昔を新たにまた繰り返す。
過去の事……ということで僕は、この人に会いに来た。どうにも未来の彼女を見ても、そこまで老いている気がしないんですよね、僕。
「何か用かしら?私以外なら向こうですよ?」
「いえ、他ならぬ貴女に、カコ博士。」
カコ博士、彼女は僕の父の姉だ。彼には埋められる外堀が少ないが、少ないということはつまり、1人が占めるウェイトも大きい。
「私に?」
「えぇ。そうです。……入って、座っても?」
カコ博士はどうぞ、と小さく言ってから立ち上がって、少しだけ端の汚れたケトルを使って僕にお茶を出してくれた。「リネンは飲まないから、私が飲むかお客様にお出しするだけになっちゃうのよ」と、博士はお茶のパックを見つめて言った。カフェを運営しているフレンズ、おそらくはアルパカさんたちの事だとは思うけれど、彼女たちに少し申し訳ないとか、なんとか。
「それで、少し相談がありまして。」
渋ってもしょうがないので、今回は単刀直入に行くことにした。
彼女は少しうなずいて、傍聴モード。
「……僕は、未来からきたんです。多分。」
「えぇ、まぁ……そうでしょうね。」
「もしかして未来人って僕だけじゃなかったりします?」
え、ちょっとくらい驚いたっていいじゃないですかー!?なんでグレープさんもカコ博士も如何にも「あっ、知ってます」みたいな反応なんですか!?何?未来人の流れ着く島なんですか、ここは!?
「いや、未来人は貴女だけよ。まぁ、わかりやすい物的証拠があるというのが大きいわね。例えば…………。ほら、その
「あぁ、まぁ、最後のはそう……おっしゃる通りで。」
「でも、それだけじゃない、未来人でも納得できる根拠があってね。えぇと、ちょっとまってね。…………ねぇ!伊東くん!ちょっといいかしら?」
博士は座っていた自分の椅子から、先ほど用意された「私以外への用事があった場合」という選択肢の先にある。研究員の方々がお仕事をしているエリアに、個人のお名前を放った。
この間の~~(ここが聞き取れなかった!)持って来て?と博士が言うと、表情の明るい感じの、白衣のお兄さんがたたたーっと奥の方へ駆けて行って、多分一回調べる棚を間違えて、もう一つの棚の前で二人くらいの方と一緒に話して、なんだか色々と入っていそうなファイルを持ってきた。何もなくて(当然だけれど)平らな床でつまづいていらしたのがちょっとドジ可愛いなぁ、なんて思ったり。
「【セルリウムタワー(仮)専門研究所第一拠点】略して[セルム塔研]。あの塔のふもとに建てた研究所、貴女も覚えてるでしょ?あそこでやっていた調査が面白いデータを寄こしてくれたの。それがこれと、これ。」
「『地方別のサンドスター濃度グラフ』と『異常な“歪み”を観測した地点マップ』…………。なるほど、で、これがこう、どう関わってくるんです?」
片方は差がわかりやすい棒グラフ。もう片方は地図に
「サンドスターの濃度っていうのは、簡単にいうと『サンドスターが空気中や土壌などの自然空間にどれくらい含まれているか』っていう事。そしてそれは、場所によって違うものなの。と言っても、火山の傍なら濃度が高いとか、島を離れたら減っていくとか、その程度の事なのよ、普通はね。」
「普通は?ヘンテコな所があったような言い方ですね。」
「まぁ概ねその言葉通りね。かなりこう……変なのよ。ある一部分だけね。」
それがコレ、と言いながら、異様に数値の“高い”グラフを博士は指さした。
「わかるかしら?サンドスターの濃度が、通常のパークのよりも、ここだけ60%程プラス差があるの。塔が出る前の、火山の火口付近でも、ほら。こんな感じで、30%位差がある。塔の付近だけなのよ、この異常な数値が観測されているのは。」
数値の事は細かく伝えようが無いので省くけれど、確かに塔の周りで観測したデータ
のグラフだけ、異様な長さをしていた。
「この知識も共有すべきね。サンドスターは空気中に漂った後、地面、草木、動物に吸収される。その流れの中でこのジャパリパークに居る動物の殆どが、体の中にサンドスターを保有することになる。それは、フレンズ化をするかどうかは問わず、ね。そして、光あるところに影もあり。つまり、セルリウムだって___聞き馴染みのある言い方ならサンドスター・ロウ、かしら?セルリアンだってそこには沢山いる。この異常な平均値の超え方なら、正直ビーストが生まれても強大なセルリアンが沢山いても何が起きても、不思議なことではない。」
僕はグラフと考察資料を見つつ頷いた。
セルリアンも進化や適応があるのか、僕の時代では殆ど見ないけれど聞いたことがある、体内にサンドスターを保有している動物にサンドスター・ロウが当たると、まず体内でサンドスター・ロウが増えて、その後、体内をサンドスター・ロウに蝕まれた動物はセルリアンになってしまう。という話。ビーストの産まれる原因も、その異常なサンドスターやサンドスター・ロウの量なのかも。
「これも大事なんだけど……。でも、本題は違うわね、貴女が未来人だって証拠。それは……その濃度が高い場所が発生したという事実よ。」
「異例ではありますよね、それは僕だって見ればわかりますけど。でも、濃度が高いだけで、何かしら起こる物なんです?」
「『時間的時空の歪みが何らかの原因で起こり、その歪みの向こうから今はもう観測されなくなっていた昔のセルリアンや異界の物体が漂着する……。』以前、こういうことがあったのよ。その時の環境、後で調べたんだけど……今回の状況に近い環境が出来てるの。そうね、このマップだと、このあたり。火山の上なんだけど、これが、シキリアン……って呼ばれてる個体が古いセルリアンを呼び出した時の穴。そしてこの、海の上の穴が、異界の白い炎の通り道。そしてほぼ同じものが、塔の上の辺りで観測されている……。私は勝手に“異界口”なんて呼んだりしてるけど。」
「なる、ほど…………。」
「『時を翔ける少女』が塔の上から……まさしくそんなところね。どうかしら、違う?」
少女が、ラベンダーの香りを嗅いでタイムトラベルの力を手に入れる。有名なSF小説で例えて僕に目線を送る彼女に、その通り、と頷かざるを得ない。
「自分でもぼんやりしてたのが答え合わせされた、って感じの眼ね。」
「はい。なんで僕は塔から時間旅行が出来たのか?って事にも、納得できましたね。」
「?どういうことかしら。」
「ほら、あの~……どれだっけ、あぁ。これですこれ。」
僕は地図を博士の方に向けて、さっき話に出た、海の上の穴を示したドットに指さした。
「この穴がある位置。ここ、僕たちの時代では、塔の頂上に当たるんです。」
この位置、この火山に近い海の上の歪みの穴。これがこの時代まで僕を連れて来たんですね。「塔には近づくな」と、僕たちが言われている理由はこれ。何処かに消えて神隠しにあってしまうと言い伝えられているから。前後の記憶を忘れて、皆ぼんやりとしてしまうから。別に死んでしまうとか、帰ってこないわけでは無かったけれど、見た夢を忘れてしまったみたいに、なにかわからないけれどモヤモヤを抱えてしまう。
皆、そうなるらしい。
そして僕も、そうなるのでしょうか?
「未来が今に影響を及ぼす。過去である今が貴女たちの時代を変える事は何となく想像できるけど……いや、さっきも言ったけれど、何が起きてもおかしくなんてないもの、ふしぎだけど、そう考える他無いわね。」
僕たちの時代の塔は、海にまるで突き刺さるように存在しているんです。黒い塊が、どーんと。それの頂上から少し塔の中に入ると、皆が神隠しだと勘違いしていた時間旅行が出来るようになっているみたいです。なんとも不思議な話ではありますがね。時を超える黒船、とでも言えばすこしはそれっぽいでしょうか?ほら、海の上だし。
「貴女、そうなってくると、自分の意志で今に来たの?」
「いえ、最初はただ巻き込まれたってだけでしたね。塔に湧いてしまったセルリアンを倒して、その後、少し見回りのつもりで入ってみたら……という感じで。」
何?冒険心クツクツさせながら入って行っただけだろって?
知りません聞こえません放置でお願いしまーす。
「最初は?何かしら目的が見つかったの?」
「その通りです。貴女の弟さんを、僕の父親を助けるという目標が。」
僕的な本題はこっちだ。
「何も変わらないかもしれない、何も意味がなくて、僕が未来に帰ったら、全部夢になってしまうかもしれない。でも、偶然の奇跡でここに来れたんです。
父を……貴女の弟さんを、『活きさせる』努力……それを、したいと思うんです。」
「生き、させる?」
「どちらかと言えば活かすが近いですね。自分の意志で笑って、ご飯を食べて、泣いて、寝て立って息を吸って吐いて、この世界に活きるように。」
「死ぬの?」
「いいえ。生きてはいるんです。」
「……ええと、どうすれば、いいの?私は?」
「詳しくは……正直。しかし、塔の崩壊が原因かな、と。」
「わかったわ。…………ちょっと急でびっくりしてるけど……ありがとう。教えてくれて。色々と。考えておくわね。何か貴女の助けになりそうな事も、あの子の事も、それに、その。今よりも昔が悪さをしていないかどうかも。」
彼女の目が右往左往している。無理もないと思う。
自分の弟が、そうなるという未来が待っていると知ったら?
「変えて見せましょうね。
貴女も、何も変わらない暗い世界には戻りたくないでしょ?」
きっと、普通ならこんなに前は向けないだろう。
「えぇ。絶対に、僕が。」
応えなくちゃ。
「そうなってくると、リネンが塔で見たって言ってた、ビーストを抱えていたセルリアン?も気になるわね。……シキリアンも気になるし。」
解明をしなくてはならない事が多いが、そのうちのいくつかは仮説が立てられそうだ。僕は出してもらったお茶に口を付けて次の話の準備をしながら、自分で自分の爪先を見つめる博士の姿に、ぼんやりと既視感を覚えていた。
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