフから、研究員から、フレンズから。キョウシュウを中心として、たしかに大きく揺れたことが観測された。


「みんなは無事?」


『うん。俺たちは揺れを感じてからすぐに塔から離れたから。今は空中にいる。』


「そう、それならいいけど……。」


『[ゴゴっ……!]っ!』


通話越しにでも、音が聞こえた。もう一度大地が揺れて、割れるような大きな音。しかし、大きく揺れは感じなかった。少なくとも、この瞬間は。


____________





ゴゴゴ、その後に響く、みしみしという音。その音の出どころは、今まさに俺が目の前にしている光景からである。姉さんとの通信を繋いだまま、空中で少女を抱えながらその光景を見つめる。


「火山、だよね。この音……!?」


「え、待ってよ!この状態で噴火!?出来るの?」


黒い塔の根元から、足音のように迫るような音が聞こえる。地底から噴き上がってくるこの島のキラメキの放出先を失い、今火山には塔によって栓がされている状態だった。その環境で噴火……考えたくない事ばかり募っていく。



こういう予感とは、

往々にしてよく当たるものだ。



「ッ!?揺れがまたっ……」


『離れて!!!セルリウムの反応が、強くなってる!』


セルリウム、つまるところサンドスター・ロウ。塔は蓋であるだけで、フィルターとして完璧な姿とは言えなかったようだ。この山は今、封じ込めていた黒い厄災を吐き出そうとしている。

俺たちは全速力を出せるだけ出して一度引いた。


「……ネジュンっ、自分で飛べるか?これ、使ってくれ。」


「ハヤブサの……わかりました。ふっ!」


彼女に飛行能力のあるサンドスターを渡し、自力で装甲を纏い飛行してもらう。


見て、待っている事しか出来ない事を永遠のように感じながら、轟音の響く山を見る。既に避難の指示を各面に飛ばしているパークや、それぞれのフレンズたちの声が、地上から遠い空でもつぶつぶと聞こえてくる。ワーカーズの皆は……ジェーンさんは、大丈夫だろうか……。積もる心配事に反比例を見せる、地の果てからの呼び声。溶岩よりもうんとタチの悪いものが、呻いている。


けれど、何もただ待っているだけではない。

聞こえる避難の声の中から、自然の音がする。


『関係者以外立ち入り禁止なのもあって、キョウシュウはある程度避難が進んでいるわ。私も少し距離を置いてる。塔の様子は……相変わらずね……!一通り守護は四神刀と、羽や鱗なんかを持っていた三人の協力で急ピッチだけど終わらせて貰ったから、あとは四神刀でビャッコ様の力を借りましょう!グレープ君も居るでしょう?』


どうやら既に簡易的な結界は作られているようだ、あとは、なにが飛んできても良いように、その壁を強固にするだけ。


「わかった、姉さん。

グレープさん、ビャッコ様。やれますか?」


「わかったよっ。」

「合点。」


俺は腰の刀を抜き放ち、風を繰る薙刀へとした。

この島の蒼穹をぐるりと囲むように、風を起こす。ある程度は、弾けるはずだが。



『……っ、来るわ!』


ドンッ、がッッッ。

地の底で弾けたような音。その音の濁流は、たちまちに。



塔の最上階を、突き破った……。


「構えよっ!」


「はいっ!」


セルリウムの勢いはあまりにも激しかった。フィルターとして生きていない塔はもはやそれを止められず、その内部構造を全て噴出物として吐き出し始めた。


つい先程まで、俺たちが立っていたその足場。

混じっていた化石。歩んできた軌跡、打ち勝った者たち。全てを飲み込み、巻き込み、それは降り注がんとしている。


「止められそうか……!?」


「なんとか!厳しいのは、厳しいですが……!」


黒いヘドロは溶岩のように、筒と化した塔の外壁を滑る。さっきまで床だったのであろう、飛んでくる瓦礫を破壊すれば、たちまちにキラキラと消えた。一応はやはり、セルリアンだということらしい。


暫くその噴出を凌いでいると、噴き出す反応が落ち着いてきた。俺たちに向けて発射されていた訳ではなく、パーク全土に降り注ごうとしていたようだ。彼ら三人やグレープさんもそうだが、四神の結界様様な結果になった。


「さて、どうするか……」


『戦闘自体の準備は出来ていましたが、こうも急に事が進むとは……サンドスターの残量などは問題ありませんから、調査にはいつでも乗り出せますよ。』


そう言うタイプツーの声を聴きながら、真正面に聳えるそれを見る。黒煙を立ち上らせる様は煙突のようだった。太陽の光を幾ばくか隠してしまう程の煙が噴き出ている。


「たぶん、この様子だと塔はもう上る下りるとかそういう次元じゃないよなぁ……」


「……お兄さんたち、僕、いい事思いつきました!この塔を、一番上から入って、すーっとダイビングしましょう!」


「それ、火口に身投げすることにならないかい?」


「でも、あのセルリウムの量、底に何かいるのかもしれないし……。」


「行ってみる価値は、あるかもしれない。」


______________




「じゃあ、ダイビングと行こうか……!」


「はいっ。」


既に整っていた四人の布陣と、助けて下さる神々の四柱、そして刀剣。

皆で一斉に、塔の最上階から大きな穴と化した建造物に飛び込んだ。

しばらく塔の壁が続いていたが、ある程度の辺りからあたりの風景が変わっていった。おそらくは火山の内部だろう。あの噴火で、満たされていたセルリウムのほぼすべてを吐き出したものだと見られる。


「うぇえ、暗いし、深すぎない……?」


「底の底まで一気に到達できるっぽい、レイバル、シキ。それにネジュンも。とりあえず気だけは確かにね!」


暗く暗く長いトンネル。徐々に見えていた壁が離れていく。

四神刀から、光り輝く炎を飛ばして先導させていると、徐々に底らしいものが見えてきた。



見えてきた、時だった。



_______ゴゴっ……


一瞬だった。


音がした。


音がして、深い霧がたちまち視界を覆った。



「ッ!?」


「っ、お_さ___!?」


一瞬、地の底に光る赤い瞳に気付いた後、

俺は意識を手放した。














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