第14話 鍵豪達

僕らがアリエの猛特訓にある程度慣れ始めて、アリエスペシャルの味にも耐えれるようになってきた頃、いつの間にかもう6月後半になっていた。


基礎としてのブラインドタッチから始まり、左右の手を入れ替えたクロスタイピング、片手のみで行うワンハンドタイピング、指を負傷した時を想定しての欠け指想定タイピング、しまいには後方に置いたキーボードを見ないまま手探りでタイピング等など…

みんなでウップッッとなりながらよく商店街を後にしてた。もちろん今もほぼ毎日飲まされている…


アリエ曰く


「どんなコンディションでも、最悪90%のポテンシャルが出せるようになりなさい!!」


との事だ。コンディションというのは体調もそうだけど、「環境も」と言う事らしい。


と言う事で今日は、始めてキーボード競技会公認の練習場に来た。


雨が相変わらずしつこく降る中、僕らはアリエの車に揺られること30分、隣の隣町にある「鍵盤道本堂」という何やら立派な会館のような場所に連れてこられた。


早速入り口のドアを開けると、建物のどこからから威勢の良い掛け声が聞こえてきた。また体育館特有のシューズが擦れるような音が聞こえてくる。


「うーん、この感じ、久々だわ〜。あたしは受付済ませてくるから、ちょい待っててね」


そう言うと、アリエは奥の受付と矢印が書いてある方へあるって行った。


「うわぁ〜、凄いね〜、見てみて色んなキーボードがあるよ!トロフィーもいっぱい!」


ミエが大きなガラスケースを指差して言った。

そのガラスケースには、過去様々な猛者たちが使ってきたと思われる多種多様なキーボードが綺麗に並べられ、使っていた選手名の名前の紙が添えてあった。中には、空が使っているMAGMAと同じような形のキーボードもあった。ヤベえ、ヤベえよ…と空はハァハァしている。


ふんふん、なるほどーと思いながら、端から端まで眺めていると、1人の選手名に目が止まった。


「猿渡 芸夢」


と書いてあった。


父さんの名前だった。


そこには、激しく使い込まれたと思われる2台のキーボードが置かれており、少し変わった配列になっていた。ほとんどのキーは、擦り切れるように光沢していて、割れかけているキーキャップも多数見られた。


また、他にも父さんの名前が書かれた紙とセットにキーボードが何台か置いてあった。


単純に。


父さんは、凄い強かったようだ。


なぜなら、このガラスケース内に、同じ名前で複数台置いてある人はそうそう見当たらなかったからだ。


父さんの次にキーボードが複数が置いてある人は…えーと…


「盤道 百太郎」


と書いてあった。それと一緒に置かれたキーボードは黒く重そうな…黒檀のような木材で作られたフレームにべっ甲のような色のキーキャップがつけられた、いわゆるフルサイズのキーボードで、バラされて一緒に飾ってあるフレームの裏面には「白虎」と彫られていた。ものすごく力強く渋いキーボードだなと僕は、思った。


「いやぁ、まさかアリエさんが指導されている子達が来られる日が来るとは思わなんで!」


奥から大きな喋り声が聞こえてきたと思ったら、実際熊と出くわしたらこのサイズくらいなのでは?と思うくらいのスーツ姿の巨人がアリエと一緒に歩いてきた。

アリエの声は遠くてよく聞こえない。まぁそれくらい大男の声がでかいのだ。


その男がガラスケースの近くまで来て止まった。


「いやー、鍵盤道の道は険しいが、非常に奥が深い。このガラスケースの中は、その歴史のほんの一部に過ぎん。君たちのような若人が入門してくれるのは非常に嬉しい限りだ。」


その大男は腕を後ろで組んで、ガラスケースを眺めながら浸るように話した。


「おっと失礼。自己紹介が遅れました。

はじめまして、この鍵盤道本堂の会長をつとめさせていただいてる


盤道 百太郎(ばんどう ももたろう)


です。」


この人が、


盤道 百太郎か… 


うん…



熊だな…!

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