第4話

トラベラーAさん

 「初めの負けを挽回するために無茶な勝負をする。結果更に負けが込むなんて話は枚挙に遑がないが、別段賭事の話に限ったことではないかも知れない。」



自分の出生の謎が知りたい、なんていうのはタダの口実だった。生きるためには食べ物だけでは足りない、【生きる目的】が必要になる。そうしなければ魂が削れ、いずれは歪む、腐る。アルド・ガーデンブルグには生き抜くだけの力はあったが、平穏な日常に何かしらの違和感を感じていた。


お金持ちになり、相手の頬を札束で叩きたいとも、好きなだけ何かを買いたいとも思わず。最愛の人に愛を囁き、子供を作り家庭を築こうとも、最愛の人以外の女性と関係を持とうとも思わず。何かしらの技術を極め、行使しようとも思わず。ただアルド・ガーデンブルグは生きていた。


違和感を感じ始めたのは、育ての親でもあり槍術の師でもある、生活破綻者ガンリュウから練習試合で初めて勝利したときである。


子供の頃から槍術を習い、目的はガンリュウから勝利をもぎ取ることだった。目的の達成、さらなる生きるための目的が必要になったのだ。勝率があがるにつれ、段々と違和感が強くなり。五分になったときには、旅立つ決心をしていた。


始めはその事に少し驚いていたガンリュウも、元々は冒険者だったこともあり、出生探しを認めてくれた。


分かっているのは体の特殊な力と、白銀の奇妙な素材で出来た杖。自分が拾われた場所と他にも沢山の物があったという話ぐらい。推測だが【ナガレモノ】だろうと考えていた。


そんなわけでアルド・ガーデンブルグは旅をし、ガントレットの存在を知り。そして現在に至る訳である。


パチリ、パチリと焚き火のはじける音が聞こえてくる。アルド・ガーデンブルグは薄く目を開くとそこには冒険者らしき人物がたき火を囲んでいた。


人数は三人、三十代後半の髭を生やした体格の良い男、金髪を後ろで無造作にまとめている眼鏡を掛けた長身の男、最後に若い少年の域の男。


アルドは縛られてない事や、奇妙な杖を取り上げられてない事を考え、追い剥ぎの類の可能性を排除し、完全に警戒は解かず冒険者らしき人物達の会話を盗み聞く。


「【ナガレモノ】の中には巨体なイグアナに翼が生えた奴だっているらしい。協会の書類によると、ああいった場所には黒い塊のような危険なものだって時々発生するんだと。」


「黒い塊は次元断層という、話はよく聞きますが近場にはナガレモノの発見例が多数ありますからね。高い捜索依頼よりは安全なこんな依頼を受けるのも冒険者として長生きするコツなのでしょうか。」


「ま、変な拾いものを今日はしちまったがな。本来なら放置するんだせ、起きてるんだろ旅人さん?」


アルドは起きている事を気付かれたので、目を開け冒険者と向きあう。


「助けて貰って礼を言う。本来なら何かお礼をしなければならないのだが、、素寒貧でね。」


アルドは両手を挙げ困った顔を作る。冒険者の体格の良い男が顎髭を触りながら言った。


「あんたの懐に期待はしてないさ、それよりもあんたの鞄に巻き付けてあるのはキラースコーピオンの外骨格なのか?」


アルドは倒したキラースコーピオンの外骨格を王都の加工品店で売ろうと思い、形の良いものや持ち運びしやすいものを切り分け、持ってきていた。数は湾曲した八十センチ四方の正方形型が六枚ある。


「友人から譲り受けてね。王都で売却する予定なんだ。助けてもらった例だ、欲しかったらあげるよ。」


嘘をついたのは、余計な警戒をさせないため。冒険者達も嘘だとは感じたが、悪意のある嘘だとは感じなかったようで、二枚ほど受け取り。助けてもらった件は一段落した。


その後、冒険者達が用意した乾パンと水、山菜のスープを分けてもらい、就寝。


早朝、冒険者達に訪ねられる。


「あんた山越えするのか?」


「そのつもりだが。」


「なら気をつけた方がいい。俺達は山側から来たんだが、途中【黒い霧】らしいものが発生していたー、かもしれん。」


アルドは旅人になって未だ日が浅い。聞いたことがない単語について呆ける。それを察し長身眼鏡の男が話し始める。


「【黒い霧】はその場所が不安定になっている前兆でして、場合によっては黒い塊に移行するようですよ。もっとも多くの場合はそのまま消えてしまいますし、、我々が羽虫の群れと見間違えたのかもしれないですがね。」


「大体分かった、忠告ありがとな。」


と礼を言い。アルドは一通り、山越ルートと黒い霧の場所などを教えてもらった。最後、冒険者達と握手をし、別々の方向へ歩き出した。


山には草が生え、所々に背の低い木々が植林され、道も歩きやすい様に石などで舗装されていた。しばらくすると急に道の勾配が強くなり、険しい崖となった。ほぼ直角の崖には滑車付きのロープと鉄製の梯子が備え付けられていて、簡素なモノであるがアルドにとっては有り難いものだった。梯子の高さは50メートル程だろうか。


アルドは自分の鞄を滑車付きのロープに巻き付け、自ら一段一段梯子を登る。ギシギシと音がして今にも壊れそうなので、ヒヤヒヤしたが無事梯子の上まで登りきる。ロープを手繰り寄せ荷物を回収し、再度舗装された道を歩いていく。


そんな単純な行為を七回繰り返し、山頂らしい共用小屋までたどり着いた。そのまま進もうか?とアルドは考えたが砂漠で強行し道に迷った事と、麓までの距離がわからない危険性、山の天気の変わりやすさ等も考えて共用小屋で一晩泊めさせてもらう事にした。


共用小屋は小さな部屋と調理用スペースが一緒くたになっているもので、そこに棚なども置いてあるため横になれるスペースは限られて約二畳程、現在一人のため大の字で寝ることが出来た。


日暮までまだ時間があったため、辺りを散策。小屋の裏手には巨大な桶が並べられていて中には雨水が貯めてあり、張り紙には【綺麗に使える者だけ使用可。飲むな危険!】と書かれていた。


「流石に臭いまま王都に行けないか、浮浪者と間違われてもな。」


アルドは鞄からケトルを取り出すと雨水を入れ。共用小屋の調理場に移動する。


「枯れ草と薪はあるけど、火打ち石は無いか、、」


一瞬魔石を使おうかと考えたアルドだが、シルクを燃やすのと変わらない行為だと思い、水のまま使うことにした。裸になり、体を満遍なく水に濡らした布切れで拭く。真っ黒になった布切れをもう一度濯ぎ、再度体を満遍なく拭くといくらか体が綺麗になったので、髭を剃り、下着を洗った。


スッキリしたついでに、ボロボロになった簡易毛布の修繕をして、外で天日干しをする。腹が鳴ったが食べ物らしいものもないので我慢する。


「腹が減った、寝るか。」


アルドは空腹で眠れないと思っていたが、山登りで疲れていたのか、直ぐに眠りについた。






冒険者達がいっていた。【黒い霧】と【黒い塊】、異次元の亀裂とも呼ばれる情報は間違っていた。黒い霧は次元転移強度が弱く、黒い塊は次元転移強度が強いだけである。


なにが違うのか?


AからBへ次元移動する際、その物体はそのままの形を保ったまま移動する事が可能だろうか?答えはどの位その亀裂が隙間なく強固に繋がっているかによる。つまりは次元移動強度によって決まるのである。


黒い塊は次元移動強度が強いためほとんどの場合、次元移動したとしても、その物体に影響はない。しかし発生は稀であり、発生させるための技術の確立には、かなりの科学水準が必要であり、多次元世界全体でもオーバーテクノロジーの域である。


黒い霧は次元移動強度が弱いためほとんどの場合、次元移動すると、その物質そのままに物体が変わる。人間であれば頭に足が付いていたり、目がお尻に付いていたり、内臓が外側にあったり、骨が凝縮され肉塊になっていたり。つまり、絶命する。


例外もある。幸運にも外見、内面共に健康な場合も往々にしてある。しかし、影響が無いことなど殆どないのだ。同じ量の粘土をコネて、たまたま外見が同じ様に見えるだけ。


質量を無視すれば、虎のような強さの猫ができる場合もある、猫のような強さの虎ができる場合もある。つまりは神様の気分次第なのだー


それは世界ではゴブリンと呼ばれるものだった。身長は1メートル程緑色の皮膚をもち、人より非力であり、する事といえば人の家畜を盗んだり、畑を荒らしたり、子供をさらって喰う。高い繁殖力で倒しても倒してもいなくならない、人にとっては害獣の類であった。ある程度経験を積んだ兵士であれば一人で十匹は葬れる弱い生き物である。


いや、、ーだった。


数百はいようかというゴブリン達は、ゴブリン討伐隊の兵士達から逃げる途中、【黒い霧】に覆われた。そして霧が晴れてみると見慣れない山に、瞬間的に移動していた。辺りは夕暮れに近い。


「ギギ、ゴゴドゴ」


「イドウ、シタ、ニンゲンハオッテキテル?」


「オッテキタ、ニンゲンタチ、シンデタ、チダラケ」



ゴブリン達は妙に頭がスッキリしていたが気にはせず、考え始める。考え始めたのだ。ゴブリン達の疑問にゴブリン達の中で一番頭が良く体が大きいリーダーが答える。


「タベモノナイ」


「ヤマノボル、トオクミル、タベモノアリソウナ、トコロイク」


「ニンゲン、イタラドウスル?」


「ヨワイニンゲン、コロスタベル。ツヨイニンゲン、ミンナデ、コロスタベル。ツヨイニンゲン、タクサン、ニゲル。イママデトオナジ」


ゴブリンを越えたゴブリン達、オーバーゴブリン達は群をなし山頂へ移動を開始したのだった。

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