identity




「この部屋、酷く焼き焦げてますね。」


「そりゃあまぁ我がおった訳じゃし、我を取り込んでおったペアのパンダ…かの?そのセルリアンも暴れておったからな。しっかしまぁあのビーストとかいうやつは強いのぉ?ほぼ一撃じゃったし……何故お主を追ってきたのかはわからんが」


これからはスザク様がついてきてくださるらしい、心強い。

スザク様が捕らえられていた部屋は焼かれた黒い竹林のようで、ただそこの場に、孤独にポツンと子供の遊ぶ遊具が置かれている。


「………………さっさといきましょう。」


「もちろんじゃ、ただ我はあくまでお主が無理矢理せんように見とるだけじゃが。危なくなったら回収して離脱させてやるから安心せい。」


それだけで十分、十分だ。

じゅっぷんじゃないぞ、

十分じゅうぶんだ。



「そういえばお主仲間はどうしたんじゃ?グレープやレイバルはなんだかんだちょいと前から知っておるから心配はいらんぞ?」


「いえ、その心配はしてません。ただ、もし仮に俺が動けない程の重傷を負う事があったとしたら、バトンを彼らに受け渡す必要がある。しっかり考えた作戦あって動いているのでね、に書いてありますよっと。」


「ふん、くだらんギャグじゃ。グレープに変なモン教え込まれとるのう。」


元からですよ。

ってかグレープさんはあなた方が眠らせたんでしょうに…



ところでだ、

さっきスザク様は【ビーストは俺を狙ってきた】みたいな事を言っていたな。


「ホントに俺を狙ってビーストはコッチに来たんでしょうか、手当たり次第ぶん殴り回して悉く破壊するバケモノにしか見えませんでしたが…?」


困ったら訊こうね。


「うーむ、もう少し詳しく言うと【お主のような塔を登って四神を助けようとしているモノ及び四神の力そのもの】がターゲットって所じゃろうか。この部屋が燃え焦げているのは二体でいたせいで仲間割れ的な事しておったからというのもあるし、お主を襲ったセルリアンが恐ろしいスピードで陶器のようなバケモノを作ったのも恐らくはわしの熱の力で固めたからじゃろう。まあ先のアレは勿論土が元々そうだと言えばそうじゃろうがな。

 あとは四刃も関係してそうじゃの。これは元々はちいさな石版だったのじゃが、セルリアンがなんか適当やったらしく武器になったんじゃ。この形に能力を封じ込めておくのがセルリアンにとって都合がいいんじゃろうな、きっと。現にお主が持っていた刀を、我が使うとなった瞬間こっちを狙って来おった。

 まぁ、セルリアンがこれを奪還したところで浄化されるだけなんじゃが。」



とりあえず四刃が石版だったのは納得だ、フィルター機能を続けていれば塔が出来たときセルリアンに喰われててもおかしくない。

セルリアンがこれを取ったところで意味が無いのはあのヒトかばんさんセルリアンがこれを使うときに、溶岩でこれを包み無理矢理に使っていた事からも窺えるだろう。




「ム、潮風…じゃな。この香り。」


塔の無駄にせまいせまい階段を登りながら次の部屋の入り口が見えた瞬間、磯の匂いがした。海の近くで香るあの匂い。これ苦手な人もいるよね、俺は好きだけど。

風で立つ緩やかな波の音が聞こえる、まさに海って感じだ。

そしてその音に紛れて、あまり嬉しくないが話し声が聴こえる。


『…から、ボクはここを登らなきゃならないんだ!』


『でも、あなたがそれをするのは流石に海もご機嫌を損ねちゃうわよ?』

『私たちが怒られちゃうのいやだし~…』



部屋に入ると、まっすぐ正面に伸びた足場とクジラのようなデザインの船が一隻見えた。よく見ればその足場は倒壊した建物の瓦礫が押し固められているようで、オレンジ色した多分屋根のものであろう素材で舗装されてる…のかどうかは知らないけれど歩きやすさはある。

そしてこれはよく見なくてもわかること二つ、話している人影があることともう一つ。

さっきわざわざ足場や船を挙げたのは、


「まさか海まで再現するとはのぅ、セルリアンも面白いことをするもんじゃ。まぁこれは恐らく…」

「セイリュウ様の力を存分に扱える特設ステージ、ってわけですか」


人間が踏める場所がそこ以外ないのだ。




じゃが参った、とスザク様は言った。

一体何が参ったのか。


「お主…五行思想というヤツはわかるか?」



よし、

己の雑学の多さに感謝しよう。

五行思想というのは古代中国で起こった思想の一つで、五個の元素がグルグルと影響しあいながら循環する(行の字はこの循環の意)ことでなんか世界が回ってんだぜっていう考えのこと。

こいつらには、

木(もく) セイリュウ

火(か)  スザク

土(ど)  麒麟

金(ごん) ビャッコ

水(すい) ゲンブ

の五種類とそれに対応している神々があって、それぞれに相性がある。

たとえば木は燃えて火を生むので相手を生み出す[相生そうじょう]の関係にある。同じものの重ね掛けはいいことも悪いことも力が強くなりこれを[比和ひわ]と呼ぶ。

そして察しの良い人はもうわかるだろう、お互いに殺し滅ぼす[相刻そうこく]というものが存在し、それに置いて水に火は負けてしまう。

おっと待てよ?

じゃあセイリュウ様の水じゃない、それに木と火は相性が良いってさっき言ったばかりじゃないか、勝てたのでは?


「それなら苦労せんじゃろう?」

「…というと?」


「この地面をみて何にも思わんか?流石に水流でかき集めた瓦礫とはいえんじゃろう…壊れ方も、まるで地震で壊れたか…という見た目じゃ」


言われてみればそうだ、

押し固めるなんて芸当ができるのも妙なポイントだ。



『流石四神ね、その通りよ!』

『私たちはゲンブの力を持ってるんだ~!』


人影がこちらを向いた。

さっきまでのあの話し声はやっぱりセルリアンだったというわけ、アシカにイルカにあとは…


「おい、そこのちっこいのもお前らの仲間か?」


二体の後ろに、小さな子供位のセルリアンが居た。


『アナタは隠れてなさい…私たちだけよ、相手は』


「そうか、楽で助かる」


「言っておくがお主は不利なんじゃぞ?」

「わかってます。大丈夫です。」





『…いくよ!』

「四刃!」


小太刀、いやあまり反りがないので忍刀とでも形容すべき刀を一気に引き抜く。一々振るったそのあとを追うように火が走っていく。

まずはイルカからだ!


「ふっ!」

『うわっっ痛い!?流石だね~』


攻撃を受けているのにも関わらず楽しそうに切られた所を見て笑っている、気味が悪いったらありゃしない。


「三発だ!」

『なんのなんの~』


『イルカ!準備できたわよ!』


鞘からは火炎弾が発射できる、

相手の足元にボシュウボシュウと打ち込んだけれどジャンプで避けられてしまい、水に潜られてしまった。



「チッ…!」


思わず舌打ちをしてしまった、こうなってしまうともう手出しが出来ない。泳ぐ影も早すぎるし音がないせいで方向の断定も出来ない!

しかしこういう時こそクールに…

頭を冷やさなくては…



『テンパるならこいつをあげよう!』

何ッ!?後ろ!?

『冷水のプレゼントよ!』


「うぉおおおおっ…!?ぶがっ!ごぼぼばぼがぁ!」


闇雲に振るった炎が水を蒸発させたのは最初だけ、大量の海水に飲まれその海水を飲んで俺は造られた海の中にどぼんと落ちた。


「そうか、津波じゃ…!地面が揺れ動いて起こる津波はただの波とは比べモノにならん!水中では我の炎も届かん!!!!」



なんとか目を開けたそこは水の中だ、幸い視界は目元のVRゴーグルみたいな装甲のお陰で保てているがそれ以外は死んでいる。飛べもしないし泳げるわけもなく神の力である炎も水の中ではボコボコ水温を上げるだけで全く役に立たない。


『みょんみょーん!ピンチだね、どんな気分?』

『まぁどうせ喋れないでしょうし、このままさっさと倒す…のはエンターテインメントとして面白くないわね…?』

『あっそうだ、アレやらない?』

『…いいわね。とびっきりに』


この野郎!

とも言えないままの俺を放り出して、二体のセルリアンは高い遊泳能力と内に秘めた能力でどんどんと俺を殺すための地獄を創り上げていく。

隆起していく海底はすり鉢のようになり俺を閉じ込めていく、どうしようもないとあきらめてしまいたくなる渦波がセルリアンが泳ぐ事で発生している…この野郎!


「…!」


波の上で一瞬爆炎が起こった、そしてそのあとすぐに木の根のようなものが水に入ってきたが…


「…!…………………………!」


手を伸ばせば届くような所には降りて来なかった、

波がかっさらい根はちぎれた。









________________





クソっ……………!


スザク自らの爆炎で出来るのはここまでが精一杯であった、ただどんどんと大きくなる渦を黙って見ていなくてはならない。彼女の能力は炎、故に水はシキが大ダメージを食らっているようにまた彼女にとっても相性が最悪であり、仮にどうにか彼を助けたところで五行思想の上であっても不利な相手を下すのは無理がある。


「何か…手立てはないのか!」



『あの…』


そのとき、

声をかけてきたのは、さっき奥に隠れたセルリアンだった。


『あなたたちは、塔の上に行きたくてここにいるの?』


「うるさい…ちょいと静かにしておれ…」


『ボク…塔の上に行きたい。行かなくちゃいけない。気がするんだ。』


「だからどうした!?そんなに行きたいのなら勝手に行けばよかろう!」


『手伝えば…連れてってくれる?』


…冷静さを欠いた彼女に水をかけるような音がした。

セルリアンでありながら同族に反逆してでも目的を達成しようとしている事に驚きを隠せなかった。まるでいつかのどこかのあの子を見ているような気分になった。親玉に背き奇跡を起こした…あの奇跡そのものを固めたような彼女を。


「…本気じゃな?」


目を覗き込み問いた瞬間、少年のようなセルリアンは頷き、ゴゴゴゴゴゴゴと鳴り響く音が近づいてくる中もはや走馬灯さえも走らせる余裕のない底に沈む彼目掛け一直線に触手をのばした。








_________________________






『そろそろ仕上げね!極限まで弱らせていたぶるととっても気分がいいわ…!』

『ほんとほんと!にんげんたちが私たちを見世物にするくせに自分たちは何も苦労しないの見てると腹立っちゃうし、ご褒美とかいらないからやっぱり野生の生活はいいなぁ~。今度間抜けなにんげんが来たらシャチちゃんとか混ぜていまのやりたいなぁ~!』


水流のせいでまともな視界さえなくなり、冷たい水が痛覚だけを鮮明に残したまま酸素のない体が沈んでいく。反響するような悪魔の声が勝機をそして正気をも奪っていく。

もはや抗おうともしなくなりそうな全身、水底に押し付けられた手の甲のディスプレイはエラーを歌っていた。


ゴゴゴゴゴゴゴと鳴り響く音が俺に近づいてくる。

もはや走馬灯さえも走らせる余裕のない俺は………………








「………!?んぐぅううう!むぅ!ゴボボボボッ!」



まるで釣り上げられるように陸上に戻ってきた。



「っハァーっ!?ぁあ!?ハァーッ!?」



「シキ!大丈夫か!?」


「あぁ!?あぁ…あーっ!…オエッ…!」


正直生きた心地が今はしていない。強すぎる水流が脳味噌までかっさらってしまったのかなどと思うほどだ。

ただ流石浄化の炎、全てを1にするというその言葉通り、水を吸った重い俺の服と共に暖められ次第に1へ戻っていく。それは体調も例外でない。


「よかった…!そしてすまん、我にはアレを止められ無かった…」

「いえ、お気になさらず。今はアイツらをぶっ飛ばす事だけ考えましょう!」



『あの子邪魔したよ!敵だよ!』

『全く、もう少しだったのに!』


『ボクはケモノじゃない。だからボクのしたいことをする。ボクにとっての溝を超えるチャンスは今だ』


どうやら俺はこの子供っぽいセルリアンに助けられたらしい。どういう風の吹き回しかは知らんがありがたい。


「俺に味方してくれるのかい?」


『塔の上を見せてくれるならね!』


「約束するさ、その代わりアイツらを止めてくれないか?」


『わかった!』


そう言った少年のセルリアンは背中からビーチボールのような物がひもでくっ付いた棒を出した。


「おいおい…ふざけるなら今ここでお前をぶっ潰す事も出来るんだぞ!」


『ちょっと見てて?それっ!』


『あぁっ!?体が勝手にぃ!?』

『バンドウイルカ!?』


イラついた言葉を飛ばしつつ、

言われた通りに見ていた。

するとなんてこったい少年の投げ込んだボールを追ってイルカがまるで吸い込まれるように空中へ跳び上がった、なるほどこれとさっきのを合わせれば勝てそうだ!


「ふん!」


水を蒸発させながら火球を放つ!

天井にぶつけて…そう、さっき俺を助けようとして生やして頂いたような植物の根を生む!

水を木が浸食していくんだ!

五行の場合、木は水に勝てるからな。


『う、ごかない…!』

『イルカ!今助けるからっ!』


アシカの方も突っ込んで来たが、そちらもしっかりキャッチさせて貰う!


「属性のエレメントは、物体それぞれに宿るって話らしいぞ?奇妙な相性表ムズいポ◯モ◯バトルを理解しないと辛そうだな…


もっとも!

お前らは業炎でゴリ押しされて死ぬが!」


『そ…そんな!』


右の刃と左の鞘、どちらにも炎が宿った。


「行きますよスザク様ッ!」

「うむ!」



両刃を突き立てまるでドリルのように突っ込みそして切り開く!



「朱雀秘奥義!」


「「我鳳天血風翔ラセンザンッ!」」


『『うぎゃあああああっっっ!?』』



停泊している、もう動くことの無さそうな船に降り立ち、爆風を背に受けた。

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