第9話 薬師丸と尾白

「あ!やっぱメザス!」

数分前、商店街の入り口でそんな声が聞こえてきたと思ったらミエが後ろに立っていた。なんか後ろ姿がメザスっぽいと思ってたのよね〜と。ふむふむ、1日で2回も会うなんて快挙?だ。

ミエの家はどちらかというと商店街を抜ける経路なので帰り道が重なった、という事だ。


「あ!今日メザスと一緒にいたよね!桑手三重です!よろしくね」

空に気づいたミエは慌てて挨拶をしてきた。


ええ子や…ええ子や…と空はブツブツ言ってらっしゃる。


さて、メザスがここ通るの久々に見たけど!という質問に対してはあらかた説明したんだけど、何故かミエもついていくと言い出した。

あのお店、急にできて本当にビックリだよ!との事でミエも気になってたみたいだ。


そう、たしかに中学の時は無かったんだ。あの店は。



………



そういうわけで店の前に立っているのは僕ら【3人】ってわけだった。空は気合を入れているのがすでにキーボードを脇に抱えている。


早速入ろうと思ったら、ドアが急に開いて中から2人組の男子が出てきた。高校生のようだが、見たことのない白い制服を着ていた。一人は、物静かそうだけど目が鋭く威圧感のようなものを感じる男で大きめなタスキがけのバッグを抱えていた。楽器か何かを入れるバッグに見えた。もう一人は牛乳瓶の底をそのままくり抜いたようなメガネをかけた僕よりも少し身長の低い男だった。


「チッ、肝心な所を勿体つけて教えてくれないなんてダメなやつッスねぇーーッ」

「もう少し声量を下げろ。ファクトリーヘッドに聞こえるぞ」

「いいんッスよ。どうせ大したことないんスッて!この天才、ファクトリーヘッド候補尾白学が考えるには…」

「尾白!!!」


物静かそうな男の力強い声は、僕らを含めピリピリとした空気にさせた。一緒にいる尾白と呼ばれた男は、ビクついた顔をしていた。


「いい加減にしろ、お前はたしかに天才かもしれない。だがな、お前には品格と言うものが欠如しているぞ」

…はいッスねぇ…と反省してるんだか反省してないんだからわからない…尾白はそんな返事をした。


ふと、尾白ではない方の男が僕らの存在に気づいた。


「すまない。入り口の邪魔になってしまったね。…君たちも【キーボード競技者】かい?」


その男は、僕らを左から右へと舐めるように眺めてからそう言った。その鋭い目線は、何かこう上から見ているような雰囲気がどこかにあった。キーボード競技者というのは、要するに競技用キーボードを使ってゴニョゴニョする人のことだろうか?


「あーーーー!!!薬師丸さん!コイツ、パチモノキーボード持ってるッスよ!!信じらんねーッスよ!!!情弱かーー?!www」

と、いきなりさっきまで憔悴してるように見えた尾白が空の抱える紅いキーボードを指差し酷い勢いで嘲笑し始めた。終いには、ゲラゲラゲラゲラと笑い転げる始末だ。


空の顔色がどんどん悪くなっていく。

僕は、尾白を睨んだ。人を睨むなんて事、人生でそんなにないぞ。


「ちょっと…!人を指さして笑うのは良くないよ!」

とその様子を見かねたミエがフォローした。

薬師丸と言われた男は、尾白をゴミを見るような視線で見下ろしている。


そして薬師丸がまた大声で一喝するのか?と思ったがそれを遮るかの如く空が大声をあげた。


「好きな物買って悪いか…?


このカラーが…


ただカッコイイと思って…


欲しいと思って…


買ったんだよ!!!!


文句あるか?!?!」


僕は目を丸くして驚いた。空がこんな声を出すやつだとは思わなかったのだ。引いたとかそういうのではない。空の中身の声が聴こえた、と思えた。

その声は、少し上ずっていた。


最悪の空気が漂う中、ある一言が聞こえてきて状況はリセットされた。


「はい、僕たちー。お店の前で揉め事はやめてねー」


アリエが扉を開けて、顔を覗かせていた。


「…アリエさん、ご迷惑をおかけしました。今日はありがとうございました。」


そう言い残すと、薬師丸は尾白の襟を掴み引きずり去っていった。バ〜イとアリエは手を振っていた。


アリエは、お店から出てくるなり空の背中をバンッ!と叩いた。


「君ね、良いよ。すごく。気に入った!」


まーお茶でも飲んで一息つきなよ、と言いながら空の頭をクシャクシャ撫でながら2人はお店に入っていった。


「ほらほら、そこの2人も一緒にお茶飲も」


ドアからひょこっと顔を覗かせたアリエだった。


僕とミエはキョトンと顔を見合わせお店に入ったのであった。今日は、初めて他人をカッコいいと思ったかもしれないな。

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