第4話 ヒックの過去

「俺が不老不死になったのは、ここより遥か西の大地にある町ガンラに居た時だ」


「...」


 ロッシーはただ黙って食事している。話を聞いているかは謎だがヒックはめげずに話を進める。


  「俺はその時、朝から晩までこき使われている奴隷だった。朝は水を汲んだり、放牧や畑の世話、屋敷よの掃除や洗濯、料理、なんだってやらされていた。宿舎に帰れば疲れきって目を閉じ眠り、すぐに朝が来た。


 ずっとこんな生活が続くのか、、、と絶望にも似た感情が、気持ちの変化すらも止めてしまう。


 そんなある日、町の宿屋に長い黒髪の女が1人でやって来たんだ。

 この女は長期滞在していたが、あまり宿からは出て来なかった。

 たまに朝早く町の外に出かけては、夜になると大きな袋を抱えて帰ってくる。

 そしてまた、しばらく宿に籠るのだ。


 しかし、ある日、その女の泊まる部屋から異臭がすると言うことで、宿の管理者がその女の部屋へ尋ねた。


 返事はない。


 耳を澄ますと赤子の鳴き声のようなものが聞こえる。

 管理者は慌ててドアを壊し中に入った。


 すると、どうだろう。

 真っ白い布がまるで花のように形作られ、その中心には赤ん坊が、そして宿に泊まっていた女の姿は無くなっていたという。

 部屋には鍋や瓶、生き物の死骸や植物などが散乱している事から、何らかの作業をしていた様ではあった。


 しかし、何をしてたのかは誰にも分からない。


 あの女がいつ、どこへ消えたのかも謎だった。

 そして、1番の問題は赤子をどうするかだった。

 そんな奇妙な赤子の引き取り手も無く困っていた時、俺のお屋敷に引き取られる事となる。

 俺が奴隷として働かされているお屋敷は、町で1、2を争う大きさで裕福だった。


 そして屋敷のご主人様はそこまで人が悪くない。


 俺も働かされては居るが、罵声をあびせられたり体罰があるわけでもない。ただ働かされているのだ、奴隷という身分として。


 そんなご主人様には妻も子供も居ない。ご婦人方は数名いらっしゃって、ご主人の周りの世話などをしている。その他にメイド達も居た。そして奴隷の俺たちだ。


 ご主人様は町で困っている声を聞き、身元が分かるまで赤ん坊を預かろうと申し出たのだと言う。俺はその時、よくそんな奇妙な赤ん坊を引き取る気になったもんだ。と思っていた。



「おい、ロラン」


 俺の事をロランと呼ぶコイツは奴隷仲間のジュード。

 そう、この頃の俺の名前はヒックでは無く、ロランだった。


「なんだよジュード」


「こないだの宿屋の赤ん坊ウチに来るらしいぜ」


 ジュードが面白い話をする時の目をしている。


「え?本当かよ!?その赤ん坊、上が面倒見てくれるんだよな?赤ん坊に罪はねぇかもしんねーけど怖いよな?メイドの姉ちゃん達、頼むぜぇ~」


 俺はこれ以上仕事が増えるのが嫌なのと、赤ん坊なんて育て方分かんねぇから困ると思って、とりあえず天に祈った。


「だよな、これ以上仕事増やされちゃ!たまったもんじゃねーもんな」


 俺とジュードがこんな会話をしたはのは昼の休み。

 赤ん坊が来たのは、その夜の事だった。

 おぎゃおぎゃと屋敷の中に響きわたる赤子の声


 メイドたちがバタバタとしているのが、屋敷から少し離れた宿舎からでも分かった。やはり男2人の俺たちに赤ん坊の世話は無理だと思ってか、赤ん坊は屋敷で預かる事となる。


「でもあんな怪しい赤ん坊をよく世話する気になったよな。ウチのご主人様」


「まぁ他に行く場所が無い、俺らみたいな奴隷も置いてくれてる訳だし、優しいんじゃないの?ご主人様は...」


 その時だった、屋敷の方から突然の爆破音。


「ロラン!!!見ろ!!!!」


 ジュードが叫んだ。

 俺は慌てて屋敷の方へと振り返る。


 窓から...屋敷が…燃えているのが…見える。

 燃えてると言うような表現では足りない。

 業火の炎に包まれているのだ。


 ほんの数分前まで何事もなかった建物が、こんな一瞬にあれほど炎に包まれるのだろうか?という疑問を残し、俺とジュードはすぐに屋敷の方へと駆けた。


「ご主人様ぁ!メイドのみなさんっ!」


「誰かぁ!返事をしてくれえぇ!」


 俺とジュードは屋敷の前で大声を張り上げる。

 屋敷の敷地は広く、近隣の家は無い。

 これだけ燃えていたとしても、気づかれるまでには時間がかかるだろう。


「ジュード!町に知らせに行ってくれ!俺は中を調べる!」


 俺は屋敷の中へと駆け込もうとした。


「やめておけロラン!こんなに燃えているんだ!中には入れない!」


 ジュードが俺の手を引いて、止めようとする。

 俺はその手を振り払った。


「赤ん坊もいるんだぞっ、今日来たばかりの...!」


 それにあの爆発音が妙に頭から離れない。

 あんな音がする原因なんて、このお屋敷にあっただろうか。

 それに来たばかりの赤ん坊が可哀想過ぎる。

 俺はジュードが抑えるのも聞かず、屋敷の中に1人飛び込む。

 ジュードの声が遠のいて行く。

 確かに中は非常に危険な状態だろう。だか俺は自分を止められない。


 まずは玄関近くにある調理室へ寄り、バケツの水を頭から被った。それから濡らした大きめの布で頭と身体を覆って、屋敷内へと走った。


 中へ入って気付く。

 誰一人の声すらしない。


 少し違和感を覚えながらも、火の手が強くなっている3階へと向かう。そしてまた違和感を感じる。やはりだ。火が進行していない。これは火?炎?なのか?俺は夢を見てるのか?


 屋敷全体がこれだけ燃え盛っているというのに、火が中に入って来ていない。それどころか煙も出ていなければ息苦しさも、暑さを感じない。いつものお屋敷と変わらない。


「なんなんだ、、、これは、、、」


 悩みながらも俺はご主人様の部屋の前へと到着する。

 俺は驚いた。ドアは黒く焼かれて、人が2人は通れる程の穴が空いているのだ…中を見ると…


 ご主人様の立派な机がある、その後ろの窓が消し炭となり燃えている。ここへ来て初めて焦げ臭いと感じた。


 部屋の右隅の柱に隠れているのはご主人様だ。

 その左側に、例の赤ん坊が居た。


 俺は声が出なかった。


 赤ん坊は白く発光しながら、床から2メートルほどの高さで宙に浮いている。

 そして赤ん坊の下には黒い繭のような物体が、幾つも転がっている。


(あの黒いのはなんだ?)


 目を凝らして見ると、少し中身が見えるものがあった。


(あの黒いのって、、、髪の毛?のような…中は…ッ!!)


 俺は思わず声が出そうになるのを抑えた。

 黒い髪の毛の繭から顔を出していたのは、メイド長だったからだ。


 そして宙に浮いてる赤ん坊の頭から、うねうねとした黒い髪の毛が大量に生え意思を持っているように動いている。

 その髪の毛は、先程の繭に囚われたメイド長の口へと侵入し、少し淡い光を放つとメイド長は、あっという間に干からびてミイラになり白骨化する。


 俺は頭の整理が追いつかず濡れた布を被り、隠れながら震えて見ている事しか出来なかった。


 赤ん坊から生え続ける大量の黒い髪が、部屋の床を埋め尽くす。それはドアの穴まで来て俺を震え上がらせた。

 すると赤ん坊が強く青白く光り、その光の中から白く妖艶な、衣服を纏わない黒髪の女が現れる。赤ん坊が急成長したのかもしれない。その身体には、大量の黒い髪が巻き付きロングドレスの様になっている。


 そして


 突如現れた黒髪の女は、ご主人様にこう言った。



「私のヒックを返しなさい」



 と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る