第二章 1話

15年前ー


惑星ガルンゼルに宇宙船が着陸した。中から現れたのは宇宙服を着た男女とやっと歩く事が出来る位の幼児。最後に女性型の家政婦兼戦闘用アンドロイドMEX-1200である。


「この澄んだ空気なら、病気だったこの子も元気にスクスク育つだろう。後は現地人についてだが、、」


「この惑星の文明度は比較的高く、道徳的には問題ないかと思われます。それにもしもの事があれば私が命に代えても坊ちゃまをお守りいたします。」


「ラウラがこの子を護ってくれるのなら問題ない」


そして男女は笑い合い、ラウラと呼ばれたアンドロイドは幼児を抱き抱(かか)え微笑むのだった。





惑星ガルンゼルにある中央大陸の西側、海路の中心にある王都ガーラン、その街中のオシャレカフェ《満腹》には二十人程の客がいたが中でも目を引く集団があった。


旅人風の格好のアルド・ガーデンブルグ、その隣に座る美しい汎用性アンドロイドのミューズ。反対側には二枚目の青年のリッチモンド、それを挟むように黒服のゴツイ男が座っていた。


「それでアルド君、君が欲しいのはこのガントレットなのは分かった。しかしたかが金貨15枚で譲って欲しいとは、、いやはや君が物の価値が分からない人間なのは知っていたがここまでだとは、、」


アルドはリッチモンドの軽い挑発を聞き流しながら、そうだろうなと納得した。リッチモンドがいくらでガントレットを購入したのか分からない、しかし少なくともこの金額の数十倍から数百倍は払っているに違いないのだから。


リッチモンドの言葉に一番苛立ったのはミューズだった。アルドを挑発する言葉一つ聞く度に何故かイライラが溜まる。


「しかし、アルドさんはそのガントレットの所有者で、所有権は彼にあります。そのガントレットをアルドさんが嵌めれば全てー」


「その瞬間彼が逃げるかもしれません。見て下さいよ、その薄汚い格好を。ミューズさん、アナタは騙されているのです。その男はアナタの優しさを利用し、デタラメを信じ込ませているのです」


アルドはハァと疲れた表情をつくる。元々言い争いは好きではないアルドだが仕方ないと参戦する。


「リッチモンドはミューズが好きなんだろ、なら何でミューズを信用してやらないんだ?ミューズが俺程度に騙されるとでも?」


その言葉にリッチモンドは言葉を詰まらせる。好きと明言している以上、ミューズを信じていると言わねばミューズを侮辱したことになる、しかしそれはガントレットの所有権の放棄にはならないか。


ガントレットは高級品、それをタダで与えるのはリッチモンドの矜持が許さなかった。


「、、私はミューズさんを信頼しているさ、だが同時に君を全く持って信用していないし、気にくわないのさ。君とミューズさんが親しそうだからとか、一緒に住んでいるとか、もしかしたら身体を許しているんじゃないかとかも、全く持って関係ない。ただただ気にくわない!!」


かなり本音が漏れていて、失言する度にミューズのリッチモンドに対する評価が地面にめり込み、つき進む。


リッチモンドはミューズの失望した顔を見る、ウウッと汗を拭う。確かにミューズの事は好きだ、しかしながら沢山いる女性の一人であるし、ミューズ程ではないが美人の愛人もいる(この女の方が金が掛かる)。コレだけ投資して落とせなければ、完全にピエロである。


「はははっ、ミューズさん。アナタはこの男が好きなのですか?それとも私が好きなのですか?」


リッチモンドがミューズに詰め寄る。


ミューズは掛かったと内心喜んだ。数日前までリッチモンドはもう一押しでミューズをものに出来ると考えていたに違いない。そして突然現れた正体不明の男に動揺している、勝てるかもしれない勝負だったのに、負けるかもしれないと熱くなり冷静さを欠いているのだ。


こういう時、人は意外なほどに誘いにのる。


「分かりません、リッチモンドさんも素敵ですし、アルドさんも魅力的に感じます。どうして私は二人と同じ時に出会ってしまったのでしょう。ああっ、運命が憎い、オロロ、、」


おいおいとアルドはミューズの三文芝居を見抜くが、リッチモンドはコロリと騙されてしまう。


「私考えました。運命の相手を選ぶ方法を、コレを見て下さい」


ミューズが取り出したのは、金属で形作られたハート型の置物。淡いピンク色、親指ほどの大きさで小さく、女性がいかにも好きそうなものだった。


「それが何か?」


「私が作った置物です。これを3つ街の中に置きます。それを多く取った人が運命の相手、だって置いた場所が分かるなんてなんてロマンティック、ウットリ」


アルドは片手で突然の偏頭痛を抑えるのに必死、対するリッチモンドはなるほどと頷く。リッチモンドは女性の扱いになれていた、こういった行動をする女性もいるのだ。


自分の我が儘を誰よりも沢山聞いてくれる、それが愛の愛されている証明だと感じる女性もいる。また本当にそんなメルヘンな女性もいるだろう。虎穴に入らなければ虎児を得ず。


「、、?!よい事を思い付きました。このゲームで勝った方がミューズさんの心とガントレットの所有権を手に入れるというのはどうでしょう?」


リッチモンドはミューズが希望したゲームの着地点を提示した。これこそがミューズの思い描いたシナリオだった。


「それは名案。リッチモンドさんは本当に頭が良いですね、私など考えもしませんでした」


目論見通りに事が運んだ事をおくびにも出さず、ミューズはリッチモンドを褒め称える。


「私はガントレットを出すのだ、アルド君にも相応のものを掛けて貰いたいのだがね」


「そんな高価なもの持ってない、、いやこの杖を掛けるのか?」


「そんなもの要らん。約束して欲しいのだ、私が勝ったら今後ミューズさんには近付かないと。君も武人の端くれだろ、約束は守れるよな?」


ミューズはリッチモンドがレーザーグレイブを所望すると思ったのだが、予想が少し外れ残念だと思うと同時にアルドの答えを胸の高鳴りと共に待った。


「分かった、約束する。リッチモンドが勝ったら今後ミューズに近付かない」


「その言葉忘れるなよ。ではミューズさんそれを街中へ、、ミューズさんどうしました?そんなに青ざめて、御気分でも悪いのですか?」


「、、ええ。大丈夫です。アルドさま、リッチモンドさん、それでは行きますね。お二方とも私が戻るまでこのままで、大体三十分程で戻ります。後護衛のお二方も動かずにお待ち下さい」


全員頷く、それを確認した後ミューズは店を出た。ミューズが店を出てから暫く、店にいた客たちも帰り始める。リッチモンドは沈黙に堪えかねたのか呟く。


「三十分。帰りを含め半分の15分の範囲内となると軽い感じの徒歩なら商店街内、駆け足であれば兵舎か正門。乗り物に乗れば海側に行けるな」


アルドは今回ガントレットを手に入れる作戦をミューズから聞かされてもらっていたが、詳しい内容までは聞かなかった。ガントレットは欲しいがあまり乗る気ではない。


「相手が引き受けてくれたのは良いが、、」


リッチモンドはアルドに向かって、言い放つ。


「今回の闘い、勝つのは私だよ。何故?だって私には護衛の二人も一緒に探してくれるし、他にも作戦があるからね。諦めたまえ」


「まぁ頑張るさ」


あまりやる気の無さそうなアルドを見て諦めたのかと思ったのか、更にリッチモンドはアルドを揺さぶる。


「アルド君、君は本当はガントレットが欲しいだけではないのか?なら君にあげようか?勿論ミューズは私の女だから、渡せないがね」


悪くない、好条件かもしれない交渉を持ち掛けてくるリッチモンド。アルドは考える。アルドにとってミューズは良く分からないが自分を主人だと言ってくる電波系の美人から、この一週間の間に出生の謎を探してくれる知り合いに昇格していた。


それにゴブリンリーダーから助けてもらった恩もあるし、幸せになって欲しい。


「リッチモンドには囲っている女性がいるんだろ、ミューズを幸せに出来るのか?」


「女性の幸せは安心感さ、《好き・愛している》という言葉が欲しいときに、その言葉を言ってあげる。そして欲しいものがあったら買ってあげる。それを満たしてやれば幸せなんだよ女性はね」


「千人いれば千通りの幸せの定義があるだろ。ミューズがそういったのか?」


リッチモンドはミューズと会って今日までを振り返ったが、ミューズが欲しいとリッチモンドにいったのはガントレットだけである。


「なら君には分かるのか?彼女が欲しい幸せが?」


「分からない」


アルドはミューズにあまり関心がなかった。知っている事といえば凄腕の戦士であり、美人で巨乳、良く分からない言葉を口走る事ぐらいで、本人に何かしら質問したことがなかった。


今回の件もミューズが全てお膳立てをして、自分は只ミューズについて来ただけである。考えれば考えるほどミューズに借りができていて頭が上がらない。


「何かプレゼントした方がいいか、、」


「結局君もプレゼントだろう?幸せは物質で補えるのさ」


そうかも知れないが、納得は出来なかった。


大体30分後にミューズがカフェに戻ってきたので、リッチモンドとアルドが会計を済ませ全員店の外に出る。


「ハートの置物は三つとも街中に有ります。時間は日が沈むまで、手持ちの数が多い方が勝者でよろしいでしょうか?」


アルドとリッチモンドは頷く。


「後リッチモンドさんに有利過ぎないよう、本人が触れるまでは見つけていないものとしたいのですがリッチモンドさん、よろしいでしょうか?」


「ミューズさん、安心して下さい。その程度の障害など二人の愛の前では無いも同然です」


「それでは、探して下さい(ニコリ)」


一斉に商店街を駆けていくリッチモンドと黒服達、アルドはそのままの定位置でため息を付く。


「リッチモンド位置を知っているなアリャ」


「でしょう。後を付けてきた人が二人居ましたので、《草》の類だと思います」


《草》対象の監視をする人間の事を指し、一般人が副業として、又本職もいるほど幅広く最も数が多い。余談で《兎》は潜入捜査、《鼬》は暗殺が主な任務となっている。


「持ち運びを含めて、《置物が移動する》との明言は避けていましたので、彼等が私のハートの置物を回収して、リッチモンドに渡す算段だったのでしょう」


「、、、なるほどね」


アルドはミューズが言わんとしていることを理解して、拒絶した。


「ミューズ、確かに勝つことは大事だ。だが卑怯な真似をして勝ってガントレットを手に入れたら、そりゃ詐欺だ。条件はなるべく同じにしたい、分かるか?」


その言葉にミューズは怯む。顔色が又青くなる。


「しかしご主人、、」


「10分待つ。その後俺も探し始める、それまでに準備を頼んだ」


そう言ってアルドはミューズから離れ、商店街の方へ消えていったのだった。

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