第5話 ペンダント



「ヒック?誰だそれは...っ!?」


 屋敷の主人は震えるような声で叫ぶ。


「私のヒックを!返しなさいっ!!」


 黒髪の女の顔は怒りの表情へと変わり、強い光が部屋を覆うと、一瞬、何も見えなくなる。


 そして目を開けると、ヒックは何も無い真っ白い空間に居た。

 本当に真っ白い。周りには何も無い。

 下にも上にも、あるのは〖白〗だけ


 感覚がおかしくなる。


 浮いてるのか、地面に四つん這いになっているのかも分からない。ただ手と膝には何かに当たっている感触がある。


 黒髪の女がヒックを見る。


(あ、、、)


 ヒックは気づくのが遅かった。隠れてた壁が無くなってしまって、丸見えになっているのだ。

 まだ感覚が気持ち悪いが、地面はあるようだ。走れる。

 考える前に、俺は黒髪の女と反対方向へと全力で走った。


 ご主人様の事など考えず、ここがどのような空間でも俺は助かりたい一心で走った。とにかく、あの女から離れなければならないと思って走った。


 が、何かに足を引っ掛けて、直ぐに転んぶ。

 この真っ白い空間でも転けると痛い。

 足を見た。あの黒い髪の毛が足にまとわりついている。


 いつの間にか、黒髪の女が微笑んで、間近に立っている。

 ヒックは恐怖と、この空間で頭が混乱して声も出せない。



 女は両手を広げ、微笑みながらゆっくりと口を開き囁く...


「あぁ...私の愛しいヒック...ここに居たのね」


 (ヒック?誰だ?)


「あなたよ」


 (え?コイツ何を言って...)


「ダメじゃない、そんな口のきき方しちゃ...」


 (?!俺の考えてる事が分かるのか?!)


「もちろんよ。あなたのママなんだから。私はあなたの考えてる事なんてカンタンに分かっちゃうわ...」


 黒髪の女は、とても優しい笑みを浮かべている。。。


 (ママ...?確かに俺に親は居ない。コイツが俺の母親?!こんな化け物みたいな奴が?!そんな訳、、、あああっ!もう!頭がおかしくなりそうだ!!!!)


 気づけば黒い髪の毛がヒックの周りを囲んでいた。


 そして黒髪の女の身体が中心から、十字に青白く光る。

 眩い十字の光が消えると、黒髪の女は居なくなり、青白く光る球体がそこにはあった。その球体から、細長い蛇の様な動く触手が、何本もヒックへと伸びている。それはヒックのあちこちに噛み付く。


 (う、わ…し、死ぬほど気持ちが悪りぃ…) 


 ヒックは気を失いそうになる。


「あぁ、ヒック…私の、ヒック…」


 そして小指を噛まれた時、ヒックは気を失う感覚に襲われたが、すぐ正気に戻る。


 (はっ!?)


 いつの間にか、黒髪の女は居なくなっている。


 辺りを見回すとご主人様の部屋だった。

 ご主人様が倒れている。他には誰も居ない。。。数十個あった黒い繭も無くなっていた。


 ヒックはご主人様を抱えて屋敷を出る。屋敷の火は不思議と消えている。遠くからジュードの声が聞こえた。


「おぉぉぉい!ロラァァァン!!!」


 そうだ、俺はロランだ。

 ヒックなんかじゃない。

 ヒック?ロラン?俺は?なんだ?誰だ?


 少し頭が揺さぶられた感覚があったが、すぐ元に戻った。


「ロラン!町のみんなを連れて来た...って赤ん坊や他の連中は?、」


 俺は首を横に何度か振りながら、抱えていたご主人様を地面に下ろし、そこで意識が途絶えた...。


 ヒックは、その後5日も眠りつづける。

 屋敷は解体され、建て直し作業が進む。


 屋敷の主人は、あの時の記憶があまり無い様だが、ヒックを命の恩人だと言って、執事長へと昇格させた。


 と言っても今や、この主人とジュード、そしてヒックの3人が屋敷の住人となる。

 他のメイドやご婦人方は、あの火事で亡くなってしまったらしい。ただ骨も何も見つからないので、族の仕業じゃないか?との噂も流れた。


 ヒックもあまり、あの日の記憶は定かでは無い。そして、あの日見た光景を思い出さないようにしていた。


 しかし。


「俺の胸には、見覚えの無いペンダントがある。これはあの日、急に俺の首に出現した。どう頑張っても外す事は出来ない。。。」


 そう言ってヒックは胸元に手を入れ、青い小さな宝石のペンダントをロッシーに見せた。


 それを見てロッシーは一瞬驚いたが。

(胡散臭い)と思っていた。


 あれから3年の月日が流れた。

 ヒックは執事長として若いメイド志願者達の教育や、屋敷の仕事に追われながらも、奴隷として、この屋敷に居た頃より充実した生活を送っていた。


 しかしヒックの心には黒いモヤのような物が漂っている。


 あの黒い髪の毛が、丸く円を描きながら同じところを漂っている様に。。。


 それは日ごと大きな円となってヒックを覆って行く。


 あれからヒックは髪が伸びなくなった。爪もだ。手入れする事はない。それに肌や体力にも衰えを感じない。3年程ではあまり変わらないのかもしれないが…。


 今、ヒックは21才。しかし18才のまま年数だけが過ぎ去っているという自覚が、何故かヒックにはある。

 前に1度、髪を短く切ってみたのだが、次の日には元の長さに戻っていた事があった。


 (あの日、あの女は俺に何をしたのか、、、

 あれ以来、あの女は俺の前に現れない。

 そして、この首のペンダント…)


 この日は何故か、そんな事をぼんやりと考えていた。


「ロラン!この書類に印を押してくれ!」


 ノックも無しに、慌ただしく部屋へ入って来たのはジュードだ。。。


「ノック...」


 俺はわざと嫌味な顔をしてジュードを見た。


「あ、悪りぃ...」


 へへへっと頭を掻きながら笑っているジュードも、今は奴隷ではなく執事として働いている。


「てかコレだよ!この書類!見てくれ!!こんなに沢山あるのに誰も手伝ってくんねぇんだよ!!印を押すのはお前だから良いんだけど、サインと内容の確認はジュード様がしてくださいね。って下の奴らが言うもんだからよ!めっちゃくちゃ大変だったんだぜ!何も考えず与えられた仕事だけしてた奴隷時代が懐かしいぜ...あ、別に奴隷に戻りてぇわけじゃねぇけど、、、よ、、って聞いてるか?!人の話?!」


 ヒックは正直、聞いていなかった。まぁいつもの事だ。「わかった」と言いながら書類に目を通して印を押す。。。


「ロラン、あの日からお前、、、」


 ヒックはドキッとした。まさか歳を取って無いことを感ずかれたのではないかと。だがすぐ。そんな訳は無いと思う。


 ジュードは続ける。


「変わらねぇよな。中身も、見た目も。。。」


 中身の事は分からないが「外見も」と、言われた事に狼狽してしまったヒックは手元が狂って、印を机の横に落としてしまった。


「おっ大丈夫か?俺が取ってやるよ」


 ジュードが机の横にしゃがんで、印を拾って手渡してくれた。

 ジュードとヒックは同じ年齢だ。


 手が触れた瞬間、肌質の違いに気づく。


 やってる仕事のせいもあるだろうが、ジュードの手はやはり少しザラついている。


 それに意識をとられ、ヒックはジュードの手を握りっぱなしになってしまった。それに何故そんな事を聞いて来たのか不思議に思っていたのだが…


「お、おい、、、ロ、ロラン…?」


 ジュードに話しかけられてヒックは我に返り、ジュードから手を離すと、何事も無かったかのよう仕事に戻った。


「ロラン、大丈夫か?今日なんだか変だぞ?」


 ジュードの頬は何故か少し、赤らんでいた。


「あ、あぁ。少し気分が良くない。早めに休もうかな。」


 そう言って、ヒックは執事長の椅子の背にもたれ掛かる。


「書類は明日でもいいからよ」


 そう言ってジュードは、手をさすりながら部屋を出て行く。


 ヒックはそのまま窓から空を見る。青かった。快晴で、雲1つ無い。そして胸のペンダントに手を当てて目をつぶり。

 そのまま意識を失った。



 夢だろうか。



 あの白い空間にまたヒックはただ1人存在する。

 身体が宙にフワフワと浮いている感覚があり、あの時とは少し違う様子。


 ヒックは夢だろう。と思い呆けていた。が、あの女の事を思い出して、少しバタバタと手足を動かしてみるも、浮いてる感覚の中、移動するのは困難だ。


 しかしヒックは辺りを見回し考え、落ち着く。あの女は何処にも居ない。これは夢だろう。そう思って、のんびりする事にした瞬間だ。


 突然、身体が下へ落ちて行く感覚に襲われる。


 ヒックはまた慌てて手足を振りながら抵抗したが、手足がとても重い。

 不思議に思ったヒックは自分の手足や身体を確認する。

 両手、両足、そして胴体、首に鎖で絡み付いていた。


 何も無い真っ白い空間の見えない先まで、その鎖は続いており、ヒックの全身へと纒わり付く。

 ヒックは何故か、それをとても恐ろしく感じて恐怖した。


 ヒックは手足を振って自由を確かめるが、鎖は巻き付く強さを増してゆく。それはヒックの首や胴体、手足を締め付け、自分が千切れそうになる感覚を覚える。


 ヒックは息が出来ず、手足は猛烈に痛い。動く事も難しく苦しめられていたが。その時である。真っ白い空から鎖と同じ太さくらいの、黒い槍の様なものが無数に降って来る。ヒックに絡む鎖を貫いて破壊する。


 破壊された鎖は、針を刺された風船の様に弾け飛び消滅していく。しかし、その刹那、鎖の中から黒い液体が弾け飛び、ヒックを黒く染める。


 ヒックは鎖の苦しみから解放されたものの、今度はベタベタとする謎の黒い液体の気持ち悪さに苦しめられていた。


 そして鎖を破壊した黒い槍の様なものは、空へと帰って行く。


 ヒックは気持ち悪さと、宙に浮いている感覚の中、槍が来た方向を見る。そこにはあの黒髪の女が笑みを浮かべていた。


「…良かったわ…ヒック…」


 ヒックは息が止まりそうになる。そして女は髪の毛の束を何本も、鋭い槍のような形に変えていたのを元に戻す。


「私の坊やに手出しはさせない…」


 女がそう呟いたと思ったら、ヒックは執事長室の椅子から転げ落ちて目が覚めた。


「い、痛ぇ...ったく、なんなんだ...よ…」


 転げ落ちたが起きる元気が無く、ヒックは床に寝転び、そのまま窓から空を見る。日は沈み、夜空には満月が輝いていた。


「綺麗だな…」


 そう呟いたヒックの胸には、青い宝石のペンダントがあり。


 それを月の光が、淡く光らせていた。

「どんな夢見てんだ俺は…」とヒックは1人で笑った。


 一息つくとヒックは起き上がり、喉が渇いたので水でも飲もうと、窓辺の水瓶置きの方へ近づいた…。


 その時だ。

 突然、部屋が暗くなり咄嗟にヒックは外を見た。


 すると…赤い帽子、赤い服とミニスカート。

 髪は銀髪で、目は青く、年の頃はまだ14、5才ほどのツインテール美少女が、鉄で出来た巨大なドラゴンの頭の上に立ち、大きな筒の様な物を担いで、俺の部屋に向けている。


 そして、少女は叫ぶ。


「喰らいなさい!我が大魔砲!!パトリオットファイヤー!!!」


 一瞬、白い光が視界を覆う。


 少女の持つ大きな筒から、赤い楕円形の発光物体が飛び出しかと思うと、凄まじい勢いで窓硝子を割って部屋に入って来る。

 床に着弾したそれは、驚く間もなく、白と赤い光が閃光したかと思うと、視界一面を覆い、轟音と共に細かい光を放ちながら爆発する。


 屋敷は一瞬、昼間の光を取り戻した。




 ― ユニリンク ―




(う、うぉ…お、俺の身体が…お、重い。目の前が良く見えな…い。何だか瞼も重い…前が見え、無い。し、死んだのかな…俺…)


 そう言いながらも、ヒックは重い瞼を開けてみる。

 視界に入ったのは燃えている屋敷。


(ま、また…屋敷が燃えてるじゃねぇか…立て替えてまだ3年なんだ…ぞ…。てか何で俺は外に…ジュードや、みんなは…)


 しかし、その視点にヒックは疑問を持つ。


 明らかに屋敷の外であり、空中に浮いた状態から見てる様な視点なのだ。その高さは三階建ての屋敷とほぼ同等。


 首の角度も動かせないヒックは、自分が死んだのだと思っていた。


(げっ?!お、俺、もしかして、やっぱりマジで死んでる?!今ので?!そもそもアイツは何なんだ!?あの美少女は!?てか死んだのか俺ぇ?!いきなり過ぎない?!)


 そして屋敷を見ているヒックの目の前、そして先程まで居た自分の部屋の前に、屋敷と同じくらい大きいドラゴンのような物が、まだ空中で停止している。



「こっちよ!!バカ少女!!!」


 突然、ヒックの視界に、あの黒髪の女が現れる。


 赤い服の少女は振り返りこちらを見る。

 少女は部屋の中と外を交互に何度も繰り返し見る。

 恐らく中に居たはずなのに、なんで?という顔だろうアレは。


「ふふ、まぁイイわ!喰らいなさい!我が、大魔砲!!パトリオットファイヤー!!!を!」


 またあの筒から閃光と共に、赤い爆弾のような物が放たれた。


「だからアンタはバカ少女なのよ!!私のヒックにそんな物が通用すると思っているの?!!」


 そう言うと、宙に浮いている黒髪の女は右手を出して、何かを握り潰す動作をしている。

 次の瞬間、黒髪の女の横を凄い勢いで白い巨大な手のような物が通り抜け、あの赤い閃光弾を手の平で握りつぶした。


 (う、うわっ!俺の右手が急に動いたぞ!てか…なんか手の平が…あったか~い…)


「私のヒック、、、さぁ、あのバカ少女をぶっ潰すわよ!」


 今、見えた巨大な白い手は始まりに過ぎなかった。

 黒髪の女が手や顔を動かすと、その通りに白い巨体は動きだす。


 そしてヒックの身体は、動いていると感じるのだ。


 赤い美少女との戦闘で動いている内に、自分が巨大な白い鎧のような物を着ている事に気付くヒック。


 そして自分が、あの黒髪の女に操られている事。屋敷に近づいた時、屋敷の窓硝子に映る自分の姿を目視で確認する。大きさは三階建ての屋敷と同じくらいの大きな鎧姿に…


(なっ、、、なってる?!って、うぇ?!な、なんじゃこりゃああああああああああっ!!!)


 ヒックは自分の意識で、身体を動かせない。

 が、あの黒髪の女が視界に入ってから、意識はハッキリとし、視界も良好、五感もある。


 痛みは感じにくくなっているのか、それほど強い衝撃ではないのか、あの少女が放つ赤い閃光弾は手でいくつも防いでいるが、豆を投げられているほどの痛みだ。少し温かさは感じる。


「んで!めっちゃ爆発してるのに、それが全然痛くなくてよ。豆を投げられてるくらいの痛さだったんだよ!笑えるだろ?ははははっ!」


 ヒックは嬉々揚々と、その時の事をロッシーに語っていた。。。


(思い出してみたけど…あんまりこの現状と関係はなさそうな…私はその女の人を知らない、ペンダントも無いわ…でも、なんだかよく分からないうちに巻き込まれてるのは、一緒…かも、ね…)


そしてロッシーは

目を閉じて、少し休養をとる。




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