第13話 ファミリーズ

それからと言うもの、僕らはアリエの指導の元、競技大会に向けたキーボードタイピングを含めた猛特訓に励んだ。


ほとんどは、ファクトリーの2階で行われ、壮絶なトレーニングスケジュールをこなす事となったのだ。


ただゆっくり進む高校生活は一転して、ものすごく多忙なものとなり、毎日が慌ただしものであった。空は授業中居眠りが増えたのでよく数学の山下先生に怒られてる。僕も毎日眠気が際どい。


ちなみにあの後、家に帰って母さんに「アリエの事とキーボード競技大会に出る事」を伝えた(競技大会については出るというか出させられるに近いものがあったわけだけど)。


「そっかぁ。うん、まぁ結局そういう運命なのかもね。とりあえず、アリエはなんかこうああいう性格だからメザスも振り回されちゃうかもしれないけど…」


少し沈黙の後、


「母さん応援してるから、メザスも頑張ってみたら?!きっといい思い出になるわよ」


それ以上母さんは、話さなかったし何も聞かれたりもしなかったし僕も何もそれ以上は話さなかった。それが特に気まずいというかこれ以上の話はできないとかそういうのではなくて。

もちろん僕もアリエに言われた以上、もう話す事も聞くこともなかった。

頑張ってみるよ、そう言い残して食べ終わった食器を流しに持っていくのであった。


僕の家のリビングには、父さん母さん、そして赤ちゃんの時の僕が抱かれている写真が飾ってある。

それはまるで3人家族としての写真だった。父さん母さんが幸せそうな顔をして、写っている写真だ。



そして、僕は今日気づいた。


ファクトリーの2階で。


アリエの作業テーブル側の壁にかけてあった写真だ。今まで色んな発注伝票やら設計図が貼られていて、まるで気が付かなかったが、大会までの練習スケジュールを貼るために改めての壁に貼ってあるものが色々と剥がされててそれで今更気づいた。


それはそれぞれ子供を抱えた二人の夫婦と一人の老婆が写っている大きな写真だった。

その一方の夫婦は…そう僕の家族、まさに家に飾られてる写真の一部がそこにはあった。おそらく、もう一方の夫婦はアリエの夫婦だろう。アリエの夫婦が抱えた子供は、その時の僕と同じくらいの年齢っぽく見えた。


「そういう事なのよ」


いつの間にか後ろにいたアリエが言った。


「これが最期に撮ったうちの家系の写真。お母さん、メザスのお婆ちゃんはこのあと病気ですぐに亡くなっちゃってね。」


僕の記憶にないお婆ちゃんは凄くニッコリと微笑んでいた。なんだかとても穏やかであたたかそうな人に見えた。


「メザスのTHE ENDは、お婆ちゃんが造ったキーボードなんだよ。大事にしてよね」


そうだったのか…。今まで流れ流れにのって、とりあえず仕方なしに使っていたキーボード THE ENDだったけれど…


人は感動する生き物だ、って前にどこかで聞いたか読んだかした事があって、「それが良い、人間らしさはそこだ」という意見と、「すぐ影響される、良くない事だ」というメリットデメリットの話が、されていたのを思い出した。


僕は、すぐ影響されるんだなぁとつくづく思った。

その時、下から扉の開く音が聞こえ、空とミエの声が聞こえた。


「お、来たわね。さて今日は、ワンハンドタイピングの練習よ!!気合入れなさい!!!」


僕は、THE ENDのキーをいつもよりかは優しくなでてから今日も特訓に励む。


今は6月、梅雨に入ってジメジメだ。


大会まであと2ヶ月。


そういえばアリエの家族はどうなっているんだろうか。僕と同じくらいの子であれば、写真に写っている子は今頃同い年になってるはずだけど… っと集中してないと「アリエスペシャル」を飲まされる羽目になるから、今はタイピングに集中だ。


※アリエスペシャル

「とりあえず苦そうなものとか不味そうなものとか片っ端から近所の八百屋とスーパーで買ってきたものをジューサーで混ぜた飲み物。まぁ健康にはいいんじゃない」でお馴染みの罰ゲームドリンク。アリエ的には飲ませたい。

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