第5話
トラベラーAさん
「ひとりでやれる事なんて限られている。数の力は偉大だ、一人には出来ない事が出来るんだから。しかし俺が知りたいのはどうやったら人数を集められるかということ、それが命懸けとなれば尚更だ」
日も暮れ、アルドは何故か目を覚ました。妙な胸騒ぎがした、まるでキラースコーピオンの群に囲まれたような感覚。今まで勘などは信じていなかったが自分の師匠兼育ての親の言葉を思い出す。
《勘っていうのは、研ぎ澄まされた五感が反応しているのさ。突き詰めれば高度な先読みだな。耳で聞こえなくてもちゃんと【頭では聞こえている】し、見えていなくても周りの感じから【頭では見えている】事なんだ。特に命の危険には敏感に反応するもんだ。》
アルドは、長居は無用と荷物をまとめ始める。
ギギギギ、、共用小屋のドアが軋みながら開いた。アルドは警戒しながら、ドアを覗くが特に変わった様子はない。そして閉まる。沈黙ー
「風かー?」
ドグワシャン!!パリン、パリン。
突然の爆音。数十キロのドアが吹き飛び、凄い勢いで厨房へ駆け抜けていった。アルトが下敷きにならなかったのは、最後壁に立てかけてある白銀の杖を取ろうと、隅へ移動したからで、幸運によるものだった。
ギギぎぎー
「ニンゲン、ニンゲン。」
薄暗くなってきた室内から見えたのは、出入り口に群がるゴブリン。窓から次々と侵入してくるゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。
ゴブリンは惑星ガルンゼルでもポピュラーな生物である、もちろん害獣として名高い。いつものアルドならば、正面に突撃し三百だろうが千だろうが倒そうとし、倒しただろう。
だが今回は違った。戦士が最も嫌う行為、覚えた技術を捨てた。まだ気配が少ない厨房の方向へ走り込む。恐怖からではない、生き延びるために。
逃げの一手。
アルドは奇妙な杖を起動させると、壁をメッタぎりにして蹴り上げ、壁を破壊し脱出。
ギギぎ!!ブオン!!
ゴブリンの一匹が屋根からの強襲。まるで弾丸のようなスピードの攻撃が届く前に、杖で両断。一匹を絶命させる。
ボスン、ゴロン。
草むらを転がりながら、体勢を立て直し、振り返りもせずに王都の方向へと駆ける。しかしゴブリン達の足は異常に早く、アルドの横に併走してくる。、
「デタラメだ。デタラメ過ぎる。」
アルドは魔石を取り出し、魔術構成図を仮想領域に展開。最も成功率、命中率の高い魔術を放つ。
「
中級基礎魔術ストーンバレッドではなく、亜種の【礫】を選んだのはより広範囲に無数に飛び、回避が不可能に近いためである。勿論、アルドが知っているのは、後は
魔石から力が流れ込み、己の仮想領域に進入。魔法を発動させると何もなかった空間から、無数の小石がアルドの前方に壁の様に出現。魔石は魔力を失い一瞬で黒くなり砕け散る。
ビビュオン!!
成功。壁が前方に放射状に分散、追撃してくるゴブリン達に命中する。小石といっても高速で飛来し、無数に全身を打ち付ける魔術。それにゴブリン達はボロやハーフプレートを纏っているだけなので、露出している肌には裂傷を負った。
数体が転がり、大半が堪らないと諦め、残り二匹が諦めず猛追してくる。
ギギギ。
「オノレ、コイツ。コロス、コロス。」
右側面に併走してきたゴブリンがアルドに向かってジャンプ。その胴体を杖で右横払い、ゴブリンは棍棒でガードするも棍棒ごと両断する。
走りながら、しかも無理な体勢での横払いでよろめくのをもう一匹のゴブリンは見逃さず、逆方向から棍棒をアルドに叩きつける。
メキメキ、ボギィ。
アルドは気配を感じ、とっさに左手で横腹を守る。左腕の骨が砕け、ブレストプレートに亀裂が入り、肋骨が軋む。
ドゥ、ゴロンゴロン。
「ぐあっ!!」
アルドは10メートル程地面を転がり、勢いで鞄が千切れ飛ぶ。左腕に感覚は無く、付いているのが不思議なぐらい、脇腹はヒビが入り呼吸すると激痛が走った。
数瞬ー
ゴブリンが仰向けに倒れたアルドに向かって跳躍、アルドは吹き飛ばされても握っていた杖を突き出す。胸を貫かれたゴブリンはいまだ棍棒を振り回しアルドの喉元に食らいつこうと、口をガチガチと鳴らすが、アルドは右手首を捻り五体をバラバラにする。
すぐさま立ち上がったアルドは、カバンを放置し崖からそのまま身を投げ出した。高さは百五十メートル程か?
杖を手放し、最後に残った魔石という全財産を右手で握り締め、魔術構成図を仮想領域に展開させる。
落下ー
通常、人間が落下する速度は極めて早い。落下し始めて地面に激突するまで一秒ないし二秒か。その間で魔術が発動したのは、極限状態だったからか、只の幸運からかー
《完璧》の魔術が発動し、アルドの全身が保存され硬直する。《完璧》の魔術とはその物質への変化を実質なくす効果がある。いわゆる無敵に近いが数秒間しか保てないうえ、動けなくなる欠点がある。
同じ様な魔術ではスチールスキンがある。こちらは効果時間が長く又動く事が可能であるが、その分体の強度が鉄の様になるだけで、防御面では些か劣る。
ガサガサガサ、ドコン。
魔石が砕ける。
木々に接触した後、体が地面に激突。数秒後体の硬直が解ける。フワリと体の感覚が戻り、周りにあると思われる白銀の杖を探す。
アルドは杖がすぐ見つからなかったら諦めるつもりだったが、白銀の奇妙な杖は薄暗い木々の中で、置いていかないでくれと青白い光を放ち自分の場所を示していた。
急いで近づき、地面に落ちている白銀の杖を右手で拾い上げる。いつまたゴブリン達が出てくるのか分からない。砕けた腕に簡単に蔦を巻き付け、落ちている木を添え木代わりに腕を固定する。
アルドはとにかく走った。逃げ切れれば良し、逃げ切れなければ死ぬだけ。只何もせずに諦めて殺されるのは自分には出来なかった。
オアシスから西へ進むと砂漠、南北に長い山脈、そして王都がある。王都へ続く公道、王都への関所はもう鼻の先、のどかな天気にゆったり馬車進めていた行商人ゼニスキーは手綱を握りながらウトウトとしてしてしまった。
先程軽く昼飯を食べてしまったのがいけなかった。サンドウィッチの残りは横の座席に置いてあるが正直あまり食べる気がしない。馬は生き物であるので寝てしまっても、道から外れる事はあまりないがそれでも多少危険ではある。
ゼニスキーは目をこすり、手伝いであるエルフの少年と交代を切り出そうとした時だった。荷馬車の奥からエルフの声がする。
「ゼニスキーさん!!変なものが近づいて来ます。」
「?、、バカやろ。そんなんじゃ分からん、詳しく話せ」
エルフの視覚は非常に優れている、なのでゼニスキーは見張り番をさせていた。盗賊に襲われるのを回避した事も一度や二度ではない。だが少年だからか、時々要領を得ない報告をされる。
「えっと、薄汚い旅人がいてコッチに向かってきてます。変なのは、後ろの連中で小さい、、何だろ緑色の奴らがたくさんこっちに向かってきてるんです。」
「緑色で小さい奴らが沢山、、まさか、そりゃゴブリンだ!馬鹿!!時々集団で現れるってきいたが糞何だってこんな時に。」
ゴブリンは人間の食べ物だけでは無く、宝石や貴金属、はては服や家具すら盗み、奪い、また壊す。商人であるゼニスキーにとっては忌むべき存在であった。
「関所まで行けば、衛兵がいる。小僧ゴブリンは何匹いるんだ?旅人が逃げるぐらいだ20か?30か?」
「両手両足の指が沢山です。百でしたか?それより多い気がします。うわっ!!」
ゼニスキーは馬車馬に鞭をいれる。普段は馬の機嫌が悪くなり、また足に負担を掛けるため避けているが今回ばかりは、そんな場合ではないと速度を速めた。
「ちょっ、うあぁぁあ。」
ゴトゴトゴト。
エルフの少年の声、荷馬車に何かか進入した音。
「糞、入りやがったかゴブリンのやろー。こんな時のために、魔石を買ったんだ。これでー」
ーが、魔術構成図が焦りのためうまく思い出せない。意識内の仮想領域にうまく魔術構成図が描けなければ、魔術を使う事が出来ないのは常識である。
ゼニスキーは高位魔術構成図の本を読み、使える気になっていた。上級・中級の魔術になれば日々のイメージトレーニングを欠かさず行わなければいけないし、ここぞというときの度胸もいるのだ。ましてや沢山の本を読んでいたため、取捨選択すらできない。
一般人であれば中級魔術一つで良いのだ。それの練度を高め、命中率や成功率を高めることが、一番重要であることにゼニスキーはこの時になりようやく気が付いた。
ガチャン。
音が近づいてきて、ゼニスキーは覚悟を決めた。
「あんたが馬車の持ち主か?ゴブリンに追われているんだろ助けてやるよ。」
顔を出したのはボロボロのマントに奇妙な白銀の杖を持った男、格好良くキメているが内容が伴っていない。第一お前も追われてるだろう。その前に、何故俺の荷馬車に乗り込んでるんだ。それ以前に俺のサンドウィッチ勝手に食うな。
様々な言葉がゼニスキーの頭の中を駈け巡る。
男はサンドウィッチを全て終え、水をかぶ飲みすると、左腕につけてある蔦と木を外し、両腕をグルグルと回す。
「ゲプ。運がいいぜあんたサンドウィッチの礼だ。今回は特別、言い値で良いよ。いくら出す?」
勝手に商談を始め、にこやかに笑う男にゼニスキーは納得した。あっコイツ馬鹿なんだ、、と。
「さっき食ったのが報酬で良いだろ?」
ジト目とその言葉に男は頬をかく。予想外だったらしい。
「、、まぁいいか、男に二言は無い。しかしあんた欲深かだね」
「何がだ、高々ゴブリンの百や二百、お前に助けてもらわなくてもー」
その時ゼニスキーは背後からゴブリンに襲われる。
ギャルグル!!
ビュン。
閃光がゼニスキーの顔の横を掠める。
「なっ、、」
ゼニスキーが気付いた時はもう、男が放った神速の突きがゴブリンの胸を貫通し、ゴブリンをバラバラにした後だった。
「今、一回あんたの命を救ったぞ。」
そう言った男の表情はまさしく、一騎当千の戦士の顔だった。ゼニスキーは思う、多分俺の命は保証されたのだろうと、しかし何故か胸騒ぎがする。
後に命を拾ったゼニスキーは語る。奴は凄腕だがアイツに付き合うと命がいくつあっても足りないと。
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