故にカミヒトエ。




窓がゆれる

地面が波をつくる














































「ん……まだ、おひるなんですよ…。いまさら酔ってるんですか?」



「それは貴女だって、ですよ。こんな時間によくもまぁ『昨日の夜ホントはなかよししようっておもってた』なんて言うから。まったく。」


俺は彼女の身に纏っているあの例のペンギンジャージをゆっくりと脱がしながら、昼だというのに雨で暗い世界に甘え俺に甘える彼女の唇を貪る。


昨日は色々と大変で飲めないのに飲んだ酒に呑まれたせいもあり目が覚めた時には姉さんとレイバルさんは塔へ足を伸ばしていた、すやすやと寝てしまったフルルさんはグレープさんがおんぶして帰ったそうだ。

そしてぐだぐだと死にそうな脳みそにへばりついて落ちていかないこの倦怠感とやらは俺たちを布団から動けないようにしている。


故にジェーンさんも俺もぐだぐだとお互いを抱いているのだ。


「それで…どこまでしたいんですか?」


「わたし達の気が済むまで…じゃないですか?」


気付けば夕方になっていそうで怖い。

ただ、今は昼。

夜、彼女のスイッチが入ることは、翌日の寝不足を意味する。

そう考えるとこのタイミングで彼女のボルテージが 底中高 の高に達しているのは好都合ともとれる。


「えんりょしないで?きょうはシキ君が甘えていいんですから」


「えんりょしていたら、あなたのうなじを舌でなぞるような事はしていないと思うのですが?」


「ひゃぅっ!?…そ、そうですね。」


「反撃したいんですか?」


いつも突っかかってくる右手が行く手を見失って、ふあふあと脱力している。


「…頭、撫でて?」


「はい。」

一瞬キラッと顔が光った。

甘えさせるという立場を崩さずにいちゃつけるのだから彼女にとってこれ以上の幸福はないのだろう。

もっとも、彼女のこういうところがいいのだが。


「よしよしよし…お疲れ様です。」


「うぐぐ…」


窒息して死んでしまうのではないかと思うほどに彼女の体、もっとしっかり言うと、胸が圧をかけてくる。

でも、この状況に命の危機は感じなくて、いないのかいなくなったのかどうかしてしまった母親を思い出すほど安心できるものなのだ。

すこし興奮して掻いてしまったであろうじっとりとへばりつく重い香りが脳に響いて仕方なく揺れる。それも含めて「彼女の香り」として興奮の対象にしてしまった俺の脳みそは既に猛毒に侵されているようである。


「…やっぱり、ちょっと恥ずかしいです。」


“いくらあなたが相手だからといえど、適当にそして乱雑に脱がされてしまったのだから恥ずかしいに決まっている”

などというが、今までの動作で俺は彼女を抱き寄せ脱がせ軽くキスしただけである…まぁ結構なアクションだが。

しかしだ。フェロモンをぬるぬると出して寄ってきて抱きしめて胸を押し当ててきた淫乱一歩手前のペンギンアイドルは一体どうなんだという話。まったくよくも恥ずかしげもなくこんな事ができるな大好きだよそういう所。


「むふふ、とろんとろんの笑顔のシキ君は見ててかわいいので大好きです。」


「甘えさせてくれるんでしょ?」


俺は彼女の首のすこし上の普段はヘッドホンに眠っている耳へ、ここまで言い切ってから寄って、それから言った。


「甘えていいんでしょ?ジェーン。」


一瞬彼女の体がぶるぶるっと震えた。

本当に敬語以外に弱い。

言葉だけで骨抜きに出来てしまうのではないかと思うほどだ。


「だ…だめです。耳元、弱いんですよぅ。」


自分の弱点に気づいていないらしいのでまだしばらく楽しめそうな気がする。


「もう、あなたはほんとに何考えてるかわからないんだから。」


「ジェーンさんは結構わかりやすいですよ?」


「じゃあ今私が何考えてるか分かりますか?」


うーん。

俺はこの煌めくきれいな目をじっと見た。


「わかったよ。」


「はい、どうぞ?」


「君は今きっと『もっともっとイチャイチャしたい、けれどその思考がバレてしまったら恥ずかしいし結局甘えていいよと言っておきながら私が甘えることになってしまう、それは嫌だ。』そう思ってるはず。」


「ほほぉ、でも…」


「『そんなことはこれっぽちも思ってませんよ?やっぱりシキ君はシキ君だ』…ってとこでしょう。図星なんですね?」


「っ……」


鳩が豆鉄砲を食ったよう…いやペンギンだから、仲間が急に水から上がってきてそれにぶつかったような感じか。例えって難しいものですね。

ともかく。ぐぅもむぅもなんなら喘ぎも出なくなったが勝機の大銅鑼が響く時である。まったくどれだけあなたを観察していると思っているのだ。


「最初告白してくれたとき、一目惚れって言ってくれたでしょ?あなたのこと全然わからない状態であなたのことを好きになるのは失礼だと思って、沢山あなたを知った。これは俺にしかできない自信がありますよ?『ジェーンさん先読み妨害話術』」


「ネーミングセンス……あはっ。ふふっ。愛してくれてるの、よくわかりました。すっごく嬉しいです。予想もほぼ正解。イチャイチャしたいに決まってるじゃないですか。…ただ、今日はちょっと優しくいきませんか?」


「優しく?」


「…おたがい、疲れてるし。互いにちょっとキスして、ちょっと頭撫でて。ハグしてぐだぐだと過ごすんです。」


「しなくていいんです?」


「シキ君はしたいの?」


「えっ、別に」「即答ですか…」

「えっごめん」「怒ってないですよ」

「あっマッサージしましょっか?」

「え?いいんですか?」




彼女が幸せなら

俺も幸せだ。




いまは、

己のことなど。





___________________

____________

_____








「よいこらせっ!ひゃ~疲れた……」


僕は、大きな大事なお届け物をベッドに降ろして、

少し伸びをしながら台所に向かった。

コーヒー豆、言ってもインスタントだが、それをマグカップに入れて、お湯を注ぐ。

苦みが目をキリリと覚ました。

僕は、外を見た。

なんとか小雨の内に家に帰ることに成功した。いまはもうバシャバシャとうるさいほどに雨が踊って仕方ない。


「あぁ、美味しい。」


リビングのソファに座り込み、

なぜかコーヒーの味に関して一人で実況してしまった。

そろそろ疲れているのか。すこしミルクを入れようかな。

思えばこの頃動きすぎの続きで死にそうになっていた、我々もハンターとして労災かなんか下りないのだろうか。

給料はある。

逆に言えば給料以外は個人の保健だ。

最近になってようやくフレンズにも【ジャパリパークによる支援】という形で申請者に保険がかかるようになった。

もちろん人に比べれば必要最小限だからなんとも言えないがないよりはマシ。

……なかったときにペンギン集落のハンターとしてのバディであり、愛する人を失った僕にとって、軽視されなくなったというだけで、喜ばしいことだ。


「グレープくん……」


「あれ?起きたの?」


「ううん、まだ寝る…」





寝るんかい。




「寂しくて寝られないの。」


「そっか。こっちくる?ソファで膝枕でもしてあげよっか?」


「うん、おねがい」


そう言ってベッドから引きずってきたやわらかい毛布で体を包み込んだ彼女は、飲みかけの結局黒いままのコーヒー入りマグカップを机に置いた僕の肩にやってきた。


さっき適当に外しておいてあげたのでヘッドホンは無く綺麗な耳が直接僕の肩に当たる。座高はそんなに高くないが、フルルが小さすぎるのか。なんだか妹のようだ。


…確かに妹のような感じがしてならない。

彼女というか、夫婦というか。

僕たちにはシキ君やタコ君達のようなあの熱さはない。

冷めてしまって苦しい関係とか、そういうことではなくて、いや、そういう事かもしれないけれど、愛しているけど、熟成されたようで、愛とか恋とか、そう、まるで世の中が唄う檸檬や蜜柑や苺や葡萄といった甘く酸っぱく重なり合うことで初めて意味を持つあの初々しい青臭さではなくて、家族として相棒としての時間が長くて尽くし“尽くし”てしまった故の、「切ろうとして今更切れるような縁」ではない故の、芳醇なメロンや砂糖で煮詰めたジャムのような固まった愛。


「ねぇ…難しい顔しないで?」


「えっ、あ、あぁ。ごめん。」


「…もう、撫でてほしいのに。グレープ君、考え事する癖なんて前はなかったじゃん。どうしちゃったの?」


「うーん、誰かに似たかな。」


フルルは、僕の顔を覗き込んで言う。


「よしよし、ちゃんと私のこと呼び捨てで呼んでる。えらいえらい~。ただでさえ色々と訳アリなんだから、仲良くしようって決めて正解かも。」


そうだった。

無意識に呼べるようになったし自然でいいかも知れない。

ってか、彼女はどうあがいてもフルルだから。

逆に僕の頭を撫でて満足そう。


「…誰に似たのかな。」


「…シキとかじゃない?」


いや、無いな。

そう言いかけてやめた。

あり得てしまう。


「あの人、何者なんだろう」


ふとフルルがいう。

でも彼はフレンズでもセルリアンでもUMAでも妖怪でもなんでもなくて。

“ただの人間”

に他ならない。


「フルル、結構シキ君になついてるよね。珍しく。」


「色々と気になってさ?」


ん。

なんかムカつくな。

僕以外が彼女の目に映るのは。

もっともこの状況彼も彼女も悪くないけれど。

この八つ当たりにも似たような煮えて沸騰する気持ちは、

この香りは、

工場に漂う一触即発大爆発の黒油とも、

未だ降りやまぬ雨のソレも

研究所の、

鼻をひん曲げ、

花を殺す劇薬どものデンジャラスなソレとも、

まして御大便様とも違うような臭さ、

これが青く生る夏の匂い、青春の青臭さだ。

気付いた、

ここまで似るのか、

あの眼鏡に感謝だ、

今度奢るか。






急なことで驚いたのか

彼女は一瞬フリーズしたが、

すぐに僕を受け入れた。


「ん……したかったの?」


「いや、なんか、急にね。」


「ここは、私の調理にも、グレープ君の作業にも不似合いじゃない…?よくシキ言うじゃん。

【適材適所、目的に合っていなきゃ、最高なんて生まれない】

って。ね?」



美味い上手い例えを思いつくようになったものだ。

アイドルにはトークスキルってのも要るしちょうどいいね。












僕はカーテンを閉めた。

雨はまだまだ続きそうだ。

幾分暗くなったように思う。

日の入りも早い。



僕は廊下そして階段をとてもゆっくり進んだ。

もちろんそれは、完全に僕が入れてしまったスイッチで既に頬が赤くLED電球に照らされる彼女をなだめるようにして結局興奮を誘う口づけを軽くしながら歩いているせいで、普段なら分単位の時間なんてかかるハズがない。


もう一度僕は彼女をベッドに寝かせた。

どうせ彼女は今の状態じゃ「一秒」

と数える暇さえも与えてくれやしないことなどもはや承知だ。


要するにもう始まっているのだ、

うるさく踊り狂う暗い部屋の壁の傷の向こうの水面の終わらないあの音にも勝るような熱い熱い波のその猛攻が。

いまは消えている灯りや、この寝室の洒落たあの台の上の水晶体にも勝る固く硬い猛攻が。そして柔肌にも勝る暖かい優しく哀しく熱く熱く劣情と嘆くべきあの欲望の激昂が。


軋み嘶きおめくのは、この寝室キッチンの、お肉の調理専用の俎板白いシーツのベッド


波状の興奮は漂う香りに変換されて、覆いかぶさり覆いかぶされそして待てという指令が聴けない狂犬のようにしてただただ襲われるように襲われ襲った。








果てが見えたのは、傷の向こうの波が、丁度黒い海の白く瞬いてやまない粒になった頃であった。


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