アオイ



「はぁ……はぁ……あぁぁあ…?」


「大丈夫ですか?すごくうなされてましたけど…?」


白いシーツが少し湿っていた、首筋がべったりしていてなんとも気持ち悪い。


「あッ!?トビヤ起きたか!?」


黄色い飾り羽を揺らして、駆け寄ってきたのはイワトビペンギンのイワビー、紅い目がキラキラしてて今日も綺麗だ。

…今日?


「おっ…イカ、おはよう。大丈夫か?」


隣の白いベッドの上にはタコがいて、コウテイさんがその隣でリンゴを剥いている。目をやったからか一瞬手を止めこちらに微笑んだ。


「鳶矢さんは二日で…と。やっぱり塔で神様がごちゃごちゃしてるんでしょうねぇ…。」


「二日…?なんの話?ってかここ何処?君誰?」


わからない事が多すぎて、わからないと思った事を全部吐き出した、それを引っ込める為に手渡しで貰ったコップの水を飲んだ。出した後に引っ込めて残ったのは部屋に流れる甘い香り。


「トビヤ、お前は二日も寝てたんだ。タコは昨日で、あと二人、まだ寝てる。」


確かにグレープさんとアコウくんはまだ寝ている。静か、とはお世辞にも言い難く、先程までの俺のようにうなされているようだと皆が言う。

ツラそうな吐息と伸びた首の筋がそこにある。


「なんでも…四神様が貴方達の体に一時的に避難しているそうです。たまたま任された私にはよくわからないんですけどね。専門は蛇ですから。」


そういってから、申し遅れたと名刺をくれた。

白衣のポケットから差し出された、蛇の描かれた小洒落たカードには“遊它 士ゆうた つかさ”とあった。ジャパリパークの飼育員や研究員は自分の専門とする大まかな動物のデザインの名刺や名札を持っているのだということを思い出した。


「トビヤ、リンゴ食べるかい?」


コウテイさんが差し出した白い果肉を一つ貰い噛んでから俺は、さっきの名札を入れようとした。

その時に、ポケットの中身が何も無いことに気が付いた。財布もケータイもすぐそこに置いてあるけれど、一つだけ無いものがある。


「写真、何処やったかな…」


呟いてみたけれど、

記憶が帰ってくることはなさそうだ。

俺は重い体を動かして、

外の空気を吸うことにした。


ドアを開いて。


_________





イカの野郎が外に飛び出していった、

俺もあんな風にあっちへコッチへと動ければ良いのだけれど、もともとそんなに体が強くないので今は安静にしている。


会社には体調不良だと連絡した、

無駄だった。

パークの管轄なのだから当然で、すぐにこのゴタゴタで神様がどうのこうのとバレたし仕方ないと言われた。そもそもいまキョウシュウは関係者以外立ち入り禁止なのだから、俺がここにいちゃマズいのだとか言われた。呼ばれた身なのでとばっちりだ。全く。


「………あぁ…。」


本当はここに居たくない。

空気が重すぎる。さっきイワビーさんが喜びマックスでイカに駆け寄ったその時からここの空気は最高にヘビィだ。ヘドバンしてすべて忘れたいくらいにはメタルなヘビィ。しゃがみ撃ちも出来そうだ。


これは誰のせいでもなくて、言えばセルリアンのせい(だろう)なのだが、イワビーさんが嬉しそうなのを見て、イカの体の動きを見て、そしていまリンゴを食す俺を見てしまっては正気も瘴気だろう。溜息と喘鳴ぜんめいの織りなすブリーズのオーケストラに俺はあえてツラそうに目を閉じて溜息をこぼして天井を見ることくらいしかできない。


アコウ…起きてよ


グレープくん……


その声は聴きたくない、俺はわざとらしく鞄をあさり物音を立てて掻き消した。意味はない、これでもっと腹が立ってもっともっと重すぎる空気に耐えざるをえなくなることなどもう知っている。

写真でも取り出して眺めて寂しがろうとしたが、隣に本物がいるのだし、それに写真がそもそも無かった。耐えざるを得ない。

だがこうするしか無かった。

俺はコウテイさんの顔を見た。

辛そうだった、彼女は。

俺よりずっと広い大陸みたいな心があるから、他人の冬も春も判ってあげられるのだろう。

俺は静かに彼女の手を握った。


俺はこうするしか無かった。

これくらいしか知らなかった。


「ジェーンは…家だったな?」


「…そうよ。」


俺は握り返された手の感覚を覚えながら鞄の中のノートパソコンを引っ張りだして、特段なんの意味もないネットサーフィンを始めた。


遊它さんは部屋のドアをゆっくり閉めた。







_________________



___________



_______








____________








「ゲンブ様…大丈夫ですか?」


俺は金属の瓦礫が溶けて、鍾乳石のようになったこの洞窟で、この部屋で。

なんとか体を起こしたゲンブ様に駆け寄った。


「ふむ…少々体が重いが、大丈夫だ。わしの亀ちゃんと蛇ちゃんもいつも通りと見える。」


彼女の髪に寄り添う蛇と亀がシーッと鳴いた。

ちゃん呼びなんだ、かわいいかよ。


「…おい、顔、赤いがどうした?」


出てた。感想が顔に。

顔の前で手を振りなんでもないとした。


『シキ、なんか照れてるの?』


「なんじゃシキ!我には恍惚のコの字も無かったというのにゲンブには赤面じゃと!?」


「わしが永年極めるべく試行錯誤した、へあーあれんじの結果なり。クジャクに尾っぽの手入れをしろなど言われておったスザクには追い付けぬ美貌なろう。そうよなそなた?」


Q坊はすげぇ的確にぶっ込んでくるし!

ハイって言ったら俺は燃えて死ぬのによくこんなこと言うよねゲンブ様!?

やめろ!やめてください!


「ど、どちらもお綺麗ですよ!」


「じゃったら我は完全に性格が死んでおると言いたいのか!?」


「左様。」


ゲンブ様ァァァ!


「勘弁してください…喧嘩しないで…」


「ハー全くひどい奴らじゃ…しかしまぁ安心せい、これがいつも通りよ。」

「さて、悶着も済んだのだし、わしの能力をそなたに託したり刀剣を以て授けようぞ…さ、そこへ直れ。」


「はぁ……。いえ、…ここに。」


ゲンブ様は、亀と蛇を俺の傍へ向かわせ、

息を吸って吐いた。


「大地よ!

母なる慈愛と父なる猛激を宿せし大地よ!

どうかこの、人の身、人の心が、

風来や水星みずほしの怒り嘆きで削れ

無に帰さぬようお守りたまえ!

我が化身、幾数多の傷を知る亀甲と

幾数多の怒りを知る大蛇により!

この人の子の進む道をお守りたまえ!大地よ!」


地に手を優しくつきながら、

ゆっくり力強い声で語られたその言の葉に対応して、差し出した刀が大地に飲み込まれていった。


「ふふ…久しぶりよ、このような事など。

……さぁ、行ってはくれんか。

 まだまだ、二神は、脱け殻のまま…。

この大剣を振るい、そなたよ、頼めるな?」


「御意。」


ズバッ!

そうやって岩盤を割るように現れた刀は、刀剣の柄が鞘に刺され一体化し、全てを灰燼へ帰せる大刀で、静かに黒く金属のように光って止まない。


ゆっくり動くかと思っていた亀ちゃんと蛇ちゃんは、ふよふよ浮くという想像の斜め上な動きをしつつ聳える大剣を俺に届けた。引っ張ったけれど鞘と柄は別れない、抜けない。


「わしの力は大地と怒り。攻撃の一発や二発では動じぬ硬黒の肉体、燃え散り逝かぬ者共を変化させる大地の力、そして、その肉体に奏でられし傷を叛逆の想いにて反す怒り。」


要約すれば

・すごい防御力

・無機物を他の無機物に変化させられる力

・地形をいじる力

・受けた衝撃を溜めたり跳ね返す力

ということらしい、なんと大層な…。



「次に来るのは恐らくセイリュウの力…波の音が何処からか聞こゆるでな。故に翡翠…!」


ひ…

「ヒスイ…?」


「おぉうと…すまぬシキ、昔にも似たり事があった。その時そなたの如く四神の力を背負うたのは翡翠色の目をした者であったから故に、わしらは翡翠と呼んだのだ。」


「それって、伝承の?」


「うむ、その通りじゃ。数奇な物よのぉ、何百年と経ちこの島が認知される前と後で、暗雲を裂いたとされる勇者たちは殆ど同じ風貌なのじゃから。もしかしたら、生まれ変わりとかやもしれんの?」


このジャパリパークが人々の目に止まり研究が進み今のジャパリパークらしい姿になるうんと前に同じことが起きたらしい。

それが伝承の正体であり、前代の四神刀…

になる前の石板の所有者の話である。


「そなたに託したり刀は元は火山の紺藍の石を加工した硝子石の艶やかなる板であったのだ。堅く結ばれたわしら神々、そしてアニマルガールとそなたら人間の間の絆により奇跡を呼び寄せる共鳴石だ。いまもトワが受け継いでおるあの青白い御守りもこの石で造られたりしものよ。」


紺藍の硝子石、とは黒曜石の事だ。

四神の力が籠ったフィルターを作り出す時に使われた石板もどうもこの系列、いや、その石板がいまは丁度セルリアンによりこの姿、刀に変わったのだというわけである。

それにしても、伝承の中の、俺と瓜二つだという翡翠とか呼ばれている奴は何者なのだろう。その何百年と昔に既に俺たちのように自動で変形する機械を持ったものたちがいたのだろうか。車はおろかまだ電気街灯もないような時代の。

“奇械携えし若人”の奇怪な機械というのはなんなのだろう…


「ん、亀ちゃん、蛇ちゃん。…ほう、この先にまことセイリュウは捕らわれておるのだな?」


話をしてるうちに、階段を探させていたらしい意志を持ち動き回るオトモが戻り、進むべし道を示した。見付けた場所には煌めく金剛石が刺さっており、そして俺たちをナビゲートするように先導する彼らの後にもまたダイヤモンドが現れ、少しして消えていく。


「すごいな…」

「これで消えずに残っておれば大金をボロボロ儲けられるのにのぉ…ゲンブはまさに金剛のようにカタイからの、自分で消すようにしておる。まったく生真面目な奴じゃ。」


神には生真面目であってほしかったけど、

お土産ひとつで態度が変わるらしい神もいるので俺はお賽銭を必ず25円いれることだけ覚えておくことにした。






___________________






「蒸しアツゥ~……」


鬱蒼と茂るという言葉は恐らくここのためにあるのだろう。体にへばりつく衣服はいつもより重い気がする。


ジャングルだ、でもやはり前のとは違う。


「ふぅむジャングルエンか、どうにも水が多いから我は苦手じゃ…相手からすればセイリュウのホームグラウンドともいえる領域じゃのぅ?」


海の時は地形が変わる事によって起こる津波での水の強さを思い知ったが…今回は水そのものだ。

心して挑まねばならない。


朽ちた石柱にからみつくツタ、コケ。

このパークに始めてやってきたときに思ったあの荒廃感が思い起こされるようですこし違う。手付かずのように見えるのだ。もうそこにはなに一つ一人としていなくなったのだろう。

あるいはそう見せているだけか。


「行きます、皆さんはまたここで。」



部屋に入る前のスペースに3人(でいいのかな、二柱と一体なんだけれど)を待機させて向かった。






『よーきたねあんちゃん!待っとったで?』

『邪魔だ、でしゃばりネコ!』

『ねーちゃんにそれはないやろワニ公!』

『ワニ公もダメですよ!』


4体…いや。


『うーん…戦いたくないな…』


えっと…5体か。


「シキリアン、飯の時間だがどうする?」

『もちろん頂きに上がるぞ、さぁー飯だ!』


手分けするほか無いっ!


「俺はワニを相手する。装着っ!」

『それじゃあオレはヒョウ共だな?』



エリア中央を横断する川の向こう側のワニを俺は相手する。イリエワニとメガネカイマンのセルリアンだ、とっとと終わらせたい所。


『ガブガブ行くわよ、スペシャルボディーでノックアウトしてあげるっ』


「そういう訳にもいかないからこっちだって本気さ、いいですかゲンブ様?」

「いつでも行ける…久方ぶりに参ろう!」


俺は、ゆっくりと一歩を前に出した。

泥が飛び散った。

そう、大地たるゲンブに駆け出すなどという行動はできない。しかしそんなものはいらない。


『そぉっら!』


「ふんっ!」


『って何これっ…壁…?』


そう、地面から発生した巨大な壁で敵の攻撃などここに届くことはない。それが例えセイリュウ様の水流が纏わされた閃爪だろうと!


『でもこっちなら!』


そして届いたとしても、

『…えっ?』


「…痛くもなんともないな?」


圧倒的防御力によってほぼ無傷…!


『でもわかった、オマエがそこからほぼ動けないならいつか壊せるさ…!たぁぁぁぁっ!』


殴りたいなら殴ればいい。


俺は動かない。

動こうともしない。

ガキンガキンと装甲が叩かれる音がする。

それと同時に、装甲に走り回るように巡らされている赤いラインが、まるでマグマが煮えていくように段々と光り輝き出す。


“受けた衝撃を溜めたり跳ね返す力”

とはこの事だ、衝撃は、己が力に変わる。


『そなた、なかなか使いこなせるまでが早いではないか、流石の頭脳よ…!』

「お褒めありがとうございます、…行きますよぉッ!?」



『開放ッ」



体の爪先から髄に至るまで、一瞬の熱を感じた。

同時に、凄まじい力が沸いて来たッ!


『なんだそれっ…』

『少し紅くなった程度でなに…』


いいかけた所で斬ってしまった。

悪いね。


一瞬のうちに振るわれた大剣は一瞬のうちに目の前のセルリアンを斬ったのだ。これがこの大地の戦い方だ!


『なっなんやあの化物!?ワニ共を一瞬で斬り捨てやがった!』

『ねーちゃん…あれヤバイで!?』


肩を寄せ合ってブルブルと震えているようだ。

そんなことをされると罪悪感もある。


『やっべぇな…改めてアイツ…俺、あんなのに勝てるわけねぇよなオレもよぉ…戻ろっ』


…あきらめて貰うしかない。

シキリアンも戻ってきたんだ、

このまま斬り捨てるのみ!


『ねえちゃんがどうにかせんと…

 くっ…せゃあああああ!』


「ふんっ!」


縦に大剣を振るった、衝撃と共に巻き起こった砂煙が能力により鉄へ変わり剣と共に敵を切り裂く!

さっきのと合わせて三体!


『剣豪と呼ばれたうちに…か、勝とうなんてむだ…やでぇぇぇ…!』


「斬り捨て御免ッ!」


そして空中で蛇のように体を巻いて横に振って腹を斬る。これで4体ッ…。



着地。土が飛び散った。

体の熱は消えた、同時に体がやはり重くなった。

もとに戻ったのである。




『そ、そんな…みんなが!』


「最後は君だ、ここから先に向かわないと行けないから通してくれると嬉しいんだけれど…」


『親分として…それはできない!仮に強いと歌われた君たち人間が相手だろうと、長の!銀の背シルバーバックゴリラはここを退くわけには行かないんだ!』


「じゃあ、決めるしかないか。」


『うぅ…あぁ!うらああああああああッっ!』


向かって来るなら、斬るしかない。


玄武竪絶横一文字ゲンブりゅうぜつよこいちもんじ…!」


『うぐぅぅぅ……人間は、やっぱり、強いんだな……!』


「そうでもないぞ…」





『なぁ…人間、オマエみたいに強かったらさ…もっとさ…………みんながさ……慕ってくれたかな…』




「………。もう君は人間よりずっと強いよ…」



そう…か…


そういって、

群れの誇りあるリーダーは消えて行った。






_____________







「ふぅ…」

「よぅやった、流石じゃのぅシキ…」


一旦装甲を外してみんなへ駆け寄った。

しかし、安心など出来なかった。




『グルルルルアアァァァ…!』


「ビースト!…なんだと…」



叫んだんだ。

ケモノが…青く若いケモノが…。




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