ズレを我が物に



「ネジュン、これからどうする?俺は一旦物資補給とかに戻るんだけど…」


壁にぽっかりあいた穴を見つめながら俺は提案する。彼女はうーんとひと唸りしてからこういった。


「…僕、この塔をしっかり調べつくしたいので、ここに残ることにします。謎が多すぎる。」


彼女は地面を見つめて言った。このポーズどこかで見た気がするが…。

ま、いいや。

とにかく物資補給物資補給!!(んでジェーンさん抱きしめる)


文字通り飛んで帰ろうか。紺色の翼はケムリを噴いた。



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お兄さんが行っちゃったので、僕一人です。

まったく、あそこで俺と一緒にこないか?とかいう気の利いた言葉が出ないあたり、残念な人です。指には結婚指輪らしいものもないしそもそも成人してないみたいだし、背は低いし冷めてるし眼鏡だし髪もセットされてないし…。

きっとあの調子じゃ、料理もできない洗濯もできない掃除もできないの三拍子でしょう。お母さんの足舐めてあげなきゃいけないレベルでしょ多分。

仕事はしてるっぽいけど…

ってだいぶ失礼ですねこれ、まったく、初対面の相手をぼろくそ言えちゃうのが怖いです。まぁ…これも親譲りなんですがね…。



さて…この塔は、人に幻覚を見せるのがお上手みたいですね。


僕の知ってる塔はこんなに高くない。

僕の知ってる塔はこんなところにない。

僕の知ってる塔はもっと短い。

僕の知ってる塔は海の上にある。


パーク・ワーカーズも、こんなに建物少ないっけ?

パークもこんなにぼろいっけ?

遊園地が錆びてる、港がにぎわってない…。



今日は緊急の休園日だったっけ?

…いや、お客さんは今日もフレンズに会いに来てる。

ニコニコして。

まぶしい笑顔で。

その笑顔を守ろうと僕らは今日も戦っていた。


うーん参った、この塔は思っていた以上に恐ろしいところだったんですね。

これは、ミオの言うことをしっかり聞いておくべきでした…。

心配性のいうことはしっかり聞くべし…

肝に銘じておきます。


そもそも、塔の中に入ってから階段がなぜか壊れてから…

そんなに時間は経っていないのに…まさか逆浦島太郎現象…?

この塔は…本当に僕の知ってる塔なのか?


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「はぁぁ緊張する…」

どうやら、連絡によると研究室にみんないるらしい。

連絡をくれたグレープさんやレイバルさんも、

手伝ってくれた方も、姉さんも、PPPのみなさんも。


…ジェーンさんも。

そう、ジェーンさんもだ。


いざ。いざとなると緊張しておなかが痛くなる。



『…なんで入らないんだ?鉄の扉が重くて開けられないのか?戦いまくって腕が使い物にならないならオレが開けてやるぜ?マッチ棒みてぇな腕だしな。俺。』


「いや、正直もっともっと深刻だ。どうしてあげればいいのか…。」


『…お前が抱いてやれよ。何よりもお前を待ってるはずだから。』



鉄の重い重い扉。

白い扉がいつもは美しいのに今日はなぜか天国と地獄のどちらかに行ける運だめしの扉に見える。ドアノブに映る自分の顔はいつもより生気がないように見える。


あぁ。

いまから俺は殺されるかもしれない。

顔の知らないお母さん、お父さん。

あんたらの息子は、段ボールの家から街中の小さな家を経て海へ行き遭難し縁が絡みに絡んでいる島に流れ着きそこで誰も知らないヒーローになって、仲間に殺されます。





…多分。


いや、わからないけど。


でも、行くしかないな。





「いま戻ってきましたッ!!」


意外と軽くすんなり開いた鉄の扉の向こうは、地獄か、天国か。





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「時間のずれ?…やっぱりそうなっちゃうのかな。どう思う?TYPEtry。」


TYPEtry

それはLBsystem最高峰のAI技術と高い戦闘能力を兼ね備えたナンバーワンのわれらTry_halfのために作られた専用ユニット。


開発者僕の父。

なーんかパッとしないけど、結構すごい人なのだ。



『イエスマスター。私の考えもマスターと同じものです。周りの情報を解析しましたが、明らかに我々の生きる時代…つまり“2036年”に圧倒的に文化レベルが追い付いてないと確認されます。それに…さっきの男性が使っていた旧型LBsystemを確認しましたが…どうにも旧型の中でも最古の形、system0のようなんです。』


「system0⁉うっそぉ⁉ほんとにぃ!?」


『ええ、どうやら。そして使っているのは36年現在では…』


そう、2036年ではsystem0を使っているのは。

いや、そもそもsystem0を使っているのは…。


「『辿未 輪念』」



「…嘘だと言ってほしいな。TYPEtry…。」


『申し訳ございません、マスター。私は真実を伝えているだけです。あなたの父親であり、私の生みの親…。』



リネン…


僕の…お父…さん。




________________________








…。






「え…と。ただいま……戻りました。」




あれ?みんな…いない?


部屋をのぞいたはいいが、中には誰もいない。

明かりは消え、机の上もきれいに片付けられている。

俺の白衣はきれいに畳まれている。

研究員も一人もいないし俺の部屋にも誰もいない。

というか、集合場所に設定されていた部屋には人の入った形跡の一つさえない。


ビーカーなんて使われているはずないし…

連絡を入れてみるか。


俺はカバンの中のケータイを引きずり出して、グレープさんに連絡した。

大概彼が連絡をくれるから。


「もしもし…あの、集合場所の研究室に来たんですけど…みなさん無事ですか?」


『…PPPステージに来るんだ。いいね?』


「はっ?え、あ、ちょっとm…」ツーッ、ツーッ、ツーッ


はは、参ったな…。

こんな切羽詰まっているのに。


飛んだ。

また飛んだ。

あの塔と頂点のカラフルな魔物を見ながら。


あぁ、俺は…

ホントに英雄の名を刻んでいいのだろうか。










そして、俺はあの見慣れた氷を思わせるあのステージに足を付けた。



「さて、着いたけど。どうすればいいんだろう。」



「待ったぞ。シキ。」


コウテイさん?


「お待たせしましたね。申し訳ない。」


「私に謝ってなくていい。ただただ見張りを頼まれただけだからな。」


俺は通路に向かって小走りで向かった。コウテイさんは自分の部屋に戻るらしい。


ということは、みんな自分のパートナーとはとりあえず会えてるってことか?

よかった、みんな無事だったんだな。

俺の働きなんて大したことないけど。

でもがれきに巻き込まれた人もいなさそうだった。

グレープさんには感謝したい。してもしきれたものではないけどね。


一番シンプルなデザインのドア。

あぁ、久々。

ここに来ると一番最初のことを思い出してしまう。

足踏まれて、診てもらって、いろんな話して…

一緒に、寝たんだったな。

一緒の部屋で、寝たんだったな。


一呼吸おいて、いこうか。




「戻りました。」






「…おかえりなさい。」






「ジェーンさんひとりですか?」








「ダメですか?」









「いや、二人きりになりたい気分でした」








「奇遇ですね。私もです」







「怒ってますか?」






「ぷんぷんです」





「…ごめんなさい。」





「今更謝っても遅いですよ?」





「ですよね。謝っても謝れません。」






「でも。私信じてましたから。絶対無事だって信じてたので。だって私、シキ君とつがいですから。だってあなたのただいまがききたかったから。だってあなたの匂いが嗅ぎたかったから。あなたの目を見つめたかったから…」



「俺は、そんな状況なのに、あなたを疑うようなことを…?」


「何があったかなんて知らないですけど…私はあなたに抱きつけて幸せです」


「俺も、幸せです」


「幸せ。」

「幸せ。」


「まだ、終わってませんよね?」


「えぇ、ごめんなさい」



「大丈夫です。ちゃーんと待ってます。」





「…捜査も行き詰ってる。出てくる策も入りなおす策も見つかってる。新しい相棒もいる。彼女になら任せられる。物資補給もしなくちゃいけない。出発はあしたになる。だから今日は晩御飯、一緒に食べましょう?今日はお風呂、いっしょに入りましょう?今日は一緒に寝ましょう?キスをするんです。ハグして、撫でて。」


飛べるだけ飛ぼう。

今夜は。



















「我が弟…成長したなぁ」

「大胆だね」

「フルルあーゆーグレープくん見てみたい」

「情熱的だな」

「私もああやっていちゃいちゃしたいわね」

「オレは毎日のようにしてるからな」

『危機感薄すぎ、アホが移ってますね…』



















思いのズレを我が物に。

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