第8話

トラベラーAさん

 「信じるって言葉は大嫌いなんだ。信じるって言葉を出した瞬間、信頼ってのは腐る。信じるって言葉は相手に対する善意の強要だからだ」



ゴブリンが砦を破壊し、アルド一行がゴブリンを引き付けているその間、ビルディは王都ガーランへ到着していた。距離にして10キロ程、関所と王都の距離は近い。歩いて二~三時間、早馬なら15分~20分の距離にある。


ビルディは兵士達のいる北門へ到着し、大きな門の目の前で所属する腕章掲げ、名乗りを上げる。


「東の関所副隊長ビルディだ。火急の用があり、王都防衛の責任者グランド殿にお話がある」


幅広の門の上に立ち立哨していた衛兵はビルディを確認すると、腕章を見る。


「しばし待て」


衛兵はそう言うと兵舎へと消えていった。次に現れたのはビルディの顔を知る、ラスティという部隊長でビルディの顔を確認すると、門を開けるよう指示を出した。


ビルディは門をくぐると、兵士達が出撃の準備に励んでいた。それを横目で見ながら兵舎に入り、作戦会議室へ入室する。


作戦会議は終盤。狼煙を上げて10分程で準備を整えてはいたが、準備に時間が掛かりすぎると叱責がとんでいた。そして入ってきたビルディを見ると室内は静まる。


「ご苦労。ビルディ」


王都防衛責任者グランドは中央に座っていた。王都の治安維持・防衛・諜報活動を統括する最高責任者である。年齢は男盛りの40台で、体格は2メートルを超える大柄。赤髪で無骨な武人のような出で立ちだが、武芸はあまり得意ではなく、軍事よりは保安維持に長けていた。所謂(いわゆる)平時の将である。


「何もないのに王都へお前が来るわけはない。どうした?」


「報告いたします。関所に現れたのはゴブリン、その数は100以上です。しかしながらそのゴブリン【ナガレモノ】の可能性があります。素早く、力強い、オーガーに匹敵する程の別種と捉えた方がよろしいかと思います」


この世界のオーガーは人並み以上の生命力と力を持ち、ベテラン兵士ですら数人掛かりでやっと倒せる様な存在。しかし、数が少ないため軍隊の脅威とはならない。ビルディはそれが100以上いるという。


王都の総兵力は一万、これは衛兵・予備兵を合わせた数で、現在は四千。そして海の防衛する兵士数は千二百。つまり陸地で現在動かせる最大兵力は二千八百である。しかも全てが戦い馴れたもの達ではなく、中には訓練しかしたことがないもの達が半数以上いた。


ビルディの言葉を聞き、騒ぎ立てたのは第2部隊長のラカーンと第5部隊長ムリムス。


「ふん、何が【ナガレモノ】のゴブリンだ。普通のゴブリン、そのゴブリンに多少毛が生えた程度であろうよ。それをもっともらしく、ビルディ殿はそんなにも手柄が欲しいのですかな?」


同感だと、頷くものも数名。ビルディは頭を振りながら否定する。そもそもこんな情報を手柄とするものがいたら相当な阿呆であろう。


「つまりビルディ殿は情報を持ってきただけではないと?」


「はい。進言をしに来ました」


「なんの進言か?自分も部隊を指揮したいとでも言うのかな、くくくっ」


あちらこちらからの冷笑を受け流し、本題に入る。


「出撃を止めてもらいたいのです」


会議室は一瞬凍りついた。準備をし、意気揚々と出撃しようとしている軍に、救援を送った者が、やはり送るなという。何故という疑問と明らかな怒気を含んだその雰囲気をビルディは感じた。


グランドは険しい顔をしながら、ビルディを睨みつける。この場において、ビルディには味方がいなかった。そしてグランドは口を開く。


「ビルディ、理由を聞かせろ」


「先程、言ったとおり。こちらに向かってくるゴブリン達は並のものではございません。正面からぶつかれば、勝てないとまでも甚大な被害がでると思われるからです」


「正面からでは無理なので、立てこもり地の利を活かすわけか。だがそれには問題が2つあるぞ、一つは王都に来させる為の餌、もう一つは正門にいる商人達を場内に入れる時間だ」


そうだ、そうだと声を上げる。もっともらしく意見を出しているが実際は、ゴブリンなどに怯えて迎え撃つ様に民衆から見えてしまう事で、自分達のプライドや評価が傷つくのが嫌だからだ。


「その点は、抜かりは無いと思います。私はある冒険者とその仲間達に依頼をし、こちらに誘導してもらうという大役を引き受けてもらいました。なにぶん時間が無かったので、冒険者に依頼をするという報告が事後になってしまった事をお許し下さい」


【冒険者】というのは嘘だし、【仲間】というのは商人である、しかも正確な数を言わない。だがたった3人を餌にしていると真実のみ、ただ馬鹿正直に全容を明かせば、彼らが自分を信じ、出撃を止めてくれるのか?答は【否】である。


「だがビルディ、その者達が失敗すれば誰が責任を負うのだ?それにまだ関所の砦は健在のはず、あの砦の中の兵達を飢え死にさせる気か?」


「その通り。あの砦はなかなかに堅牢、ゴブリン程度では落ちはすまい。さすが餓死させる様な非道な事は我々としてもしたくは、、」


ビルディは脳内でため息一つ、責任責任責任。彼らの中で本当に国を思う者はいないのか?只私欲のみで動くだけなのか?確かに、兵士を見殺しにする非常な作戦を考えた俺は最悪の屑だが、正論だけなら学生・子供にだっていえる。


もちろん自分の言葉を丸呑みしてくれる様な者はいない、同期のラスティと数人はは多少乗る気のようだが。


「皆さんはいまだに、そのゴブリンの力を信じていない御様子。私が考えるに関所の砦はもう落とされているか、落ちる寸前。今救援に出ても間に合いますまい」


「、、、貴様の言ったゴブリンの力の証明など、出来るものか馬鹿馬鹿しい妄言を吐き出し、あまつさえ臆病風に吹かれ立てこもるという。貴様の目には普通のゴブリンすら数倍の大きさに見えるとみえるな、はははっ」


もはや歯に衣着せぬ発言、ここまでくると逆に清々しい。ビルディは最後の手札を切った。


「ではそのゴブリンの力を証明いたしましょう」


「、、ふざけるな。ビルディ口を慎めよ」


「良い、ラカーン。ビルディ証明させる方法とは?」


「一時間ほど頂ければ、皆様がいった《堅牢な砦》落としたゴブリンがこちらに向かってきます。それこそ証明。何故ならば堅牢な砦を一時間で落とせるゴブリンなど存在しないからです。勿論この時間内にこなかった場合、私が軍の出撃を遅らせた責任を全て引き受けます。この首を賭けろと、言うのであれば賭けましょう。」


場の全員が考える。ビルディの話は真実か、真実でも信じてよいのか?ビルディは追い打ちをかける。


「質問があるのですが?もし私の話が真実でそれを無視し出撃し、大損害を被った場合。その責任は一体誰が負うのでしょうか?」


もし出撃するなら司法に訴えても良いという不遜な態度。


片や全てビルディが責任を負う、暫く待ち出撃するだけの作戦。もう片方は全員が責任を負うかもしれない作戦。又事実であれば自分も含め大量に死者がでるかも知れないという不安。


その言葉で態勢は決した。何故なら、責任は誰かが負うものであり、自分が負うものでは無いのだからー



数百のゴブリンを王都まで引きつける、単純であるが難しくもあった。古来より戦で誘導作戦は行われてきた。しかし成功させた例は少ない、戦いは狩りや釣りではないのだ。


誘導作戦に重要な事は三つ。


餌が魅力的である事。


獲物が餌をくらい続ける事。


獲物をいなすだけの力がある事。


この三点に集約される。


砦をゴブリンが囲っている状態は続いていた。しかしゴブリン側に動きは無く、もしかしたら塒にしようとしているのかもしれないーーとアルドは思っていた。


「動かない。もっと近くに行くのは?あまり近くに寄れば呑まれかねない。遠距離から魔術で此方が邪魔な存在であると示せば?俺の礫は近距離用だし、おっさんは魔術が使えない」


ブツブツブツ、と独り言を呟くアルド。右手で転がしているのはゼニスキーから貰った(後払い)中位の魔石であるが使うかどうか考えていた。


「あのー。一応自分、中級基礎魔術のストーンバレットだけ使えるんですが、、エルフの里だとほぼ全員コレだけはつかえますから、、」


「そうか、、出来れば炙り出したいから火がでる魔術が良かったんだが、、エルフは火系統は御法度だったもんな無理か。仕方ない、ここからゴブリン達が集まっている中央にデカイの頼む。」


エルフの少年に魔石を渡すとゼニスキーにも声を掛ける。


「何時でも出られる準備をしてくれ、直ぐに向かってくるとは思わないが、2~3発撃ち込めばこちらが攻撃したって気が付くだろ。向かってきたら、決して全力では逃げずに付かず離れずを心掛けるんだ。いけるか?」


「ままぁ、大丈夫だ。スピードは出さず、アンタが全力で逃げろと言ったときだけ、全力で逃げる。大丈夫!大丈夫さ、やれる」


少し気負っているゼニスキーに些か不安を残しつつ、エルフの少年に魔術行使を頼むアルド。少年は仮想領域にストーンバレットの魔術展開図を展開。


エルフの少年の周りに黒い土煙が発生したかと思うと、その土煙が少年の目の前で渦を巻きながら収束。拳位の大きさから、人の頭程の大きさになる。


ストーンバレットは普通は拳程の石3~4個を高速で飛ばす魔術であるが、それは対人を想定した場合で魔石消費を度外視すれば、攻城兵器である投石機と同じほどの石を2~3個飛ばすことが出来る。


デメリットは発動に時間が掛かることと、出力の問題でスピードが無く弧を描くように飛ぶため、回避されやすい事があげられる。


アルド達はゴブリン達に気付かれる事を前提にしている為、こちらの攻城用のストーンバレットを行使したのだ。


ヒュオ。 ピューーーン、、


三つの岩が持ち上がり前方の砦へ飛んでいく、スピードは無いが当たればひとたまりも無い魔術。中には気が付いたゴブリンもいたが時すでに遅く、逃げようとしても周りのゴブリン達が邪魔で身動きがとれない。そしてー


ドガシュ。 ボンボンボン。 ゴロゴロ。


ゴブリン達の群に直撃し弾む、そしてまた弾む。ゴブリン達は岩が飛んできた方向へ視線を向ける。



ゴブリン達が砦を落とした後、動かなかった理由。それはある程度の食料があり、遊ぶためのモノがあったからである。そして、あらかた遊び食らいつくした後、この魔術による攻撃が行われた。


ゴブリン達のリーダーは方針を決めかねていた。本来ならば山などに塒を構え、人目避ける事が望ましい。人が油断した時、襲撃・略奪を行うことはゴブリンの本能だった。


今回も先程いた山の麓に行き身を隠すべきか、思案していたリーダーだが《移動してきた先》である、この土地のニンゲンの弱さに浮かれてしまった。


あまりに人が弱過ぎた、そして自分達が強過ぎた。


ある種のゴブリンは人間に恨みを持っている。それは優れた人間に対する嫉妬・只生きるため楽しみたいだけなのに虐げられる事への不条理など、あまりに身勝手極まるものだったが彼等にとってみればそれこそが真理であり、感情こそ優先されるべきモノだった。


ゴブリン達が魔術で弱い人間に攻撃されたのならば、その恨みを晴らすべくとる行動は一つしかなかった。ゴブリンリーダーも同じである。


──つまり



ワラワラと動き始めたゴブリンの群は、アルド達の馬車にみるみる近付いて来る。


「、、来たか、、」


「うぁぁぁ、早く出しましょう早く!!」


「待て、追いつけると思わせられる距離まで引き付けるんだ。踏ん張れ」


アルドはゴブリンの大群との距離を測る。ゴブリンの大群の圧力の前にエルフの少年は声を荒げる。ゼニスキーは緊張しているようで、ブルブルと震える。


ゴブリンの群との距離は十分とアルドは叫ぶ。


「ゼニスキー!!だせ!!!」


、、、動かない馬車。


まさかとアルドは急いで操縦席へ。そこには手綱を持っていながら、緊張のあまり震えて全く身動きが出来ないゼニスキーがいた。


「、、ああ、すまねぇ。ワザとじゃねえんだ。動けないんだよ、、本当に、、俺は俺は、、」


「─くっ!!」


ブルルル、パカラ、パカラ。


アルドは急いでゼニスキーの持っていた手綱を引く。間一髪、ゴブリンの反撃をかわす馬車。若干、近いものの安全な距離を確保。


「まだ王都まで距離がある。少年。出来るだけ、魔術は温存して、追い付かれそうな奴だけにストーンバレットを撃ってくれ」


「はい!!」


アルドが操縦、エルフの少年が迎撃にまわる。ゼニスキーは安全のため馬車の荷台へ。


王都までの距離はほぼ直線で高野が広がっていた。道の凹凸もなく、いかにこのゴブリン達が駿足を誇っていても、馬の足では追い付ける事はあり得ない、あり得ないが──


「アルドさん!! 避けた!!! 追いつかれる!!!ひいぃぃ」


「操縦しろ少年!!」


エルフの少年と配置を換える。そこで見たものは馬に乗ったひときわ大きなゴブリンだった。


ゴブリンリーダー。ゴブリンは群で暮らす。そして群の中で突然変異的に産まれるのがゴブリンリーダーである。


体躯は少し小柄な人ほどもあり、普通のゴブリンより遥かに強く、ある程度の知性まで持つ。ゴブリンの群のボスになるのは当然の結果なのだが──


アルドは背中がゾクリとする。鋭い眼光は百戦錬磨の出で立ち、普段でも並みの戦士の強さを持つゴブリンリーダーは、果たしてどの程度強いのか、想像も出来ない。


アルドは銀色の杖を構え、迎え撃つために馬車の後方へ移動する。ゴブリンリーダーが近付いて来る、馬車へ乗り移ろうとした瞬間、アルドは素早い突きを放つ。


ビュ!!ガキン!!


ゴブリンリーダーは持っていた棍棒で、光っていない部分を弾いた。凄まじい力その反動で体勢を崩されるアルド、牽制の為の軽い一撃がいとも簡単に跳ね返さる。


アルドは体勢を立て直すと、ゴブリンリーダーと向き合う。身体能力においてゴブリンリーダーはアルドを遥に凌駕していたが不安定な馬上であり、対するアルドは安定した荷台ある。その点においてのみアルドは優位に立っていた。


動けば神速の突きを繰り出すまで。睨み合うアルドとゴブリンリーダー、均衡を破ったのはアルド側だった。


アルドの後方から高速の石が放たれる。


ビュオ、ビュオ、ビュオ。


バゴッ、ガ、バゴン!


ゴブリンリーダーの乗る馬へ放たれたソレをゴブリンリーダーは簡単に撃ち落とす。


「少年。操縦は?」


「ゼニスキーさんに任せました」


沈黙。アルドはゼニスキーに任せて良いのかという不安もある。


「このままじゃ活躍出来ませんからね。活躍なかったら報酬も少なくなるかも、、って言ったら《元気》にはなりました」


「腹黒だな、、」


「相手の気になることを《気にせず》ズバリと言える、子供の特権ですね」


ニコリと笑う、エルフの少年。アルドはもしかしたらとは思っていたが多分エルフの少年は、少年ではないと確信に変わった。


「手の内明かそうぜ。他に魔術は?」


「この場で使えるのはストーンバレットとストーンシールドだけですよ。他の魔術は特殊でして」


ストーンシールドは紙粘土のようなモノで形や大きさはある程度変化させる事が出来、暫くすると固まる性質を持つ魔術で、強度は鉄よりやや劣る。しかし用途は多岐にわたり、戦場では弓避けの使い捨ての盾を造ったり、壁代わりにしたりと使い勝手が良い中級基礎魔術である。


「使い方は任せる。追っ払うな、引き付けるんだ。間違えないでくれよ」


「わかりました、アルドさん」


アルドは銀色の奇妙な杖を前に構え、その後方のではエルフの少年が仮想領域に魔術を描く。


これから王都までの道のりは死闘になる。


二人はそう考えた。事実その通りになる。


そしてゼニスキーは二人を見ながら呟いた。


「くそ、報酬、ほうしゅう、報酬、、、このまま行けば正門か、、、いいんだよな、突っ込むからな、縛り首だったら怨むからな!!!」


アルドと馬車は目的の門へと向かう、大量のゴブリン達を引き連れて。

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