第五章 九節 A地区掃討作戦
数分後、顔中痣だらけになったジルベールは咳払いをひとつして、ようやく本題を切り出した。
「……実は、殿下に折り入って頼みたいことがあるのですぞ」
先程とは打って変わって重々しい雰囲気を醸し出しているジルベールを見て、エルドたちも居住まいを正した。
「殿下たちもご存知の通り、この国はAからFの六つの地区に区分けされております。F地区は王宮があることもあって最も栄えておりますが、その反面、イヴァン陛下の圧政によってA地区は意図的に最も貧しくさせられておりますぞ」
「そんなこと、今更言われなくたってとっくに知ってるよ。なんたって、あたしはその貧しいA地区から来たんだからな」
アリスは自信満々にそう言うと、ジルベールの表情は益々曇っていった。
「そのA地区なのですが…………近いうちに、イヴァン陛下立案の『A地区掃討作戦』が行われようとしているのですぞ……!」
ジルベールの言葉に全員が息を飲んだ。
「掃討作戦なんて……穏やかじゃないわね」
「な、なんでそんなことをっ⁉」
「それは、この国の『胸囲の格差社会』というシステムが安定してきたことで浮き彫りになった、あるデータが原因ですぞ。そのデータとは、年に一度行われる身体測定で振り分けられる各地区の昇格率ですぞ」
「昇格率……?」
「昇格率とは、A地区ならばB地区へ、B地区ならばC地区へ移動になる人数の割合のことを指しております。そしてここ数年、A地区の昇格率が最も悪く、イヴァン陛下は成長の見込み無しと判断され、騎士団を使ってA地区の人々を一人残らず皆殺しにするつもりですぞ……」
「そんな…………」
ジルベールの話にアリスたちは一様に言葉を失った。
「それは、もう決定事項なのか?」
「殿下……はい。イヴァン陛下はもう既に騎士団に命令を下され、各地区にいる聖騎士たちを何人か王宮へ召集されていますぞ。早ければ明日にでもA地区への進軍が開始されてしまいますぞ……」
エルドたちは、聖騎士までも呼び寄せるというのは少し大袈裟過ぎではとも思ったが、A地区には騎士団へ入団できずとも腕の立つ荒くれ者たちが吹き溜まっているので、騎士団への被害を最小限にする為ならば聖騎士の導入は至極当然のことだと思い直した。
「ジルベールの頼みってもしかして……?」
「……はい。無理を承知でお願いします……。どうか、騎士団を……イヴァン陛下をお止めください……!」
ジルベールは顔を涙で濡らし、絞り出すような声で頼みながらエルドに頭を下げた。
自分がどれだげ無茶を言っているのかはジルベール自身が一番よくわかってはいるが、もう頼れる者はこの国の王子であるエルドしかいないと、ジルベールはただ頭を下げて懇願するしかなかった。
そんなジルベールを見て、エルドは今まで見てきたこのバスト王国という国を思い返していた。
A地区に追いやられても逞しく生きる荒くれ者たち。
B地区の少ない材料からでも物を作り、商売をする人たち。
C地区にいる教会や、施設の子供たち。
D地区の宿屋を経営しているウォレスとミランダ夫婦のこと。
そして、このE地区にいる漫然と過ごす人々や、イザベルのように野心家な者たち。
全ての悪いことを国王であるイヴァンに押し付けるつもりはないが、民の苦しむ声を聴かず、救うことも導くこともしない国王に、エルドは言い知れぬ憤りを覚えた。
「……わかった。掃討作戦なんて馬鹿なことは絶対にさせない。必ず父上……いや、イヴァンの企てを阻止して見せる!」
エルドは立ち上がり、そう高らかに宣言した。その言葉を聞いたアリスたちはエルドに賛同するように笑顔で立ち上がった。
「アリス……みんなも、ついてきてくれるのか……!」
「あったり前だろ! こんな話聞いて、黙ってられるわけない!」
アリスに同意するようにベリル、クレア、ディアナ、エリスは力強く頷いた。
「あっ、でも勘違いするなよ? あたしは国王の野郎を一発ブン殴ってやりたいだけだからな! だから、そこまでの護衛……任せたよっ!」
アリスはエルドに無邪気な笑顔を向け、エルドもまた、つられて笑顔を返していた。
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