第五章 十節 能力の正体

 ジルベールはエルドたちの同意を得られたことにとても感謝していた。そして、具体的な作戦を考えるためにモニター室へ案内された。


「さて、それでは作戦を考えていきたいと思うのですが、やはり重要になってくるのは殿下の『能力』でしょうな」


「エルドの能力って、胸を大きくするやつのこと?」


「……? はて、アリス殿は何を仰っているのですかな……?」


 小首を傾げるジルベールに、百聞は一見にしかずとでも言うように、エルドは不意にアリスの背中に手を当て、胸の大きさをおよそE地区に来たときと同じくらい大きくしてみせた。


「ちょ、ちょっとぉ⁉ いきなりデカくするなよっ!」


 アリスは突然胸を大きくされて驚き、思った以上に大きくさせられた胸を隠そうと手で抑えつけた。


「なっ⁉ なんて事をしてくれてるのですか殿下ぁっ! 戻して! 早く戻してですぞおおおお!」


 血走った目でエルドに迫るジルベールに圧倒されながら、再びアリスの背中に手を当てた。すると、大きく膨らんだアリスの胸が徐々に小さく萎んでいき、あっという間にアリスの胸は元のサイズに戻った。


「ぜぇ……ぜぇ……。よ、よもや殿下のお力がこのような恐ろしいことに使われていようとは思わなかったですぞ……。ですが、今ので殿下たちが如何にしてこのE地区まで来られたのかは納得しました。流石です殿下……しかぁしっ! 殿下の本来のお力はこの程度ではありませんぞっ!」


「どういうことだ? ……いや、そもそもなぜ俺の能力のことを知っているんだ?」


「それは、昔イヴァン陛下がこの研究所に残されていた資料を拝見していたからですぞ。イヴァン陛下は殿下の能力について深く研究なされていましたが、殿下が先ほどお見せしたような『胸を大きくする』という偏った使い方を思いついた途端、他の研究を破棄し、ここに置いていったようですな」


「偏った使い方……。でも俺は父上から、俺のこの特別な能力は『胸を大きくする為だけにある』と、そう教えられて育った。実際、アリスたちの胸を大きくできているじゃないか」


「それはですな…………」


 ジルベールはイヴァンの残した資料を交えながら、エルドの本来の能力について説明し始めた。

 エルドがA地区の門番との戦闘や、C地区のグレイブとの戦闘の時に見せた超人的な身体能力は、エルドが無意識に行っている『自身の筋細胞の生成、及び肥大化』によるものだったらしい。これによりエルドは並外れた身体能力を得ているという。

 これを他者に使用した場合、個人差はあるが自身とほぼ同様の効果を付与することができる。

 ただし、身体能力の強化ではなく、『胸を大きくする』といった目的に使用したとしても、能力を完全にコントロールできない未熟なエルドは、無意識に身体強化も行ってしまっていたのだ。

 エルドの能力によって胸が大きくなるのは、その者が持つ体中の脂肪が単に胸へ移動しているだけなのだとエルドは思っているが、厳密には少し違っていた。

 エルドの能力によって胸が大きくなるのは、胸にある脂肪細胞が生成、及び肥大化して起こっている現象だったのだ。他の部位の脂肪が減少するのは、単にエネルギーの転換であり、能力の効果が失われると、それによって胸にできた新たな脂肪細胞や肥大脂肪細胞は定着せず体内に吸収され、転換していたエネルギーは元の部位へ戻っていくという仕組みである。


「ふむふむよくわからんっ!」


 散々相槌をうっていたアリスはジルベールの長い説明を聞き終わると、腕組みをしたまま理解できなかったことを堂々と言ってのけた。


「はぁ……。簡単に説明すると、エルドの能力は『胸を大きくする』というだけではなくて、『自分や他者に身体強化を施せる能力』でもあるということよ」


「なるほどっ! そうならそうと初めから言えばいいのに! でも、胸を大きくするだけならベリルもできたよな? こう、寄せて上げる……みたいな?」


「私のは純粋な技術テクニックよ。胸の周囲に分散されている脂肪を集めて、自作のブラジャーで固定して理想的なバストを一時的に作り出しているに過ぎないわ。でも、エルドの能力は私のとは根本的に違う。この能力は、細胞そのものを生み出して活性化させている……」


 ベリルはエルドの能力に驚きを隠せない様子だったが、アリスは未だに小首を傾げていた。

 そして、エルドはジルベールの口から語られた自身の能力について今まで意識してこなかったが、本来の力を自覚したことによって、初めて自分の中に流れる脈打つような力を実感した。


「殿下のこの能力さえあれば、必ずや陛下をお止めできると信じていますぞ! ……というより、もう殿下にしか託せる人がいません……」


 そう言って俯くジルベールの肩にエルドは手を乗せた。


「任せて。絶対にイヴァンを止めてみせる! それに、託せる仲間は俺ひとりだけじゃないよ。アリス、ベリル、クレア、ディアナ、エリス。ここにいる皆が力を合わせればどんな相手だって必ず止められる!」


 エルドの底なしの自信にジルベールは顔を上げ、アリスたちは力強く頷いて微笑んだ。



『緊急警報! 緊急警報! 何者かが通路へ進入! 入口を封鎖してください! 繰り返します…………』



「な、なんだっ⁉」


 研究所中に警報が鳴り響き、職員たちは慌ただしく動き回っていた。


「もう来ましたか……! 殿下! 皆さん! 早くこちらへ!」


 ジルベールはこの警報を予期していたようで、あまり驚いた様子はなく、エルドたちは促されるままジルベールについていった。


「一体どうしたんだジルベール⁉」


「騎士団がここを嗅ぎつけたようですぞ! いや……おそらくイヴァン陛下がこの場所を教えたに違いありませんぞ!」


「安全だったんじゃないのかよ! どーすんの⁉ 逃げ道はあるのか⁉」


「もちろんありますぞっ!」


 走りながらエルドやアリスと話していたジルベールは、奥まったところにある扉の鍵を開け、皆を引き入れた。

 そこには何の変哲もない部屋があるだけだったが、ジルベールが部屋にある本棚を横にずらすとそこにもう一つの扉が姿を現した。

 扉を開けると薄暗い通路が長々と続いていた。


「ここは、昔使われなくなった地下水道の修理をイヴァン陛下に命ぜられたときに、我々が密かに繋げておいた秘密通路ですぞ! ここを通れば誰にも見つからずに王宮の裏手の森に出られますぞ! ささっ! お早く!」


「マジか⁉ 超便利じゃん! 早く行こう!」


「ああ! ……ジルベール。俺たちは必ず父上を止めてくる。それまで待っていてくれ!」


「もちろんですぞ!」


 笑顔で別れを告げたジルベールは、エルドたちが通路を走っていく後ろ姿を見ながら再び扉を閉めて本棚で扉を隠した。


「……頼みましたぞ、殿下……!」

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