第7話
トラベラーAさん
「強さとは何か、生物として生きる力か?暴力としての力?知恵という力?一つ言えることはその力を制御出来なければ敵が増え、敵がいなくなるまで未来永劫戦い続けるか、淘汰されるしかないという事だ」
王都への関所は、公道にポツンと砦がたっているだけで、そのまま通り過ぎようと思えば出来る。しかしここでの通行書がなければ王都での入国審査が降りない為、大体が砦で検査を受ける。
いってしまえばこの砦は外敵用で、この砦が狼煙を上げ、敵の危険度などを本国に教えるのがこの砦の本来の役目である。
その砦へ、高速で馬車が近付いてくる。異様なのは馬車の周りに数百ものゴブリンが群がっていることだろう。
「だりゃ!!」
一線一殺、アルド・ガーデンブルクが振り下ろした杖がゴブリンを両断し、ゴブリンが地面を転がる。それをものともせずゴブリンは馬車に群がる、仲間を殺された更なる怒りを持って。
「あの、アナタの体は一体どうなっているんですか?先程ゴブリンにお腹を刺されていましたし、それにその無尽蔵なスタミナ、、、」
エルフの少年の疑問に答えようか迷ったのかニヤリと笑うアルド。アルド・ガーデンブルクは特異体質である、それは手足が例え両断されても生えてくるというとんでもない、治癒力だった。
幼い頃、野生の狼に襲われ片手と臓物を食い荒らされた事があった。冒険者であるガンリュウでさえ、助からないと思われた傷をアルドは10日で完治させた。勿論傷跡などどこにも無い。
この世界でも、神経は再生しないのは定説である。それが内蔵ともども再生するのは異常である。ガンリュウはアルドの中の特殊な心臓を見た。
それは心臓に似せた人工心臓であり、人工心臓はナノマシンで出来ている。ナノマシンは今や全身に広がっていて、アルドの体に欠損がたとき必要な部位を摂取した栄養で、合成、再合成、結合する。
無敵ではない、出血多量で死ぬ、心臓が破壊されても死ぬし、頭に致命傷を負えば記憶障害が起こる。何より再生に必要な栄養素を摂取しなければ治っても、元通りにはならない。
「ゼニスキーっていったっけ?このままじゃ、追い付かれるぞ。分かってるな(ニヤリ)」
それを見たのは関所の若い衛兵だった。毎日毎日高台から、異常がないか公道を眺める。見なくても分かる何も異常はない、若い彼が関所に来てから一度も外敵に襲われなかったし、コレからもそうであると思っていた。
「ふぁ、、眠。、、なんだありゃ。」
彼は目が良かった、なので確認することが出来た、ゴブリンの群がこちらに向かってくるのを。
暫く混乱し、そして慌てて警鐘を鳴らす。
カーンカーンカーン。
慌てて砦から先輩の衛兵がとび出してくる、周りにいた商人達も同様何事かと高台にいる、若い衛兵に視線を向けた。
「ゴブリンです!!ゴブリンの群がやってきます。数は百以上!!」
砦にいた衛兵の数は最近の人員削減で数を減らされ30名ほどだった。しかも戦闘経験も浅く、出世コースから外れたやる気のない者達がこの関所にいるだけだった。
知らせを聞くと辺りがざわめく。そして一斉にその場が混乱した。慌てる衛兵を見て真っ先に逃げる商人達は賢かった。逆に衛兵に助けを求める商人達は愚かだった。衛兵達は邪魔な商人達をかき分けて砦に入ると、砦の扉を無理矢理閉める。商人達は開けろと扉をたたき続ける。
砦は堅牢だが、籠城するとなれば食料は少なく、商人達全員に分ければ半日すら持たない。何日籠城するか分からないのなら尚更だ。
それに砦は狭く、商人達を入れれば当然荷物を持ち込めるかどうかが問題になる。仮に荷物を置いて籠城して助かっても荷物の保証は誰がするのか?後で衛兵達の責任になるのは目に見えている。
関所の部隊長はブルク・ハルト。出世コースから外れた名誉子爵。性格は傲慢で横領などの罪で砦の責任者にさせられた男で、関所に来てからも横領・賄賂は当然の権利だと、商人達から金を巻き上げていた矢先、今日のゴブリン騒ぎが起きた。
「何故、ワシがワシだけがこんな目に遭わなければならんのだ!!おい!狼煙を上げろ!本国から救援が来るまで籠城だ!!くそくそ!!」
昼間から酒を煽っていたため赤ら顔で辺りに八つ当たりするブルク・ハルトをビルディは冷たい視線で眺める。ビルディは新進気鋭の傑物で、汚職の内部調査でこの関所にやってきた、副隊長である。
「おい!ビルディ!!この砦、まさかゴブリンに落とされる事は無いだろうな?」
「ブルク・ハルト様ご安心を、我等の砦はゴブリン如きでは絶対に落とせません。先程狼煙を上げ、本国へ救援を要請いたしました。直に部隊が来るかと思われます。」
淀みなく答えるがブルク・ハルトは命が助かると保証されたと同時に、彼が心配したのはこの責任の所在だった。
「私に無断で、勝手に狼煙を上げたのか?命令を出す前に?」
「はっ、いえ緊急事案だと思い。申し訳ありませんでした。」
「少し待てよ。よくよく考えれば、ゴブリン如き私が指揮すれば殲滅出来たのだ、勝手に本国へ救援など送りおって!!この無能が。お前に撤回の報を本国へ知らせてもらう。」
早馬では時間が掛かる、本国に付いたときには準備は整っているだろう。ビルディが撤回の進言をしたとしても、準備・出撃を中止するだろうか?ゴブリンは依然としている状況、もしもの為に救援に来るはずだ。
仮にゴブリン共の戦力が想像以上であったのなら、そのまま自分の手柄にし、想定以下ならビルディに責任を擦り付ければいい、とブルク・ハルトは考えた。
「早く本国に知らせろ、ビルディ!!」
「はっ、了解いたしました」
そう言うと、ビルディは一礼し、退出した。ドアを閉めると一人呟く。
「想像以上に腐っているな、、まぁ、後で処罰されるのは自分だというのに、せいぜい首でも洗っておけ。ブルク・ハルト閣下、、」
ニヤリともせず、早馬を出すため混乱する外へと向かった。
「テメーふざけるな!!コレは大事な商品だ。捨てるなんて出来るかぁ!!!」
「命あっての物種って知ってるかオッサン!!ちょっ離せ、追い付かれるぞ」
アルドとゼニスキーは荷物を引っ張り合う。筋肉質なアルドは見た目通り力が強い、しかしゼニスキーはその力をもはねのける。それは執念か其れとも元々力が人並み外れて強かったのか。
「ハァハァ、なんつー力だよ。あんた本当に商人か?」
「駄目ですよ。ゼニスキーさんはお金が絡むと物凄い力を発揮しますから」
馬車を操縦していたエルフの少年はヤレヤレと両手を挙げて、ため息混じりに呟いた。ゼニスキーはまるで狼のようにガルルッとアルドを威嚇する。仕方がないとアルドは積み荷から手をはなし槍を構える。
「もういい。砦も近い援軍が直に、、」
アルドは砦を見ると、砦から蜘蛛の子を散らすように商人達が逃げだしていた。砦を通り過ぎるまでには全員逃げれそうだが、問題なのは砦にいるはずの兵士達に動きがない事だった。
「籠城か。どうやら援軍は期待できそうに無いが、立て籠もるよりは逃げた方が生き残る確率は高いだろうに見誤ったな」
アルドはまたも追い付いてきたゴブリンを一線し命を奪うと、頭をポリポリとかく。前方の砦から商人達がすべて逃げ出し、最後尾にアルド達の馬車が追い付いた。
「おい見て見ろ」
ゼニスキーは通り過ぎ後方になった砦を指差す。ゴブリンの群が馬車を離れる、アルドもそちらに視線を向ける、その先の砦には無数のゴブリンが向かっていた。
「多分だが、砦の奴らは駄目だな。奴らの怪力の前には砦のちゃちな扉なんぞ、藁みたいなもんだ」
まさしくその通りで、砦ほあれよあれよとゴブリンな囲まれ逃げ場すらなくなった。砦にいたもの達は全滅だろうとアルドは思っていると、前方から単騎駆けの衛兵がスピードを落とし、アルド達に話しかけてきた。
「私は関所警備副隊長ビルディ、ここの主人は誰だ。話がしたいのだが、君か?」
「そいつはただの旅人だ。この馬車の主人はこのゼニスキーだぜ。衛兵さん」
ゼニスキーが身を乗り出す。衛兵は兜を被っているのでよく顔が見えなかったが、2枚目に分類できるほどには整った顔立ちで、浅黒い肌が魅力的な野性味ある男だった。筋肉の付き方や物腰からはかなりの使い手であるとアルドは値踏みした。
「ではそちらの旅人に質問だ。あれはゴブリンかね?君はどうみる?」
「別種だと思うね。スピードとパワーは段違い、オマケに素早くて、集中しなければ当てるのにも苦労する。だが、【礫】で、、礫ってのはストーンバレットの威力が弱めの奴でーを当てた感じだと。打たれ弱い印象はあるな」
「【ナガレモノ】か、、折り入って君達に頼み事があるのだが聞いてくれないか?実は君達にゴブリンを引き付けてもらいたいのだ」
「ちょっと待ってくれ、何だって俺達がそんな事しなけりゃならんのだ?俺は只の商人で逃げるのも手一杯だってのに」
「あれがゴブリンで、ゴブリン性質を持っていたのなら、ここで根絶やしにしなければ後々困ることになるかもしれないからだ」
アルド自身考えないようにしていたが、その通りだった。ここでゴブリンを根絶やしにしなければ後々禍根を残す事になる。
「礼はする。ゼニスキー殿、もしも約束してくれるのなら、それなりの報酬は約束しよう。如何か?」
「、、本当に報酬を出すんだな?」
「ああ、損失の補填もする。何かあれば評議会諜報部。2133のビルディの名を出せ。仮の名だが用がないときに名をふれ回るなよ、切られるぞ」
ゼニスキーは頷くと、了解する。ビルディと名乗った男はアルドに向き合う。
「先程の太刀筋を見ればわかる。君はそこいらの旅人や冒険者とはものが違う。この戦いにおいて君が勝敗を握っているのは間違いない。ペラペラと話す時間もないのでな、王都の北門で待っているぞ凄腕の槍使い」
はあ!!っとビルディは馬をとばす。素晴らしい馬術で早々に、アルド達を追い抜くと王都へと向かっていった。
「エルフの坊主、馬車を止めてくれ。ゴブリンを引きつけるぞ。馬に水と餌をやって休息させよう、水はどこだ?」
アルドは汗をかき疲れている、馬に水を桶で飲ませる。
「いつまで休息出来ますか?」
「砦次第だな。さーて俺も飯めしっと」
そういってアルドは荷台に消えた。エルフの少年はアルドに言わなかった、何故助けに行かないのか?
アルドは答えるだろう、無駄死にするだけだーと。
自分自身に対する言い訳だ。
何故なら彼の手は戦いたいと震え、背中からは闘志を漲らせていた。助けるために戦いたいとそう見えた。
エルフの少年は目が良い、見間違えはしない。
「金だ!!よっしゃあ金になるぞ!!!」
ゼニスキーの言葉で少年は現実に戻り、再び砦に視線を向けたのだった。
数分後、関所の扉はゴブリンの怪力によって破壊され、抵抗らしい抵抗すら出来ず瞬殺されていく衛兵達。隊長執務室に鍵を掛け立てこもっていたブルク・ハルトは机の下に逃げ込んでブツブツと呟いた。
「ビルディめ、何が落ちんだ、、嘘つきめ、くそくそ。何故私だけがこんな目に、、」
バキバキとドアが壊される音がして、ブルク・ハルトは息を潜める。しかし、いつまでたっても襲われず、恐る恐る廊下を見ようと顔を上げー
ヒュッ。
ベチャグチャ。
ゴブリンの棍棒が振り下ろされ、ブルク・ハルトはその生涯を終えた。
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